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W杯出場権獲得!なでしこジャパンが強豪・オーストラリア戦で見せた底力

松原渓スポーツジャーナリスト
日本を準決勝に導くゴールを決めた阪口夢穂(2018年2月22日 国内合宿)(写真:中西祐介/アフロスポーツ)

【耐え抜いた前半】

 なでしこジャパンが、2019年女子ワールドカップの出場権を自力で掴み取った。

 AFC女子アジアカップ・グループステージ第3戦で、日本はオーストラリアと対戦。W杯出場を獲得するグループ2位以内に入るためには、日本がオーストラリアに勝利するか、「1-1以上の引き分け」が条件だった中、1-1で引き分けた。

 この結果、日本は準決勝に進出し、W杯出場権も獲得。決勝進出をかけて、17日(火)に中国(グループA1位)と対戦する。

 成熟したコンビネーションを生かした攻撃的なサッカーで、今大会の優勝候補に挙げられてきたオーストラリアに対し、日本は前半、守備のスタート位置をいつもより低く設定。前線から奪いに行く守備を封印した。

 オーストラリアのワントップに入るFWサマンサ・カーは、昨シーズンのアメリカ女子プロリーグ(NWSL)得点王。2017年7月に日本が対戦した際(●2-4)には、前半だけでカーにハットトリックを決められている。だからこそ、まずは「失点しないこと」が重要だった。

 DF熊谷紗希、DF市瀬菜々、DF鮫島彩、DF清水梨紗で構成される4バックが、丁寧なラインコントロールで背後のスペースをケアし、カーに入るくさびのパスに対しては、熊谷と市瀬のどちらかが素早いアプローチで対応した。

 また、スピードのある両サイドハーフを縦に走らせないように守りつつ、中央では、今大会初先発のボランチ、DF宇津木瑠美がたしかな存在感を見せた。宇津木は、オーストラリアの攻撃の心臓部であるMFエミリー・ファン・エグモンドをけん制しつつ、目の前の相手に粘り強くデュエルを挑み、セカンドボールへの対応でも強さを発揮。

 押し込まれているように見えて、日本はオーストラリアの急所をしっかりと抑えていた。

 守備が安定した理由について、鮫島はピッチ内で細かい修正ができていたことも挙げる。

「フォワードがうまく(コースを)限定してくれたので、『両サイドバックに蹴られてもしっかり中で奪おう』と、ピッチ内で共有できていました。ちょっとでもスペースを空けると、そこに(サマンサ・)カーが入ってくるのは怖かったですけど、21番(エリー・カーペンター)のロングスローへの対応も、早目に修正できました」(鮫島)

 しかし、日本は前半14分に一度だけ、カーに決定的なシーンを作られている。

 相手陣内でボールを失った瞬間、ダイレクトで自陣の左サイドの裏のスペースにロングボールを蹴り込まれた。その時、カーはオフサイドにならない位置から、矢のような動き出しを見せた。さらに、全身のバネを使った走りで、市瀬を一瞬で置き去りにすると、中央からトップスピードで走りこんだFWデ・バンナに合わせた。

 お手本のようなカウンターで、さすがに「やられた」と思った。だが、日本は右サイドバックの清水がゴール前に滑り込み、脚でブロック。清水の素晴らしい対応で、絶体絶命のピンチを切り抜けた。

 集中した守備が光る一方で、攻撃のリズムはなかなか生まれてこなかった。守備の開始位置が低いため、ボールを奪う位置が低かったことも一因だ。加えて、オーストラリアの前線からの圧力をかわしきれず、前に蹴り出すのが精一杯になり、再び攻めこまれる悪循環に陥った。

 自力でW杯出場権を獲るためにはゴールを奪わなければならないが、選手たちに焦りは見られなかった。前半を無失点で終えるところまではプラン通りだったからだろう。

 鮫島は試合前日、「前半を無失点でいければ、後半は相手も絶対に(体力が)落ちてくる。そこでチャンスを決められるかが勝負になると思う」と話していた。

鮫島彩はグループステージ3試合にフル出場した(2018年2月22日 国内合宿 写真:中西祐介/アフロスポーツ)
鮫島彩はグループステージ3試合にフル出場した(2018年2月22日 国内合宿 写真:中西祐介/アフロスポーツ)

【プラン通りの先制ゴール】

  

 鮫島の予想通り、オーストラリアは後半開始から間もなく、足が止まり始めた。

 反撃の狼煙を上げたのは、左サイドハーフのMF長谷川唯だ。序盤は守備から攻撃への切り替えがうまくいかず、ボールを持った際に狙われ、囲まれるシーンが目立った。だが、前半途中からプレーエリアを広げ、相手の間でボールを受ける回数が増えると、その攻撃センスを徐々に発揮。

