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「変則3バック」で勝利を手繰り寄せたINAC。試合の決め手は両サイドバックの攻撃参加

松原渓スポーツジャーナリスト
攻撃を活性化させる鮫島彩(写真は対ノジマ戦、2017年3月26日)(写真:アフロスポーツ)

【豪快な一発】

 INAC神戸レオネッサ(以下:INAC)のDF高瀬愛実から放たれたダイナミックな一撃が、停滞し始めていた重苦しい空気を一掃した。

 0-0で迎えた64分、左サイドバックの鮫島彩が、ゴール前に長めのクロスを送った。そこに全力で走りこんだ右サイドバックの高瀬が、ワントラップから強烈なボレーを叩き込んだ。

 

決勝ゴールを決めた高瀬愛実(写真は対ノジマ戦、2017年3月26日(C)アフロスポーツ)
決勝ゴールを決めた高瀬愛実(写真は対ノジマ戦、2017年3月26日(C)アフロスポーツ)

「サメ(鮫島彩)さんからのボールがドンピシャでしたし、完全にフリーだったので、冷静にトラップからシュートまでいけました」(高瀬)

 待ち望んだゴールに、INACサポーターのボルテージが一気に高まる。

 両サイドバックの攻撃参加と、2人の絶妙なコンビネーションから生まれた豪快な一発には、見る人を楽しませる華やかさもあった。 

 8月27日(日)にフクダ電子アリーナで行われたジェフユナイテッド市原・千葉レディース(以下:千葉)対INACのなでしこリーグ第12節。

 INACは高瀬のゴールで1-0で勝利し、リーグ戦の逆転優勝に望みをつないだ。

【背水の陣で迎えた一戦】

 公式戦3試合勝ちなしという状況でこの試合を迎えたINACの課題は明確だった。

 それは、「ゴールを奪う」ことだ。

 指揮をとって3年目になる松田岳夫監督が植え付けてきたハードワークをベースに、選手間の連携を活かし、少ないタッチ数でボールを回しながら試合の主導権を握る攻撃的なスタイルが定着し、どのチームに対してもボールを持てる時間は多くなった。

 それだけに、今シーズンはシュートの少なさや決定力の低さが目立つ。リーグ11節終了時点の得点数は昨シーズンが「21」だったのに対し、今シーズンは「17」に減っている。

 リーグ戦は、この試合を含めて残り7試合。

 INACにとって、勝ち点「2」差の首位の日テレ・ベレーザとの差がこれ以上開けば、逆転でのリーグ優勝の芽はなくなる(しかも、ベレーザはINACよりも1試合多く残っている)。

 背水の陣で迎えたこの一戦で、松田監督は、システムに、ある「変化」を加えた。

 スタート時の4-2-3-1のフォーメーションはこれまでと変わらないが、攻撃時に、ボランチのMF伊藤美紀がセンターバックのDF三宅史織とDF守屋都弥の間に入ってビルドアップに参加する、変則的な3バックだ。同時にサイドバックの鮫島と高瀬がより高いポジションを取ることで、攻撃に割く人数を増やした。

「今までは相手のプレッシャーがない中でボールを回せていただけ。リスクを恐れて攻撃できないんだったら、もっと攻撃的に行こう、という狙いを持って(攻撃の形を)変えました」(松田監督)

 しかし、千葉の堅守を破るのは容易ではない。

 INACは3週間前に行われたリーグカップ準決勝で千葉と対戦した際、千葉の4倍以上のシュート(9本)を打ちながらゴールを奪えず、逆に、カウンターからMF千野晶子に決められた1点に沈んでいる。

 攻撃に人数をかけることは、千葉が得意とするカウンター攻撃のスペースを与えることにもなる。

 それは、リスクの高いチャレンジでもあった。

【千葉の堅守を破った両サイドバックのコンビネーション】

 前半、千葉陣内でボールを回しながら相手のシュート数をゼロに抑えたところまではINACにとっては狙い通りだったが、フィニッシュに至るラストパスが通らない。

 中央からの攻撃は千葉の固い守備をこじ開けることができず、左サイドで鮫島が完璧なタイミングで相手の最終ラインの裏のスペースに抜け出した場面では、パスミスでカウンターからピンチを招いた。

 最大のピンチは、0-0で迎えた後半開始早々の49分。

 千葉のMF深澤里沙がペナルティエリア左隅から放った左回転の強烈なシュートが、枠の右下を捉えた。その瞬間、INACはGK武仲麗依が横跳びでパンチング。このファインセーブでピンチを切り抜けた。

