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リラックスは効果なし?不眠の悩みを改善させる最適の方法とは

市川衛医療の「翻訳家」
不眠の悩みを抱える人は多い(写真:アフロ)

「ベッドに入って、眠りたいのに寝られない」「睡眠中何度も起きてしまう」などの悩み、なかなか辛いですよね。

どうしたらグッスリ、質の良い睡眠を得られるのか?つい最近、とても参考になる研究が発表されたのでご紹介させてください。

注目高まる「不眠に対する認知行動療法」

入眠困難や中途覚醒、早朝覚醒などのお悩みがあり、しかも日中にだるかったり眠気が強い状態が週に3日以上続いていると「不眠症」とされます。診断基準にもよりますが、人口の4〜22%が該当するともいわれています。

近年、この不眠症の治療として注目されているのが「不眠に対する認知行動療法」という方法です。

この方法では、眠りが乱される理由として行動習慣のクセ(例:「眠くもないのにベッドに行く」「朝起きる時間がバラバラ」)や、認知のクセ(例:「寝床でクヨクヨ日中の失敗を思い出してしまう」「眠れるか心配で不安が募る」)があると考えます。

そこで、より良い行動習慣や考え方のコツを身に着けることで不眠を改善しようというものです。

近年、様々な研究により効果が確かめられ、睡眠薬などの治療に比べてより安全に行えるのではないか?と注目されるようになっています。アメリカの内科学会は2016年より「不眠症の人に、まず初めに試してもらう治療法」として推奨しています。

とはいえここまで読んできて「じゃあ、どんなことをすればいいわけ?」と気になった方もいるかもしれません。

確かに、行動習慣や考え方のコツといっても色々あります。テレビや新聞などでは「深呼吸をしてリラックスすると寝つきが良くなる」とか「寝る前にストレッチが効果的」などいろいろな情報を目にします。より確かな効果が得られそうなのは、どんな工夫なのでしょうか?

睡眠に役立つ行動習慣の工夫や、考え方のコツとは?
睡眠に役立つ行動習慣の工夫や、考え方のコツとは?写真:アフロ

3万人以上対象の研究で「効果が高そう」とされたのは?

2024年1月17日、精神医学の領域で権威が高いとされる専門誌「JAMA Psychiatry」に、日本の研究グループが主導した論文(※1)が掲載されました。

東京大学病院の古川由己医師や京都大学大学院医学研究科の坂田昌嗣助教ら研究グループは、世界中で発表された「不眠に対する認知行動療法」の研究論文を調査。

効果検証として優れているとされる「ランダム化比較試験」を使って行われたものに限定して、241件の研究(対象者:計31452人)を選定し、様々な治療方法の中で、不眠の改善につながったものはなにか、ということを調べました。

結果として、「有効である」とされたのは以下でした

行動習慣の工夫に関わるもの
睡眠制限法:横になる時間を短くすることで深く眠れるようにする
刺激統制法:寝床と睡眠の関連付けを強くすることで眠れるようにする

認知のクセの改善に関わるもの
認知再構成:不眠に関する有害な思い込みを和らげる
マインドフルネス:不眠への不安を受け入れる

一方で、例えば「夜はスマホを見ずに寝よう」など環境を整えるように促す「睡眠衛生指導」や、「寝る前にゆっくりとした深い呼吸をする」「わざと体に力を入れては緩める」などの方法で体をリラックスさせる「リラクゼーション」については、はっきり有効とは認められませんでした。

「有効」とされた方法について、以下に簡単に解説します。

「睡眠制限法」とは

要は「ダラダラ横にならない」ということです。

寝付けないままベッドに横になり、朝方やっと、うとうと眠れたとします。睡眠不足を心配して、眠れなかった分を取り戻そうと昼過ぎまで寝ていたら、今度は夜に更に眼が冴えて眠れなくなる…という循環で、生活が不規則になり、さらに不眠が悪化してしまうかもしれません。

そこで睡眠制限法では、夜ベッドに横になる時間と朝起きる時間を決めてしまいます。特に最初は、横になっている時間を元々の睡眠時間+30分(最低5−6時間)と短く設定するのがポイントです。多くの場合、いつもよりもだいぶ遅く布団に入ることになります。

仮に夜に寝付けなかったとしても、決まった時間にはベッドを離れるようにします。最初は寝不足になってしまうかもしれませんが、そのぶん夜に眠気がたまって決まった時間に寝られるようになり、深く眠れるようになることが期待できます。

「刺激統制法」とは

睡眠制限法と同じように、ダラダラ横になる時間を減らす目的があります。

その方法として、例えば「眠くなってからベッドに行く」「寝つけなかったらベッドから離れる」などの行動がすすめられます。また「日中に昼寝などで横にならない」こともすすめられます。そうすることで、「夜、ベッドに入ったら寝る」という習慣を体に覚えこませることを目指します。

「認知再構成」とは

簡単に言えば「寝るときにクヨクヨ考えない」「不眠を怖がりすぎない」ことを目指すもの。

不眠に悩む人の中には、ベッドで目をつぶると、ついつい明日の仕事が気になったりして眠れなくなるケースがあります。

試験やプレゼンの前日などに「ちゃんと眠れないと明日ヤバいかも…」と気になってかえって眠れなくなる、という経験は誰にでもあるものだと思いますが、それが頻繁に起きすぎると、生活にも支障をきたすようになってしまいます。

また、不眠が頻繁に起きるようになると「きっと今日も眠れないに違いがない」と思い込み、その不安感によって実際に眠りが妨げられてしまうこともあります。

そうした、眠りの妨げになるような思い込みや思考のパターンを書き出し、改めて捉え直すこと(「眠れないという根拠はない」「仮に眠れなかったって上手くいっていることのほうが多い」など)によって、睡眠が取れるようにすることを目指します。

