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英保守党党首選挙、争点の減税に立ち塞がる財源問題、逆通貨戦争も新たな火種に(上)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
保守党党首選でテレビ討論するスナク前財務相(左)とトラス外相(中央)=BBCより

与党・保守党を率いるジョンソン首相の党首辞任発表(7月7日)を受け、事実上の次期首相を決める保守党党首選挙がスナク前財務相とトラス外相の2人の候補に絞られ、終盤戦を迎える中、コロナ禍後とウクライナ戦争の勃発に伴うインフレ急加速と電気・ガス・ガソリンなどエネルギーコスト、食料品の価格高騰による生計費危機と景気後退の二重苦に陥っている英国の経済再生の決め手として、減税待望論が高まっている。しかし、大規模減税の是非を巡る議論の一方で、経済再生に絡んで、過度な円安を容認している日銀の大規模金融緩和政策と同様、英国でも通貨ポンドの急落の是非をめぐる論争も激しさを増している。後者は世界的な新たな経済命題となっている、インフレ抑制よりも景気回復を優先する、いわゆる、「逆通貨戦争」を巡る論争だ。

■減税論争

英紙デイリー・テレグラフのトム・リース経済部記者は7月7日付コラムで、財務省の政策を監視する英予算責任局(OBR)の最新報告書「財政リスクと持続可能性」を引用し、「大規模減税は政府に持続不可能な巨額の債務負担を招く時限爆弾だ。インフレを加速させ、経済再生にとって大災害となる」と警告した。同氏は、「税制(減税)問題がジョンソン首相の党首辞任に伴う保守党党首選挙の争点となっている。ザハウィ新財務相(党首選立候補後に途中敗退)までも党内で不評を買っていた政府の増税策に代わり、一転して減税を約束した。しかし、OBRはコロナ禍とロシアのウクライナ侵攻(2月24日)を受けて肥大化した国家財政を賄うため、増税の波を逆転させるという希望に冷や水を浴びせている」と指摘している。

減税論争の火ぶたを切った形となったOBRの主張は、これまでの英政府の地球温暖化ガスのゼロ化政策と高齢化社会など従来の国内コスト圧迫要因に加え、コロナ禍とウクライナ戦争という新たな世界的な経済打撃要因が生じたため、英国の国家財政は今後50年間で計約1850億ポンド(約30兆円)、つまり、10年ごとに370億ポンド(約6兆円)の財源不足が発生する。このため、増税、または財政支出削減が必須になるというものだ。これは政府債務をコロナ禍前の水準(対GDP比約75%)に維持することを前提とした試算だ。6月時点の政府債務は対GDP比96.1%となっている。

また、OBRは地球温暖化ガスのゼロ化政策の柱となっている、電気自動車への移行に伴って自動車税収入が失われ、国家財源を圧迫すると警告。さらに、「年金や医療、社会福祉を通じて高齢化する人口への支出増大により、すでにGDP(国内総生産)の3倍に達している政府債務を危うくし、インフレを煽るリスクがある」とし、「新たな資金調達がない限り、英国の財政は長期的には持続不可能な道をたどる」と指摘している。OBRは2042年までに自動車の95%が電気自動車になり、すべての自動車が2050年までに電気自動車に置き換われば、燃料と車両の物品税による税収損失は今世紀半ばまでにGDPの1.6%(390億ポンド=約6兆3000億円)と試算している。

リース氏は、「OBRの報告書によると、次の保守党党首は政府の地球温暖化ガスのゼロ化政策と高齢化社会により、1850億ポンドの打撃を受けるため、減税はほとんど不可能であると感じるだろう」と指摘する。OBRの予算責任委員会のメンバーであるアンディ・キング氏も7月7日付テレグラフ紙で、「減税は支出削減によって賄うことができるが、予算削減は医療費と国防費の増大圧力が高まるにつれて、非常に困難になる。減税は歳入を減らし、財政収支に圧力をかけ、間違いなく、高インフレが続いている英国経済では追加のインフレリスクになる」と警告する。

政府の借入金の最新データ(7月21日公表)によると、6月は229億ポンド(約3兆7000億円)に増加し、単月としては過去最高を記録。他方、6月の国債費(利払い費)も過去最高の194億ドル(約3兆1000億円)に達した。7月のインフレ率が前年比10.1%上昇(6月は9.4%上昇)と、40年ぶりの高い伸びに加速し、インフレ連動国債が国債全体の約25%を占めていることが背景。英経済調査機関キャピタル・エコノミクスのルース・グレゴリー氏は7月21日付テレグラフ紙で、「借入額の増大で、財政の“火力”が低下するため、次期首相はより多くの世帯を救済する能力が制限されるだろう。(次期首相の有力候補)トラス氏は減税による家計支援を約束しており、それは借り入れをさらに押し上げる」とし、英国の経済再生への危機感を募らせる。

対照的に、経済学者で英紙サンデー・テレグラフのコラムニストでもあるリアム・ハリガン氏は7月17日付コラムで、「減税はインフレを煽るという財務省に触発された、こうしたマントラ(教え)は理解できない」とし、あくまでも減税を支持する。「次期首相は経済活動を刺激し、消費者や企業の懐にお金を入れるため、真剣に減税にコミットすべきだ」と反論する。

その根拠について、同氏は、「英国の課税水準は現在、第2次世界大戦以来、最高水準となっている。税金で圧迫される経済は低成長経済であり、成長が切実に必要とされている」とした上で、「インフレ率は9.1%上昇(5月時点)で、賃金は年間わずか4.2%しか上昇していない。このため、大多数の労働者の購買力は数カ月間で急激に低下している。個人所得税の課税最低限を年間1万2570ポンド(約200万円)から2万ポンド(約320万円)に引き上げることで、約600万人が非課税となる。なぜ、政府は来年予定の法人税の税率引き上げ(19%から25%)を中止しないのか、なぜ家計は再生可能エネルギー補助金のために電気代に25%の割増金を払っているのか」と論破する。(『下』に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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