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6人に1人が該当?「難聴」が認知症のリスクに

市川衛医療の「翻訳家」
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 7月、権威ある専門誌Lancet(ランセット)に、認知症の予防や治療などに関する最新の知見をまとめた論文が掲載されました(※1)。

 注目なのは「難聴」が認知症のリスクとされたこと。人の話し声などが聞こえにくくなる状態です。論文では、仮に難聴になる人を完全に無くせたとしたら、認知症を今より9%も減らせると指摘しました。

 「難聴」と聞いても他人事に感じられるかもしれませんが、聞こえに悩みを抱える人は少なくありません。英NHS(国民保健サービス)によれば、聴力に何らかの問題を抱える人はおよそ6人に1人とされています。2015年に日本で行われたアンケート調査(※2)でも、聴力に問題を感じている(難聴もしくはおそらく難聴だと思っている)人は18歳以上の13.1%に上りました。

 単純に人口にあてはめれば1000万以上の人が聞こえに問題を感じていることになります。

 だからこそ、難聴が認知症のリスクとなるというのは、ちょっと心配なニュース。そのメカニズムと対策、そして聴力低下を予防する方法を調べました。

大きな音から耳を守るイヤーマフ 画像:Pixabay
大きな音から耳を守るイヤーマフ 画像:Pixabay

なぜ難聴で認知症が増えるのか?

 認知症は、病気などによって脳の働きが低下し、自分で社会生活を営めなくなった状態のことを指します。「難聴」とはかかわりがないように感じますが、本当に認知症が増えるのでしょうか?

 イギリスで行われた最新の調査(※3)では、50歳以上の1万5千人近くを調べたところ、中等度の難聴(普通の大きさの会話での聞き間違いや聞き取りにくさを感じる)がある人では、認知症のリスクが1.6倍になっていました。

 なぜなのか。米ジョンズ・ホプキンス大学のフランク・リン博士らの論文(※4)によれば、2つの可能性が指摘されています。

 ひとつは、「社会的な孤立」につながる、ということ。難聴になると、人の声が聞き取りにくくなり、会話が難しくなります。その結果、家族など周囲との関わりが減りやすくなります。過去の調査で、社会的に孤立した場合、コミュニケーションによる刺激がないことや、精神的なストレスなどによって認知症になりやすくなると指摘されています。

 もうひとつは、「認知的な負荷」が高まることです。脳が音を理解する働きはとても複雑です。例えば私たちは人の話し声の一部を聞き取れなくても、自動的に補って理解することができます。例えば「こ?にちは」と聞こえたとき、「ん」という言葉が本当は聞こえていなくても、他の音や状況から判断して『「ん」に違いない』と脳が自動的に補ってくれるのです。

 聴力が低下し聞き取れない音が増えると、脳はたびたびこのような働きを行わなければならなくなります。そこに力を割くあまり、脳に他の働きをする余裕が減り、結果として全体的な認知能力が低下するのでは?というのです。

脳の負担イメージ(画像:いらすとや)
脳の負担イメージ(画像:いらすとや)

どうすれば良い?

 対策のために、まずは自分に難聴があるかどうかを知ることが大事ですよね。英NHSが提供する一般向けの情報サイト「NHS Chioces」(※5)では、難聴のサインとして次のような点を挙げています。

・他の人の話し声が良く聞こえなかったり聞きまちがえたりする(特に何人かで話をしているとき)

・会話中に聞きなおすことがある

・音楽やテレビのボリュームが他の人から見て大きい

・電話の呼び出し音やドアベルの音になかなか気が付かない

・雑音がどの方角から来ているかがわからない

・聞くことに集中するために疲れたりストレスを感じる

 こうしたサインが表れているようであれば、いちど耳鼻科で聴力をしらべる検査を受けても良いかもしれません。

 

 なお難聴は突然なることもありますが、ゆっくりと進んだ場合、自分では気がつけないことも多いのだそうです。本人が聴力の低下に気づいて対策をはじめる10年も前に、周囲は変調を感じていたという調査もあります。もし家族などに上記のサインが表れていたら、そっと教えてあげることも役に立つかもしれません。

 聴力が低下しても、適切な対策(補聴器の使用など)によって周囲とのコミュニケーションを改善することができます。現時点では、聴力が低下してから補聴器などを使うことで認知症を防げるかどうかは分かっていないのですが、日々の生活の質を高めるためにも、難聴に早く気づいて適切な対策をとることには意味があると考えられます。

難聴は、どうすれば予防できる?

 難聴は、どうすれば予防できるのでしょうか?上記のNHSのサイトでは、下記の点を予防のポイントとして薦めています。

1)テレビや音楽の音量を大きくしすぎない

特に小さな子どもの耳は繊細なので注意。2m先の人と快適に会話できるくらいの音量にする

2)周囲の雑音をカットできるヘッドフォンを使う

周囲の雑音の影響で音楽のボリュームを上げるのを防ぐため。ノイズキャンセリング機能がついたものを使うのも良い

3)外部の音がうるさい場所で働くときは、耳を守る道具を使う

イヤーマフ、耳栓など

4)コンサートや自動車レースなど大きな音がする場所は注意

5)自分や自分の子どもの耳の中に、むやみに異物を入れない

指、綿棒、ティッシュなどを含む

6)難聴の原因となる病気に気をつける

中耳炎、メニエール病など

7)自分や子どもの聞こえに問題を感じたら、医師を受診する

自分や自分の子どもの耳に、むやみに異物を入れない(画像:Pixabay)
自分や自分の子どもの耳に、むやみに異物を入れない(画像:Pixabay)

 聴力はどうしても加齢とともに衰えるので、対策をとっても難聴になる場合はあります。ただ「聞こえ」と「脳」の関係が明らかになりつつある中、若いころから耳を「消耗品」と考えて大切にしてあげる、という考え方が役に立つかもしれません。

執筆:市川衛 ツイッターやってます。良かったらフォローくださいませ

引用文献*********

※1 Dementia prevention, intervention, and care

www.thelancet.com Published online July 20, 2017

※2 Japan Track2015

一般社団法人 日本補聴器工業会

※3 Hearing Impairment and Incident Dementia: Findings from the English Longitudinal Study of Ageing.

J Am Geriatr Soc. 2017 Jul 22. doi: 10.1111/jgs.14986.

※4 Hearing loss and cognition in the Baltimore Longitudinal Study of Aging.

Neuropsychology. 2011 Nov;25(6):763-70. doi: 10.1037/a0024238.

※5 NHS Choises 「Hearing Loss」

和訳・太字は筆者

医療の「翻訳家」

(いちかわ・まもる)医療の「翻訳家」/READYFOR(株)基金開発・公共政策責任者/(社)メディカルジャーナリズム勉強会代表/広島大学医学部客員准教授。00年東京大学医学部卒業後、NHK入局。医療・福祉・健康分野をメインに世界各地で取材を行う。16年スタンフォード大学客員研究員。19年Yahoo!ニュース個人オーサーアワード特別賞。21年よりREADYFOR(株)で新型コロナ対策・社会貢献活動の支援などに関わる。主な作品としてNHKスペシャル「睡眠負債が危ない」「医療ビッグデータ」(テレビ番組)、「教養としての健康情報」(書籍)など。

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