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U-20女子W杯で初の世界一に!「太(ふとし)ジャパン」は、なぜこんなに強かったのか

松原渓スポーツジャーナリスト
1ヶ月間笑顔を絶やさなかったU-20女子代表(写真:Kei Matsubara)

 U-20女子W杯でヤングなでしこ(U-20日本女子代表)が、世界の頂点に立った。24日(金)にフランスのヴァンヌで行われた決勝戦で、日本がスペインを3-1で破り、初の世界一に輝いた。

 2011年の女子W杯、2014年のU-17女子W杯に続き、U-20女子W杯でも優勝を成し遂げた日本。三世代での世界一は世界初の快挙だ。

 キャプテンの南萌華がカップを掲げた瞬間、大量の紙吹雪がヴァンヌの夜空に舞った。そして、このチームのトレードマークでもある最高の笑顔がはじけた。

 ともに高いテクニックと組織力を持ち味とし、似たスタイルを持つ日本とスペインの戦いは、ミスの少なさと攻守の切り替えの速さという点で決勝の舞台に相応しいハイレベルな試合となった。グループステージ(GS)の対戦時は、日本がCKからの失点で0-1で敗れている。

 この試合で池田太監督が決勝のピッチに送り出したスターティングメンバーは、GKスタンボー華、ディフェンスラインは左からDF北村菜々美、南、DF高橋はな、DF宮川麻都。MF林穂之香とMF長野風花のダブルボランチに、サイドハーフは左がMF遠藤純、右がMF宮澤ひなた。そして、FW植木理子とFW宝田沙織の2トップ。

【勝利を決定付けた3つのゴール】

 組織力もさることながら、個々のテクニックやオフザボールのポジショニングにおいて、スペインはこれまでに対戦したドイツやイングランドより一枚上手だった。

 システムは4-3-3で、4-4-2のシステムを採用する日本とのミスマッチでフリーになりやすいアンカーのMFダマリス・エグロラを起点に、テンポの良い攻撃から右サイドに高精度のロングパスを何本も通す。ミスが少ないスペインの中盤からボールを奪うのは容易ではなく、セットプレーも脅威になった。

 だが、日本は押し込まれる時間帯が長くなっても動じなかった。それは、GSでの対戦時からこのチームがさらに成長したところかもしれない。

「攻められる時間帯もしっかり声を掛け合いながら、焦れずに守り切れました」

 こう振り返ったのは宝田だ。前線からのプレッシャーがなかなかうまくハマらない中で、相手CKでは自陣ゴール前まで戻って守備に参加。169cmの長身で、南、高橋とともにゴール前に壁を築いた。

 また、この試合では右サイドで起点となったMFエヴァ・ナバーロのスピードあふれるドリブルに、北村が辛抱強く対応。突破される場面もあったが、ゴール前では高橋が決定的なシュートをブロックするなど粘り強く守った。

 攻撃では、右サイドの宮澤と宮川のコンビネーションが面白いように相手の逆を取ってチャンスを作っていた。そして、そちらに相手のマークが偏れば今度は中央で長野が鋭い縦パスを通し、前線では植木が虎視眈々と一発を狙っていた。

 一進一退の攻防が続く中、日本に大きく流れを引き寄せたのが38分の宮澤のゴールだ。

 遠藤のパスをエリア外の中央で受けると、対面したパトリシア・ギハーロの動きを見ながら2度切り返してスペースを作り、最後は右足でライナー性のミドルをゴール左に突き刺した。息を呑むような美しい軌道がスペインのゴールを揺らした瞬間、スタンドからため息と歓声が上がった。

 宮澤は準決勝のイングランド戦で右足首を痛めたため、決勝までの3日間のうち2日間はボールを使った全体練習に参加していなかった。試合前日は全体練習に合流したものの、右足でシュートは打っていないという。そこにはある計算があった。

「(練習で)何本もシュートを打っていたら、(準決勝で痛めた)足に(負担が)くるのはわかっていたので。試合にとっておきました。いざという時に打とうと考えていたんです」(宮澤)

 

