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スナク英財務相、ロンドン金融街復活の独自戦略模索へ(上)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
英テレビ局スカイニュースのインタビューで最近の英国経済について話すスナク財務相

リシ・スナク財務相は7月1日、ロンドン市内で講演し、今年1月のEU(欧州連合)離脱後もロンドン金融街(シティ)がEUの金融市場に自由にアクセスできるよう求めたEU協議を断念し、その代わり、英国内の金融サービス取引に関するルールや規制(レッドテープ)を撤廃または大幅に緩和することにより、EUに奪われたシティの名声を早急に取り戻すための戦略を発表した。これはシティの起死回生までの道筋を示すロードマップ(行動計画)で、今秋から動き出す。

EU協議では英国はパスポート・ルール(単一免許でEU域内での営業が可能な制度)は求めず、金融サービスの提供に関する国際取り決めや規則の同等性(Equivalence)を求めるもので、同等性が認められない場合、シティの金融機関はEU離脱後、パスポート・ルールの適用が認められなくなっているため、EU域内の顧客に金融サービスを提供するにはEUに拠点を移さなければならなくなる。EUは同等性を頑として認めないため、スナク財務相は協議を打ち切ったのだ。

スナク財務相は講演で、「我々は前進しなければならない。主権国家として(EUから)独立した管轄権を持ち、独自の優先順位を持ち、英国はEUとは異なる、より緩やかな規制を選択する自由を持っている」とし、今後は急成長している中国やインド、ブラジルなどの新興国市場との金融取引を強める方向で協議を開始する考え。具体的には金融サービスに関する貿易管理規制の大半を廃止または緩和する。新興国との2国間協議ではブレグジット(英EU離脱)前の英国で導入されていたEUの非効率的で身動きが取れない規則の撤廃に重点を置くことでEUに対抗する構え。

財務省は7月1日、スナク財務相の講演と同時に、シティ活性化戦略(前76頁)を発表した。柱は(1)英国でのIPO(新規上場)ルールの見直し(2)ホールセールバンキング(政府や機関投資家などを対象とした大口金融)関連規制の見直し(3)現金引き出しや預金商品へのアクセスに関する規制の見直し(4)保険会社の経営の健全性を示すソルベンシー(支払い余力)IIルールの見直し―となっている。

世界の金融サービス規制に詳しい米大手法律事務所レイサム&ワトキンスのシティ担当パートナーのロブ・モウルトン氏は7月3日付の英紙デイリー・テレグラフで、スナク財務相のロードマップを一読後、「英国の金融サービス市場は今後、猛スピードで、かなり遠くまで前進する」と確信したという。

ロードマップではEU加盟当時、シティに適用されていた非効率的で市場を歪めている「ミフィド2(Mifid 2)」(金融商品市場指令)と呼ばれるEU規則やIPOルールを広範囲にわたり緩和することに主眼が置かれている。これはEU離脱後、英国の金融機関はEU市場にアクセスできなくなったため、今年1月には株式売買高のトップシェアをオランダ・アムステルダムに奪われる(その後奪回に成功)という痛い教訓から大胆な規制緩和でEU市場からシティに投資資金を集めようという作戦だ。

ホールセールバンキングでの「株式取引義務」(STO:Share Trading Obligations)の撤廃が見直し対象となっている。英国でEUのSTO規制がなくなれば、既存の取引所以外でのOTC(店頭市場)取引が可能になるほか、従来の取引所に代わる、いわゆる代替取引システムとして知られる、株や債券などのMTF(多角的取引施設)での取引規制もなくなる。また、「ダーク・プール」と呼ばれる、銀行などが場外取引(相対取引)で行う株式売買の数量規制「ダブル・ボリューム・キャップ」ルールも撤廃する。これらはいずれもミフィドで取引の透明性を高めるためと称して規定されている面倒なルールだ。さらに、英政府はコモディティ(国際相場商品)のデリバティブ市場に適用されているさまざまな規制も撤廃する計画。

モウルトン氏も「これほど膨大で詳細な内容には驚いた。ホールセールバンキング市場の改革はまるでEUのミフィドからのブレグジットだ」と指摘。その上で、「英国は多くの項目を見直し、独自の金融サービス市場を構築しようとしている」と見る。

また、ロードマップでは保険会社の自己資本ルールで経営の健全性を示す「ソルベンシー(支払い余力)II」ルールも保険会社の事務作業の負担を減らすため、見直される。テレグラフ紙のルーシー・バートン金融担当デスクは、「保険会社に課せられている36ページものルールブックはここ何年間も不人気だった。これからは英国以外の外国の保険会社は規制緩和の恩典を受けられるので、英国により多くの保険会社が開業する可能性がある」と指摘する。これらの金融緩和措置は今後、中国やインド、ブラジルの主要新興国との金融取引の強化を目指す上で、重要ツールとなる。(「中」に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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