 そして、勝利につながる高瀬の豪快なゴールが生まれたのは、その後の64分だった。

 最終ラインの中央から伊藤が蹴ったロングパスを、千葉陣内の左サイドのタッチライン際で受けた鮫島は、トラップした瞬間に顔を上げて周囲の状況を確認すると、一気にスピードアップしながら中央にドリブルで切り込んだ。

得意のドリブルで決勝ゴールをアシストした(写真は対ノジマ戦、2017年3月26日(C)アフロスポーツ)
得意のドリブルで決勝ゴールをアシストした(写真は対ノジマ戦、2017年3月26日(C)アフロスポーツ)

「イトキン(伊藤美紀の愛称)が(最終ラインの中央で)ボールを持った時点で、相手の逆サイドの守備は広がっているはずだから、ボールが(自分に)出た瞬間は相手の守備のスライドも間に合わないだろうな、と。それで、中央からサイドを変えたいと思いました」(鮫島)

 時間にすれば、ほんの2、3秒のことだが、鮫島の頭の中には、自分が中に切り込むことで千葉の右サイドの守備がワンテンポ遅れて中央に寄せてくること、また、その瞬間に右サイドの高瀬をフリーにできるイメージが鮮明に描かれていた。

 圧巻だったのは、その後だ。

 鮫島は前方と後方から挟んできた千葉のマークをスピードに乗ったドリブルで振り切ると、中央からカバーに寄せてきた千葉のMF磯金みどりもかわした。そして、ワンステップで長めのクロスを高瀬の足下にピタリと合わせ、ゴールをアシストした。高瀬は次のように振り返る。

「右足でも左足でも蹴れて、逆サイドに一発であれだけ飛ばせる選手はなかなかいないので。その良さを活かしたいし、自分も活かしてもらいたいと思っています」(高瀬)

 高瀬と鮫島のコンビネーションの良さは、プレーの相性だけでなく、その「波長」にもある。

「サメさんはお姉さんのような存在で、仲良くさせてもらっています。実際に私のお姉ちゃんと誕生日や年齢も全部同じで、すごく波長が合う感じはしますね。普段、サメさんとはサッカーの話は全然しないんですけど(笑)」(高瀬)

コンビネーションの良さを見せた鮫島と高瀬(写真は対浦和戦、2015年3月28日(C)アフロスポーツ)
コンビネーションの良さを見せた鮫島と高瀬(写真は対浦和戦、2015年3月28日(C)アフロスポーツ)

 そう言って、笑顔を見せた。

 高瀬は今シーズン、ひとつの転機を迎えている。2012年には年間20ゴールを決めてリーグ得点王に輝いた実績を持つ生粋のアタッカーだが、第9節のベレーザ戦で右サイドバックにコンバートされた。「人生初」というDFのポジションを任されるようになって、この試合は12試合目となった。

 コンバートされた当初に比べると慣れてきた反面、「今はサイドバックというポジションがわかり始めた分、壁にぶつかっている時期だと思います」と、高瀬は現状を分析している。

 

 今後の伸びしろは十分にある。高瀬がその壁を乗り越えた時、INACの攻撃力は更に威力を増しそうだ。

 

【得点力アップの鍵】

 一方、なでしこジャパンの左サイドバックとして、女子ワールドカップ優勝をはじめ数々のタイトルを獲得してきた鮫島にとって、個人的には、「国内リーグ優勝」は獲得していない数少ないタイトルの一つでもあり、その思いは強い。

 自分のプレーを振り返る時、鮫島は絶対にディテールをごまかそうとしない。結果につながった良いプレーでさえ、納得がいかない場合は、はっきりとそう口にする。自分に厳しいのだ。

 今のINACの課題について聞くと、鮫島は次のように話した。

「全体的にボールポゼッションがメインになってしまって、紅白戦をやっていても、お互いに怖さを感じないんです。シュートを打たないし、仕掛けない。練習の中で同じような場面がないから、逆に試合で相手のミドルシュートが決まってしまうことがある。そこは、ウィークポイントだと思っています。若い選手にはドリブルが得意な選手も多いので、勝負どころではパスで崩すことに縛られずに、うまく使い分けて仕掛けていってほしいですね」(鮫島)

 そのプレーを、自らが実践してもいる。この試合では、鮫島が左サイドからドリブルで仕掛け、3人を抜いた場面から高瀬のゴールが生まれた。

 この試合で初めて採用した変則3バックを結果に結びつけたように、今のINACには、様々な「型」を柔軟に使いこなせるだけの、チームとしてのベースがある。

 だからこそ、今後はその「型」に囚われることなく、選手個々が自らの特徴を攻撃のアクセントとして発揮していくことが、得点力アップにつながるはずだ。

 INACは次節、9月2日(土)に、ホームの高知県立春野総合運動公園陸上競技場で、4位のAC長野パルセイロ・レディースと対戦する。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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