Yahoo!ニュース

なでしこジャパンのMF長谷川唯が作り出したゴールへの伏線。ミスを恐れない果敢なプレーが抱かせる期待

松原渓スポーツジャーナリスト
周囲と連係向上を目指す(長谷川は背番号17/アイスランド戦、2017年3月3日)(写真:アフロ)

【間接的に絡んだ2得点】

 ”データに表れないファインプレー”だった。

 2017年11月24日(金)に、ヨルダンの首都アンマンで行われたヨルダン女子代表との親善試合で、なでしこジャパンは2-0の勝利を収めた。この試合で、FW岩渕真奈が決めた2つのゴールに間接的に絡んだのが、左サイドハーフで先発したMF長谷川唯だ。

 前半27分の先制ゴールでは、囮(おとり)を演じた。

 岩渕が右サイドからペナルティエリア中央に向かってドリブルで切り込んだ瞬間、長谷川は左サイドからゴールポストのファーサイド側に走り込んだ。この動きは、長谷川へのパスを警戒したヨルダンのディフェンスラインを惑わせた。

 また、30分に生まれた2点目では、シュートに至る2つ前のプレーで起点になっている。相手陣内で、左サイドから中央に絞ってMF猶本光のパスを受けた長谷川は、さらにドリブルで右に大きく運んで相手選手2人を引きつけ、ペナルティエリア手前に立つ岩渕に速い縦パスを出した。このパスで攻撃のスイッチが入り、岩渕がMF阪口夢穂とのワンツー・リターンパスから軽やかに2点目を決めた。この場面では、長谷川が中に絞った瞬間、左サイドバックのDF万屋美穂がタイミング良くオーバーラップし、攻撃に厚みを持たせた。

 しかし、試合後の長谷川の言葉には、それらの手応えよりも、追加点を奪えなかった悔しさが滲んだ。

「相手の(守備)ブロックより遠目からシュートを打っていかないと、ヨルダンのような引いた相手は崩せないし、もっと(試合の)早い段階でゴールを狙えたら、相手が前に出てこざるを得なくなって、ワンツーの崩しも活きてきたのかな、と思います」(長谷川)

 自陣に引いたヨルダンに対して、日本は終始、試合の主導権を握り続けた。特に、攻撃では右サイドから突破にかかる場面が多かったが、なかなか実を結ばなかった。

 長谷川は左サイドでシンプルにプレーしていたが、ヨルダンの堅守をいかに攻略するかを考えながら、その狙いが周囲のイメージと合わないもどかしさも感じていたようだ。

「(パスが来た際に)後ろに下げた場面で、相手の(予測の)逆をとって同じ(左)サイドからもう一度、攻撃するイメージも持っていたんですが、簡単にボールをはたくと、そのまま逆サイドに流れていってしまうことが多かったですね。右サイドは突破できていたので、左サイドは上がりすぎないようにバランスをとりながらボールが来るのを待っていたんですが、なかなか来なくて……。もっとボールを触りたいな、 と思っていました」(長谷川)

【変化を生み出した自由な動き】

 長谷川の優れた判断力とボールコントロールは、周囲との連係が緻密になるほど、威力を発揮する。複数の相手を一発で置き去りにするターンや、意外性のあるスルーパスで、攻撃に変化を生み出す。

 長谷川がその強みを発揮するためには、ボールに触れる機会を増やし、オフザボールの動きやパスの強弱も含めて、周囲とイメージを共有することが不可欠である。しかし、この試合では、ボールが左サイドに回ってくる機会が少なかった。

 では、ボールに触れなければ長谷川は試合から消えてしまうのかーー。

 答えは否である。

 長谷川自身は、自分の最大の強みを「運動量」だと自負している。ボールが来ないのなら、自分から受けに行く。長谷川は試合中、左サイドの上下の動きだけではなく、右サイドまで顔を出して攻守に参加することも少なくない。

 その動きによって、攻撃ではボールタッチを増やしてリズムを生み出したり、サイドバックの攻撃参加を引き出す狙いも見せる。

 この試合では、その積極的な動きが2点目につながった。

 77分に右サイドハーフのMF中島依美に代わってMF中里優が入り、長谷川がポジションをトップ下に移してからは、その動きはさらに自由度を増した。中盤でゲームを作りながら前線にも積極的に飛び出してシュートを打つなど、疲れ知らずの動きを見せた。

