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IMF、英国は2023年にG7で成長率が最低と予想(下)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
スナク財務相は3月、議会で財政再建を目指した春の予算案を説明=スカイニュースより

IMF(国際通貨基金)の厳しい英国の経済見通しに対し、今後、政府は財政拡大に転換するかどうかという議論が起き始めている。独金融大手ベレンベルク銀行のシニアエコノミスト、カルム・ピッカリング氏は英紙デイリー・テレグラフのコラム(4月5日付)で、「スナク財務相が思い切った行動を起こさない限り、同相は英国を高税率で弱い投資経済国家に変えたとして記憶に残される」とし、投資拡大の必要性を指摘する。

同氏によると、保守党のジョン・メジャー首相退任時の1997年までの5年間の平均GDP伸び率は3.2%増と、堅調だったとき、事業投資に対する税収額の割合は2.85倍だった。しかし、その後、労働党の財政緊縮派であるゴードン・ブラウン氏が財務相だった当時(1997年から2006年)には3.88倍と、税収の割合が高まり、2005年までの5年間平均の成長率は2.4%増に減速。「2008-2009年の世界的な金融危機時に壊滅的なリセッション(景気失速)を引き起こす前触れとなっていた」とした上で、「コロナ禍から英国経済は急回復したが、それでも2021年10-12月期の税収の対事業投資比率は4.1倍と、ブラウン財務相当時よりもはるかに高い」とし、課税の行き過ぎはさらに悪化すると警告する。

英予算責任局(OBR)は政府の最新の5カ年財政計画では、GDPに占める税負担の割合を1940年代後半以来の高水準に引き上げることになる、と横やりを入れ、スナク財務相の怒りを買ったが、ピッカリング氏は、「企業は税金と投資の不均衡が悪化するのを防ぐために、2026年までに投資支出を現金ベースで30%増やす必要がある。また、事業投資に対する税金の比率を2016年水準に引き下げるには2026年までに事業投資を55%増やす必要がある」と見ている。

ピッカリング氏は、「財政政策が(増税により)民間部門の成長を食い物にすれば、持続的な事業投資の拡大は挫折する。従って民間投資を後押しし、成長力を高めるためには、財政赤字が安全水準にとどまるよう、減税と緩やかな財政支出の拡大を組み合わせなければならない。そうならなければ、英国は民間部門が需給の不均衡に適切に対処するための投資を拡大できるよう、財政政策がリセットされるまで、サブパー(平均以下)の低成長と過剰インフレに耐えなければならない」という。スナク財務相が3月に発表した春の増税予算では国民保険料の引き上げ(170億ポンド=約2.7兆円)により、労働者と折半する企業の保険料負担額も4月から一気に約90億ポンド(約1.4兆円)も増える。

皮肉にもスナク財務相の増税による税収増計画は猛烈なインフレ高進により、挫折するとの見方もある。英大手会計事務所アーンスト・アンド・ヤング(EY)傘下のシンクタンク「EY・アイテム・クラブ」はテレグラフ紙(4月13日付)で、「政府の2兆3000億ポンド(約363兆円)の国債の25%が小売物価指数(3月は前年比9%上昇に急加速)にリンクしているため、国民保険料の引き上げが発表された直後の2021年10月予測に比べ、2022年度の国債利払い費用は250億ポンド(約4兆円)増加する。しかも、OBRは2023年に記録的な830億ポンド(約13兆円)の国債利払いを見込んでいる」と暴露した。EY・アイテム・クラブのチーフ・エコノミック・アドバイザーのマーティン・ベック氏は、「インフレ率の上昇は国民保険料の引き上げによる税収増(170億ポンド)を軽く相殺する」と指摘する。

スナク財務相は春の予算案発表時に2022年は増税でも、「次の総選挙前に所得税減税を行う」と公言し、国民の憤激を抑えようとしたが、英国メディアでは明らかに2024年の総選挙を有利にするための政治色の強い予算編成との見方が強い。英紙ガーディアンのリチャード・パーティングトン経済部記者は4月3日付で「スナク財務相は今日の問題(生計費危機)に対処する前に、あすの選挙前の減税を優先した」と皮肉る。一方、英紙タイムズによると、スナク財務相は春の予算を圧倒した悲惨な経済の先行き見通しを公表したOBRを憎んでいると指摘しているが、財務省の監視役として2010年にジョージ・オズボーン元財務相によって設置されたOBRは財務省が悪いニュースを隠ぺいするのを防ぐ役割を果たしていると言えそうだ。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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