 同じような角度や距離のシュートはこれまでに何度も決めており、確かな感覚がある。あとは、この瞬間のために蓄えておいたパワーをぶつけるだけだった。

 宮澤のゴールでリードを奪った日本は後半、ラインを上げたスペインの裏をしたたかについて2点目を奪う。57分、左サイドを駆け上がった宝田が植木のポストプレーからゴール前に抜け出し、逆サイドネットに流し込んだ。このゴールで、日本は勝利をぐっと手繰り寄せた。

 65分に日本の3点目が決まった際には、それまで逆転勝利を信じて疑わなかったスペインの選手たちもさすがに意気消沈したようだった。

 宝田の落としを豪快に蹴り込んだのは、長野だ。

「いいタイミングで(宝田)沙織がボールをくれたので。思いっきり打とうと思ったらいいコースに飛びました」(長野)

 と、歓喜の瞬間を振り返った長野。待ち望んだ大会初ゴールを決めた直後には、すぐにベンチで待つ仲間の元に走った。

 その後、スペインも71分に右からのクロスをFWカンデラ・アンドゥハルが決めて1点を返すが、リードした日本は守備を固めながらもラインを下げすぎず、隙あらば4点目を狙う姿勢を見せる。終了間際にはFW村岡真実を投入してしっかりと試合を締め、3-1で快勝。

 試合終了の笛が鳴った瞬間、歓喜する日本の選手たちと、落胆するスペインの選手たちのコントラストが鮮明に描かれた。そして、5000人を超える観客は、互いに一歩も引かず、最後まで攻め抜いた両チームに惜しみない拍手を送った。

【世界一の監督とキャプテンに】

 池田監督は試合後の記者会見場で、穏やかな表情をしていた。

「選手の頑張りを尊敬しています。大会を通じて、選手個人もチームとしても成長がありましたし、本当にいいグループだったなと感じています」(池田監督)

 池田監督は選手が気持ちよくピッチに立てるよう細やかなコミュニケーションを欠かさず、試合中は選手達のもう一つの「目」になるべく、スタンドの声援に負けない声を響かせた。「熱い監督」と選手たちから慕われる一方で、メディアに対して多くを語ることはなく、主役である選手たちの健闘を称え、自身は黒子に徹するようなコメントも多かった。

 大会を通じて15得点3失点という数字にも現れているように、日本の得点力と守備力のバランスの良さは際立った。そして大会中、そのテクニックや戦術的柔軟性を、海外の指導者や世界の女子サッカーのレジェンド達が高く評価していた。チーム発足から2年弱とはいえ、集まる日数が限られた代表チームで、それだけの組織力をどのようにして積み上げたのか。指揮官はその理由をこんな風に話した。

「練習でミスやイレギュラーなことが起こっても、プレーが止まらないようにすることを意識してきました。たとえばパスがずれた時に、周りが合わせて次のプレーを自然とやれるような声がけやトレーニングです」(池田監督)

 たしかに練習中、池田監督や岡本三代ヘッドコーチはプレーを止めることが少なく、流れの中で「こういう選択肢もあるよ」という伝え方をしていた。声をかけるタイミングや言葉の選び方には、選手の自主性を尊重しながらプレーのアイデアを増やす工夫が感じられた。試合中、パスがずれてもすぐに次のポジションを取ったり、細やかな動き直しが徹底されていたのは、そうした練習の中で身についたものも大きかったのだろう。

 また、池田監督は、結果次第でGS敗退の可能性もあったパラグアイ戦の前に「俺はまだ、このチームでみんなとサッカーをしたい」と熱く伝えたという。その想いもチームの士気を高めた。

 「太さんを、世界一の監督にしたい」ーー。そんな合言葉と共に、「(南)萌華を世界一のキャプテンにしたい」という想いも、チームの原動力になった。

 キャプテンとしての南は、知性と人間力を備えたリーダーだ。プレーを冷静に分析する確かな戦術眼と共に、言葉からは、チームの雰囲気の変化を鋭く察知する洞察力が感じられた。試合後の取材エリアで、大会を通じて見えた理想のキャプテン像を聞いてみると、