 後半アディショナルタイムには、センターサークル付近に流れてきたヨルダンのクリアボールを、ダイレクトで左前方にパス。ヨルダンが点を獲ろうと最終ラインを上げた背後のスペースを狙い、サイドを駆け上がったFW上野真実に30m以上のロングパスを通している。

「ボールを奪った後にスペースができやすかったので、そこを狙っていました。ヨルダンのような(守備が堅い)相手には、特に守備から攻撃への切り替えを早くしないといけないと思うし、その共通意識を全員で持てれば、相手を押し込んだ状態になる前に崩せると思います」(長谷川)

 長谷川の言葉からは、一つひとつのプレーに対する明確な意図が見えてくる。それは、長谷川自身の個人戦術がしっかりしていることに加え、チーム戦術の中で、自身の考えを論理的に相手に伝えることができるからだろう。

 長谷川が所属している日テレ・ベレーザ(以下:ベレーザ)は、高倉ジャパンに、常に6人〜8人の選手を送り出しており、なでしこリーグの10チーム中、最も多くの代表選手を抱えるチームだ。その絶妙な連係を武器に、今シーズン、リーグで3連覇を達成した。ベレーザのチームメートと代表でも共にプレーできることは、長谷川にとって大きなアドバンテージでもある。

攻撃に変化をもたらす長谷川(対千葉戦、2017年9月17日(C)アフロスポーツ)
攻撃に変化をもたらす長谷川(対千葉戦、2017年9月17日(C)アフロスポーツ)

【果敢なチャレンジ】

 高倉麻子監督は、ヨルダンとの試合後、日本が引いた相手から点を獲るためにいくつかのキーワードを挙げた。

「みんな、”ニアを狙う”という顔をしながらニアを狙う。プレーが正直なんです。それでは、引いている相手の懐には入っていけない。(パスを)出すフリをして出さないとか、もうちょっと粘り強く、しつこくプレーしないと、力で押し込むだけになってしまいます」

「サッカーは状況判断が大切なので、私が『サイドから攻撃しよう』と言っても、真ん中から行けるのであれば行くべきです。(中略)でも、『こうしなさい』と言われることに慣れている選手もいるので、私が『自分からそれを見つけ出せ』と要求しても、そこにはまだギャップがあると感じます」(以上、高倉監督)

 高倉ジャパン発足から1年半が経ち、チームの軸となる選手は絞られてきたが、中には代表歴が浅い選手も多く、遠慮がちにプレーしているように見える若手もいる。 

 しかし、ピッチの上では年齢や経験に囚われず、うまく自己主張する術を持たなければ、高倉ジャパンが目指す「選手同士で作り上げる自由な攻撃」を実現することはできないだろう。

 長谷川は高倉ジャパンで最年少の20歳だが、プレーや、その立ち居振る舞いは堂々としている。

 ミスを恐れて無難なプレーを選ばず、自分の良さを発揮しようと果敢にチャレンジする。その上で、歳上の選手とも積極的にコミュニケーションを取ろうとする場面をよく見かける。

 日本はこの後、12月に千葉で行われるEAFF(東アジアサッカー連盟)E-1サッカー選手権2017決勝大会で、韓国(8日)、中国(11日)、北朝鮮(15日)と対戦する。

 長谷川は、年代別の日本代表では、2014年のFIFA U-17女子ワールドカップで世界一になり、2015年のAFC U-19女子選手権でアジアチャンピオンになっているが、今大会は年齢制限のないなでしこジャパンの一員として臨む、初めてのアジアの舞台である。

 初招集から約10ヶ月の間に、積極的なトライとチャレンジを繰り返しながら着実にメンバーに定着しつつある長谷川は、今大会でアジアの強豪国相手にどのような攻撃のイメージを描くのだろうか。

 長谷川がピッチ上で、その多彩なアイデアを周囲とシンクロさせ、ゴールに結び付けた時、特定の型を持たない高倉ジャパンの攻撃にさらなる光をもたらす。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

松原渓の最近の記事