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なでしこリーグで首位を走るINAC。4年目の攻撃サッカーが実を結び始めた理由とは?

松原渓スポーツジャーナリスト
6節を終えて首位に立つINAC(杉田妃和/中島依美/増矢理花 2017年開幕戦)(写真:アフロスポーツ)

【節目は2013年】

 なでしこリーグ第6節を終えて、5勝1敗で首位。

 直近の2シーズン、リーグ2位だったINAC神戸レオネッサ(INAC)が、例年にも増して好調なスタートを切った。この勢いには、もちろんワケがある。

 その理由に触れる前に、少し状況を整理しておきたい。

 INACは、働きながらサッカーをする選手が多いなでしこリーグで唯一、サッカーに専念できる環境を備えたチームだ。しかし、リーグタイトルは2013年を最後に獲っておらず、昨シーズンは3年ぶりに無冠でシーズンを終えている。

 

 2013年は、一つの節目だった。それ以前のINACは、MF澤穂希、FW大野忍、DF近賀ゆかり、FW川澄奈穂美ら、2011年ドイツW杯優勝メンバー7人に、韓国のMFチ・ソヨン(現チェルシーLFC)を加え、2011年から2013年までリーグでは無双だった。

 さらに、2012年には、アメリカからFWゴーベル・ヤネズ(現シアトル・レインFC)を獲得。フランス女子リーグ(1部)王者のオリンピック・リヨンと対戦した同年の「国際女子クラブ選手権」決勝は、手に汗握るハイレベルな120分間で、エンターテインメントとしても秀逸だった(試合は延長までもつれ込み、2-1でリヨンが初代チャンピオンに輝いた)。

「常勝軍団」の名をほしいままにしていた当時のINACはいわば”銀河系軍団”で、そのサッカーは、強烈な個性が生み出す創造力と即興性の賜物だった。だからこそ、その中心選手の多くが海外リーグに移籍した2014年以降、困難に直面したのは仕方のないことだった。

 そこでINACは、ベレーザ時代にW杯優勝メンバーの多くを育てた松田岳夫監督と2015年から3年契約を結び、新たなチーム作りに着手。松田監督のチームは2015年から皇后杯で2連覇したが、3年間でリーグ優勝は叶わなかった。

 そして、昨シーズン後に松田監督が退任し、今年、ヘッドコーチの鈴木俊コーチが監督に昇格した。

【「松田イズム」を花開かせた鈴木新監督】

 INACは、12日(土)に行われた第6節の浦和レッドダイヤモンズレディース(浦和)戦で、4-2で勝利。今シーズン2度目の連勝を飾っている。常に先手を取る試合運びに、チームの勢いが現れていた。

「失点の直後や、相手に追いつかれそうな場面で点が取れたのは本当に助かりました。6試合、リスタートからいい形で点が取れている。それが、今、首位に立てている理由だと思います」(鈴木監督)

 鈴木監督が振り返ったように、ここまで6試合で19得点4失点と、得点力が光る。

 その得点力を支えているのは、シュートに至るバリエーションの多さだ。速攻、遅攻、中央突破やサイド攻撃、個人突破。攻撃に人数をかけ、奪われてもすぐに囲んで奪い返す。

 ハードワークを徹底し、遅攻とカウンター攻撃を使い分けるーー松田監督の下で3年間積み上げてきたものが、鈴木監督の下で4年目にして花開きつつある。浦和戦を見て、そんな印象を受けた。

4-2で勝利したINACイレブン(写真:Kei Matsubara)
4-2で勝利したINACイレブン(写真:Kei Matsubara)

 鈴木監督は、何かを劇的に変えたのか。あるいは、加えたのか。率直に質問してみると、鈴木監督は一瞬考えた後、次のように答えた。

「松田さんの求めていたものは高かったので、そこに近づけていくために、さらに噛み砕いて整理しながらやっている最中です」(鈴木監督)

 松田前監督の理想は、「365日、同じメニューがない」と言われる日々のトレーニングに表れていた。ビブスを何色も使い分け、コートやゴールのサイズを変化させ、練習毎に様々なルールを設定。頭を休ませる暇を与えなかった。

「サッカーが好きで、知っていると思っている選手たちも、実はもっと上があることをまだ知らない。サッカーは奥深く、僕自身、まだわからないことがたくさんある。そういう部分をまず選手に知ってもらいたい」(松田監督/2017年2月)

 松田監督は若手には特に厳しかったが、試合では積極的に起用した。しかし、チームは重要な試合で勝ちきれず、3年連続で日テレ・ベレーザの後塵を拝している。

 何が足りなかったのか。

 その答えは、昨年途中からチームに加入したFW岩渕真奈の言葉にヒントがあった。

 ベレーザ時代に松田監督の下で若くして才能を現した岩渕は、国内と代表でキャリアを積み、ドイツで約5年半プレーした後、昨年7月にINACに加入した。加入当初のチームの印象について岩渕は、「運動量はすごいけれど、無駄に走る場面も多いと思った」と振り返っている。その上で、今年の変化について、こう続けた。