「みんなが気づかないところに気づけたり、チームに足りないところを補っていけるようなキャプテン」と答えた。

 そして、「そういうキャプテンになれば、自分が辛い時もチームが助けてくれますから」と、これまでの日々を思い出すように続けた。

【唯一無二のチーム】

 チームのスローガンでもあった「唯一無二」という言葉には、一人ひとりが与えられた仕事を全うしながら、その中で自分の色を出していこうーーそんな意味が込められていたのかもしれない。

 試合の中では自分の特徴やアイデアを積極的に出し合いながら、互いのフォローを欠かさなかった。そして、ベースには全員守備と全員攻撃、ハードワークと粘り強い守備があった。

 オフザピッチの雰囲気も良かった。

「解散するのが寂しいです。本当に大好きなチームです」(長野)

 試合後、長野は頂点に立った喜びの涙とともに、そんな思いを吐露した。

 今回のU-20女子W杯は事前合宿を含めると1ヶ月間の長丁場だったが、チームから笑顔が絶えることは1日としてなかった。キャラクターが際立つ選手は何人かいたが、王様はいなかった。そして、思いやりのある行動が随所で見られた。

 試合に出られない選手はトレーニングに全力を傾け、試合ではピッチに立つ選手たちを献身的に支えていた。6試合中5試合でゴールマウスに立ち、優勝に貢献したスタンボーは、チームが力を出し切れた理由についてこんな風に話している。

「これまでに50人近くが代表候補として選ばれてきたし、試合に出ていないベンチのメンバーも含めて、大切な人たちのためだからこそ戦えました。『ハードワーク』って簡単に言っても、本当はめちゃくちゃきついと思うんです。でも、それができるのは、(プレーで)感謝を伝えたい人たちがいたからです」(スタンボー)

 決勝トーナメントに入って以降は、見ていて負ける気がしなかった。

 結果的に日本が先制されたのはGSのスペイン戦だけだったが、たとえ先制されても逆転勝利できるだろう、という確信を持てた。そう思わせたのは、圧倒的な組織力に加えて、いろいろな人の想いを背負ってピッチに立った選手たちの覚悟の強さだったのかもしれない。

 帰国とともに、このチームは解散となる。そして、その先にはなでしこジャパンに入るための厳しい競争が選手たちを待ち受けている。

 来年の夏には、同じくフランスで女子W杯が開催される予定だ。その翌年は、東京五輪がある。今大会でタイトルと自信を手にした選手たちの中で、何人がその中に食い込んでいけるのか。

 2011年のW杯優勝メンバーや、現代表選手たちの中に、今回のU-20女子W杯優勝メンバーが加わり、新たな競争の中で、代表が再び黄金時代を迎えるーーそんな、日本女子サッカーの明るい未来を想像せずにはいられない。

(左上から時計回りに)牛島理子、福田まい・ゆい姉妹、佐藤瑞夏、遠藤純、宮川麻都(写真:Kei Matsubara)
(左上から時計回りに)牛島理子、福田まい・ゆい姉妹、佐藤瑞夏、遠藤純、宮川麻都(写真:Kei Matsubara)
(左上から時計回りに)スタンボー華、村岡真実、高平美憂、小野奈菜(写真:Kei Matsubara)
(左上から時計回りに)スタンボー華、村岡真実、高平美憂、小野奈菜(写真:Kei Matsubara)
(左上から時計回りに)植木理子、遠藤純、高橋はな、林穂之香、鈴木陽(ユニフォーム)(写真:Kei Matsubara)
(左上から時計回りに)植木理子、遠藤純、高橋はな、林穂之香、鈴木陽(ユニフォーム)(写真:Kei Matsubara)
(左上から時計回りに)北村菜々美、宮澤ひなた、児野楓香、南萌華(写真:Kei Matsubara)
(左上から時計回りに)北村菜々美、宮澤ひなた、児野楓香、南萌華(写真:Kei Matsubara)
(左上から時計回りに)長野風花、宝田沙織、今井裕里奈、鈴木あぐり(写真:Kei Matsubara)
(左上から時計回りに)長野風花、宝田沙織、今井裕里奈、鈴木あぐり(写真:Kei Matsubara)
スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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