治療法を問わず「顔と顔を合わせる」のが効果的

この研究では、どんな治療法であれ、治療者と顔を合わせて行う治療対面提供)が有効だとわかりました。本やアプリを使って自分で取り組むことも有効ですが、治療者の人と「直接顔を合わせて」相談し、取り組むことでより大きな効果が出ることが示されたのです。

自分の行動を客観的に見たり、思い込みを変えようとすることは、時にひとりでは難しくなることもあるかもしれません。

生活の状況や悩みを聞き取りながら、適切なアドバイスを提供してくれるパートナーの存在が治療効果を高めることが実証されたことには意義があります。

不眠に悩む人は、その治療を行っているクリニックや、経験のあるカウンセラーなどにいちど相談してみることが役に立つのかもしれません。

治療者と顔を合わせて行う治療(対面提供)が有効
治療者と顔を合わせて行う治療(対面提供)が有効写真:イメージマート

「リラクゼーション」は効果なし?睡眠治療の効果の実態

研究結果から、どのようなことが言えるのでしょうか?論文を発表した古川由己医師に話を聞きました。

古川由己医師(東京大学医学部附属病院・精神神経科特任臨床医)
古川由己医師(東京大学医学部附属病院・精神神経科特任臨床医)

―― 研究を行ったきっかけは?

精神科臨床でお会いする患者さんの多くが不眠に苦しんでおり、少しでも改善のお手伝いができたらと思ったのが原点です。
薬がすでに多くなってしまっておりこれ以上は増やしたくない場合や、患者さんが薬を希望しない場合も多く、薬以外の治療を模索していました。
しかし、「不眠に対する認知行動療法」と一言で言っても色々な要素が含まれており、どの要素が実際に効果を発揮しているのか知りたくなりました。
患者さんとしても不調なときに何種類もテクニックを教わっても大変だと思いますし、治療を提供する側としても何種類も提供するだけの時間がなかなか確保できなかったり、何種類もに習熟するのも大変だからです。

ーー 結果を見て、研究者としての発見はありましたか?

従来から有効とされてきた「睡眠制限法」と「刺激統制法」という要素がきちんと有効と示されたということに納得するとともに、研究者としてはほっとしました。
日本で不眠治療の第一選択とされる、「睡眠衛生指導」について効果が示されなかったことも発見でした。
とはいえ睡眠衛生指導と言っても色々なバリエーションがあり、臨床現場では睡眠衛生指導と言いつつ、「積極的に遅寝早起きを推奨する」など、睡眠制限法に近い指導が行われていることもありますので一概には言えませんが…

ーー 不眠に対する「リラクゼーション」に効果がない、もしくは逆効果かもしれないという結果は意外でした。

興味深い結果だとは思いますが、うつ病やパニック障害でもリラクゼーションが逆効果かもしれないことが示唆されており、そこまで意外には思いませんでした。
あくまでも可能性ですが、リラクゼーションをすることで、眠らずに横になっている時間が増えてしまったり、「リラックスしなきゃいけない」という思い込みが逆効果に繋がってしまうのかもしれません。
もちろん、いま何らかのリラクゼーションに取り組んでいて気に入っている方や、それで眠れている方は、無理にやめる必要はありません。

ーー 今回の研究成果が、どのように活かされれば良いと思いますか?

「不眠に対する認知行動療法」の認知度は、まだまだ医療者の間でも低いのが現状です。まずは、「このようなものがあるのだ」ということを全国の医療者に知っていただき、興味を持っていただけるといいなと思っています。

不眠のお悩みを抱える方には色々な背景があり、今回の結果によって「○○をすればいいよ!」ということを一概に申し上げることはできません。
ただ今回の研究を通じて、改めて「朝は一定の時間に起きて、昼はしっかり活動し、夜は眠くなってから横になる」ことが不眠の解消に役立ちますよ、ということを自信を持ってお勧めできるようになりました。

当たり前のように聞こえますが、そうした基本のことにしっかり意義があると示せたことが、この研究の大きな意味の一つだと感じています。

(取材協力)

古川由己さん

名古屋市立大学医学部卒。総合病院南生協病院、東京大学医学部附属病院精神神経科、東京武蔵野病院を経て東京大学医学部附属病院精神神経科特任臨床医

ーー

(※1)

Furukawa Y, Sakata M, Yamamoto R, Nakajima S, Kikuchi S, Inoue M, Ito M, Noma H, Takashina HN, Funada S, Ostinelli EG, Furukawa TA, Efthimiou O, Perlis M.

Components and Delivery Formats of Cognitive Behavioral Therapy for Chronic Insomnia in Adults: A Systematic Review and Component Network Meta-Analysis

JAMA Psychiatry. Published online January 17, 2024. doi:10.1001/jamapsychiatry.2023.5060

医療の「翻訳家」

(いちかわ・まもる)医療の「翻訳家」/READYFOR(株)基金開発・公共政策責任者/(社)メディカルジャーナリズム勉強会代表/広島大学医学部客員准教授。00年東京大学医学部卒業後、NHK入局。医療・福祉・健康分野をメインに世界各地で取材を行う。16年スタンフォード大学客員研究員。19年Yahoo!ニュース個人オーサーアワード特別賞。21年よりREADYFOR(株)で新型コロナ対策・社会貢献活動の支援などに関わる。主な作品としてNHKスペシャル「睡眠負債が危ない」「医療ビッグデータ」(テレビ番組)、「教養としての健康情報」(書籍)など。

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