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メイ首相、EU離脱法案の議会通過で倒閣の危機回避(下)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
与党・保守党の造反議員との土壇場での妥協工作に全力を挙げたメイ首相
与党・保守党の造反議員との土壇場での妥協工作に全力を挙げたメイ首相

EU(欧州連合)離脱法案が議会を無事通過したことについて、英国メディアの受け止め方をみると、英紙ガーディアンは6月20日付で、「ノーディールでのEU離脱を阻止する権限を議会に与える“意味ある投票”の実現を目指した保守党の造反議員や労働党による試みは失敗した」と報じた。また、デイリー・テレグラフ紙は、「20日、上院は下院から送られてきた離脱法案を新たな修正なしで通過させた。これで、来年3月に移行期間に入らず、すぐに離脱するという”クリフエッジ”は回避され、また、EU法が英国法に書き換えられることが決まった」と伝えている。

しかし、それに比べ20日の議会通過以前のメディアの論調は悲観的なものがほとんどだった。英紙イブニング・スタンダードは6月17日付で、「保守党造反議員グループは政府の修正案が議会に対し、ディール(何らかの合意)かノーディールの2者選択しか道が残されていないことに怒りを露わにしている。もし、政府が来年1月21日までにノーディールでEUと最終合意し、議会がそれを拒否したとしても議会は政府からニュートラルの動議だけを示されるだけとなる。この動議は修正できないので、移行期間の延長やEU離脱の撤回もできない」と指摘。また、英BBC放送も同日付で、「保守党造反議員グループがEUとの合意に反対投票すれば、政府は倒れる可能性があると造反議員グループのリーダーのドミニク・グリープ議員(元法務長官)が主張している」と報じていた。

メイ首相にとって次の難関は関税問題だ。英紙デイリー・テレグラフは6月21日、「メイ首相がグリーブ議員と合意したのは、議会に「意味ある投票」の権限を与える、つまり、政府提出の動議に対し修正できるかどうかは、議長の判断に委ねるという(玉虫色となった)ことだ。それでもグリーブ議員は政府がEUとノーディールで最終合意した場合、離脱を遅らせる動議を議会に提出できると信じている。この動議は政府が提出するものだが・・・」と伝え、議会の影響力に疑問を投げかけた。しかし、今回の下院議決では、少なくとも(1)クリフエッジといわれる、来年3月29日の離脱日に移行期間なしにEU単一市場から即離脱という事態が避けれることになった(2)既存のEU法が英国に適用される(大部分のEU法が英国法に書き換えれらる)ことになった。つまり、メイ首相が主張する円滑かつ秩序ある離脱となるーーというのが最大の特徴だ。

テレグラフ紙のダニエル・カプーロ政治部デスクは、「問題は来年2月のEU27カ国による離脱合意の承認の際、彼らがノーディールと決断した場合、または、最終合意の内容を拒否した場合、今の政府がEUに再び戻って行動を取ることができるほど長く続いていない可能性が高い。今週の議会との対決は今後迎えるより厳しい戦いの序章にすぎない」という。

一難去ってまた一難。6月はノーディールをめぐって議論が行われたが、7月の議会ではEUとの将来の関係、つまり、貿易関係が議論となり、造反議員にとっては英国を関税同盟に残させる絶好の機会となった。しかし、その一方で、離脱派議員はEUの属国となるようなソフトブレグジット(穏健離脱)を避けるため、徹底抗戦したからだ。

7月6日、テリーザ・メイ首相はEUとの将来の関係(北アイルランド国境と自由貿易)に対する閣内統一見解として、英国が恒久的にEU関税同盟に残るも同然の方針を発表した。しかし、これに猛反対したEU離脱派のリーダー、デービッド・デービスEU離脱担当相(当時)が8日夜、「国益に反する」として突然、辞任。これに続いて、ボリス・ジョンソン外相も翌9日、メイ首相に辞表を叩きつけた。これまでにメイ政権から9人の離脱派が閣内を去っており、メイ首相は直ちに大幅な内閣改造の断行を余儀なくされた。メイ政権倒閣、そして議会解散・総選挙、あるいはEU離脱の是非を問う2度目の国民投票の実施が現実味を帯びてきた。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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