 そして63分、その一つがついに実る。

 FW岩渕真奈とのワンツーで抜け出した長谷川が、ノールックパスをマイナスに折り返すと、フリーで走りこんできたMF阪口夢穂が左足でニアサイドに突き刺した。

「(ボールを受けた瞬間は)どフリーだったので、状況がよく見えました。シュートも打てたし、GKとディフェンスの間に入れることも考えましたが、一番空いていたマイナスのコースに、フリーで走り込む夢穂さんが見えたんです。(相手にバレないように)なるべくそちらを見ないで、ボールが浮かないようにすることだけを考えて(パスを)出しました」(長谷川)

 日本にとって喉から手が出るほど欲しかったゴールは、緻密な分析に基づいた現実的なゲームプランと、完璧なコンビネーションの賜物だった。

 このゴールにより、俄然、日本のグループ首位通過が現実味を帯びた。一方、グループ首位から一気に3位転落が濃厚になったオーストラリアは、死力を尽くして猛攻に出る。だが、日本の選手たちは冷静だった。

 熊谷は、「あの1点が、チーム全体に精神的な余裕を与えてくれました」と、振り返る。

 82分に長谷川が負傷し、替わってMF増矢理花がピッチに立った。日本はオーストラリアの攻撃をうまくけん制しながら、2点目を狙う余裕も見せた。

 

 だが、試合も終盤に差し掛かった86分、まさかの事態が起こる。

 日本のゴール前に入ったグラウンダーのボールをキャッチしようとしたGK山下杏也加が、ゴール前に詰めてきたカーと接触。山下の手からボールがこぼれ、カーに押し込まれてしまった。

【ラスト6分の選択】

 失点の直後、高倉麻子監督は阪口をベンチ前に呼んで指示を送っている。

 1-1のまま終われば、日本は2位になり、W杯出場権を獲得できる。高倉監督は、あえて「攻めない」ことを選択した。それはオーストラリアも同様で、最前線のカーはハーフウェーラインまで下がり、ボールを奪いに来なくなった。

 結局、日本が自陣で横パスを繰り返し、それを両国の選手たちが見守るという状況が6分間続いた後に、試合終了の笛が鳴った。同時にW杯出場を決めた両国だが、歓喜で跳びはねる選手もいたオーストラリアに対し、日本の選手たちは粛々と挨拶し、冷静な表情で現実を受け止めていた。

 試合後、高倉監督は記者会見で、失点の直後に「攻めない」ように指示を送ったことを認め、その意図を次のように話している。

「あのような試合の終わらせ方は、見に来てくださった方に対して私自身、心苦しいものがありましたが、ルールの中でできる選択をしました」(高倉監督)

 

 その後に会見を行ったオーストラリアのアレン・スタジッチ監督も、同点になった後のプレーについて、「ルールの中で、あの(ボールを奪いにいかない)選択をした」と、高倉監督と同様の見解を口にしている。

 ラスト6分で追加点を取りに行けば、日本は1位通過の可能性があったし、オーストラリアは勝って気持ち良く準決勝に進めただろう。

 だが、同時にカウンター攻撃で失点する危険も覚悟しなければならなかった。そして、それは、W杯出場権と準決勝進出の2つを同時に逃すリスクを孕(はら)んでいた。そのリスクを避けた両国の狙いが、偶然合致したーーそれが、この試合の「ラスト6分」だった。それはルールに則った冷静な判断で、それ以上でもそれ以下でもない。

 ピッチに立った選手たちの中には、「点を取りに行きたかった」と、割り切れない胸中を吐露する選手もいた。それは、裏を返せば、「オーストラリアに勝てる」と感じていたからでもある。

 だが幸い、日本はもう一度、オーストラリアと対戦するチャンスを得た。

 この試合を通じて、日本はまた一つ、階段を上った。自分たちができることをしっかりと見極め、プラン通りの試合運びで自力でW杯出場権を掴んだことは、チーム作りに費やしてきた2年間の成果の一つだ。

 準決勝の相手は、グループAを3連勝の首位で勝ち上がってきた中国。強豪揃いのグループを勝ち抜いた日本に対し、中国はタイ・フィリピン・ヨルダンという、FIFAランク上は比較的楽なグループを勝ち上がってきている。だが、その勢いは不気味だ。

 オーストラリアは、準決勝でグループA2位のタイと対戦する。

 日本が準決勝を勝ち抜き、新たな成果を手に20日(金)の決勝戦に進むことを期待している。

 日本と中国の準決勝は、日本時間17日(火) の深夜1時26分よりテレビ朝日系列(地上波)で、同日深夜1時50分よりNHK-BS1にて、それぞれ生中継される。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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