「去年はボールを動かしながら、(常に)遅攻になりがちでしたけど、今年はカウンターで行けるところはいこう、と(はっきりした)。縦に速く(攻める)、というコンセプトで、運動量が生きるようになったと思います。みんな真面目なので、言われたことはやろうとする。それが今に生きていると思います。(今は)自分たちの判断で動けているし、前へ前へ、という勢いもあります」(岩渕)

 真面目さは、従順であることや、素直さとも言い換えられるだろう。素直さは、戦術の理解や吸収を助けるし、自分を成長させる上でも必要だ。一方、指示されることに慣れたり、それを忠実にこなそうと従順になりすぎることは、重要な局面で判断を遅らせるリスクを伴う。

 今年、環境が変化した中で伸び伸びとプレーできている選手が多いのは、3年間、松田監督の下で積み上げてきたベースを元に、鈴木監督がやるべきことをよりシンプルに提示したからだろう。最大の変化は、個々の判断に迷いがなくなったことだ。浦和戦で先制点を含む2ゴールを挙げたFW京川舞の言葉も、そのことを裏付ける。

「(鈴木監督に)自由にやらせてもらっていますが、監督がそれを上手く当てはめてくれて、良さを引き出してもらっているのかな、と。特に、ゴールに行こうという意識の高さが、相手にとって嫌なプレーになっていると思います」(京川)

 

 入団7年目を迎える京川は、今年、判断の良さに磨きがかかっている一人だ。

 MF増矢理花のパスをワンタッチで振り抜き、ループ気味のシュートを相手GKの頭越しに決めた先制点は、持ち前のシュートセンスが光った。また、このゴールの起点となったのが、京川と同期入団で、左サイドハーフのMF仲田歩夢だ。パワフルなドリブルと左足の強烈なシュートを持っており、今年は5試合に先発して3ゴールを決めている。前節のマイナビベガルタ仙台レディース戦では見事な先制ミドルを決め、入団7年目にして初めてヒロインインタビューの場に立ち、長年応援してきたサポーターを喜ばせた。

【攻撃のカギは・・・】

 今年のINACは、選手層も厚い。DF鮫島彩、MF中島依美、岩渕、増矢、DF三宅史織の主力5名がアジアカップで不在だった4月のリーグカップも、4試合で6得点と、得点力は落ちなかった。

 特筆すべきは、公式戦10試合で決めた25得点のうち、セットプレーから11点を決めていることだ。多彩なサインプレーで相手を混乱させ、様々なパターンからゴールを奪っている。まさに、練習の成果だろう。

 浦和戦では、前半アディショナルタイムに左コーナーキックからMF杉田妃和がバックヘッドで3点目を決め、62分には右コーナーキックの流れから、DF高瀬愛実が高速クロスにダイビングヘッドで合わせ、ダメ押しの4点目。

 アシストは、いずれも中島だった。

 入団10年目の中島と高瀬は、27歳の同い年で、チームの最古参選手だ。中島は今年、初めてキャプテンを任された。

 声で引っ張る闘将タイプではないが、巧みなボールキープと精度の高いキック、豊富な運動量でチームをけん引する“縁の下の力持ち“。

「若い子に伸び伸びやってもらいたいし、その中で自分たちがカバーしていきたい」という中島の心意気も、若手が良さを発揮できている理由だろう。

サイドバックの位置からゴールを狙う高瀬愛実(2017年開幕戦 写真:アフロスポーツ)
サイドバックの位置からゴールを狙う高瀬愛実(2017年開幕戦 写真:アフロスポーツ)

 高瀬は、今年のINACの攻撃でカギになる選手だ。昨年5月のベレーザ戦でサイドバックにコンバートされ、その試合で4年ぶりにベレーザに勝利して以来、同ポジションに定着。FWらしいゴールへの嗅覚は健在で、最終ラインの選手で唯一得点ランキングに入っている(3得点/4位タイ)。面白いのは、高瀬の攻め上がりをコントロールする補佐役がいることだ。左サイドバックの鮫島である。

「基本的に、(攻撃で)行ける時は前に上がっていきますが、サメさんがバランスを見てくれていて、サメさんが上がる時は『タカ待って』と、止めてくれるんです。ラインコントロールもサメさんが指示をくれるのですが、以前に比べると、上げるタイミングが分かるようになってきました。迷惑をかけていると思いますが(笑)」(高瀬)

 試合の流れによっては鮫島と高瀬の2人が同時に攻撃参加する場面もあり、迫力満点だ。鮫島は、国内屈指のスピードと守備の安定感を武器に世界と渡り合ってきたが、意外にもリーグ優勝経験はなく、初タイトルにかける想いは強い。

 5年ぶりのタイトル獲得を目指すINACにとって、前半戦最大の山場となるのが第9節のベレーザ戦(6月3日)。そこまで、首位をキープしたいところだ。

 

 INACは次節、5月19日(土)に、ホームのとりぎんバードスタジアム(鳥取県)で、ジェフユナイテッド市原・千葉レディース戦を迎える。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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