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英国のEU離脱協議、北アイルランド国境問題で折り合わず“強硬離脱”の恐れ(下)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
土壇場でEU離脱協議の合意を覆したメイ首相(左)はユンケルEC委員長とそろって会見に臨んだ=EUサイトより
土壇場でEU離脱協議の合意を覆したメイ首相(左)はユンケルEC委員長とそろって会見に臨んだ=EUサイトより

2019年3月のEU(欧州連合)離脱後も英国の一部である北アイルランドにEU規制が続けば、北アイルランドと英国本国(グレートブリテン島)を隔てるアイリッシュ海に国境が設けられ、北アイルランドは英国から分断されEUの属国となる。そうなれば1998年4月10日に英国とEU加盟国のアイルランド共和国(南アイルランド)の間で結ばれた、英国の北アイルランド6州の領有権主張を認める和平合意(グッドフライデー合意)まで崩れかねない恐れがある。また、北アイルランドにとって経済依存度がEUよりもはるかに高いと英国の間に国境や関税障壁ができることは死活問題となる。

だからこそ、北アイルランドの民主ユニオニスト党(DUP)のアーリーン・フォスター党首はテリーザ・メイ首相がEU本部で会談中の12月4日午後2時に急きょ、記者会見し、「北アイルランドは英国と同じ条件でEUから離脱しなければならない。経済的にも政治的にも英国との規制の違いは受け入れられない。英国との一体が損なわれることは認められない」と宣言し、EUとの合意案に反対するようメイ首相に圧力をかけたのだ。

アイルランドのトリニティ大学のブライアン・ルーシー教授も4日、英紙ガーディアンのインタビューで、「南北アイルランド間の規制は英国のEU離脱後も一致させる(つまり、北アイルランドがEU域内に事実上残る)ということは、英国自体もEU規制に合致させなければ、北アイルランドと英国の間のアイリッシュ海に国境や関税障壁ができてしまう。これでは英国が分断されるのに等しくDUPも強硬離脱派も納得できない」と指摘した。また、北アイルランドの事実上のEU残留を認めれば、英国が国論を二分した昨年6月のEU離脱の是非を問うた国民投票の離脱決定の意味もなくなる。

メイ首相が9月22日のイタリア・フィレンツェでの演説で、EU離脱交渉に臨む政府方針を示したが、なぜか、北アイルランド国境問題については、「両国の国境には物理的なインフラを設置しない」とだけ曖昧な表現にとどめた。この曖昧さが今になって離脱交渉の前進を阻む問題に発展している。

また、EU離脱後の移行期間をめぐっても英国とアイルランド共和国との溝は埋まりそうにもない状況にある。11月17日に開かれた両国の外相会談では、アイルランド政府は「離脱後の移行期間は英国の主張する2年では短すぎる。地元企業がEU離脱に対応する調整期間としてはその2倍の4年間が妥当だ」と主張。英国と大きな食い違いを見せた。英放送局BBCも、「ボリス・ジョンソン英外相はいまこそ離脱協議は将来の貿易協議の段階に進むときだと胸を張ったが、アイルランドのサイモン・コベニー外相は『まるで暗闇に飛び込むような感覚を覚える。今はその時期ではない』と語った」と伝えた。

つい最近でもアイルランドのレオ・バラッカー首相は北アイルランド国境問題をめぐる英・EUトップ会談が土壇場で崩壊した12月4日の会見で、記者団から今後、メイ首相と会談する計画があるかと聞かれ、「メイ首相がいったんは合意した内容を修正するいかなる理由も見つからない」と述べたように、英国とアイルランドとの関係は最悪の状態だ。

こうして離脱協議の前進が一向に見えない中、EU執行部は英国と貿易協定も合意できずに終わる、“ノーディール”の不測の事態に備えた緊急対策の策定作業に入った。また、国内では最大野党の労働党のゴードン・ブラウン元首相までも離脱協議が危機的状況になったとき、すかさず英国のEU離脱の是非を問う2回目の国民投票を実施する」と宣言した。メイ首相は困難なかじ取りが当面続く。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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