話題の「オバマケア」何が問題なのか?

(写真:ロイター/アフロ)

5月4日、ドナルド・トランプ米大統領が選挙公約に掲げたオバマケアの廃止と関連して、連邦下院は新しい医療制度法案を可決しました。トランプ大統領は、今年3月にも同様の法案を出そうとしていたのですが、その際は成立の見込みがないと提出を見送っており、今回はしっかりと準備して下院での可決にこぎつけたわけです。

※法案が成立するには上院での議論・採決を経なければなりませんので、今後どうなるかはまだわかりません。

そんなこんなで話題になっている「オバマケア」ですが、なんとなく名前は知っていても、どんなものなのか?なんで見直しが必要とされているのか?よくわかりませんよね。それもそのはず、アメリカの医療保険制度はそもそも複雑で、その「改良」を目指したオバマケアも、やっぱり非常にわかりにくい制度になってしまっているんです。

今後もニュースで何度も目にすることになるだろう「オバマケア」。せっかくの機会ですので、「どんなもの」で「何が問題とされているのか」、できるだけ分かりやすくざっくりご紹介します。よかったらご一読ください。

※今回お伝えするポイント

1)盲腸で800万?アメリカと日本の制度は全然違う

2)オバマケアは「国民皆保険」を目指した改良

3)「選択の自由」と「弱者の保護」のはざまで揺れるアメリカ

盲腸で800万?アメリカと日本の制度は全然違う

「国民皆保険」という言葉は、お聞きになったことがあるかもしれません。英語では「Universal Health Coverage (UHC) 」と言い、「誰もが必要な時に、金銭的な危機に陥ることなく、質の良いサービスを受け、健康を脅かす状態から守られることを目指す制度」と定義されています。(※1)

例えば日本では、国民には原則として、公的な医療保険に加入することが義務づけられています。逆に言えば、どんな重い病気になっている人でも、それを理由に加入を断られることはありません。

公的な医療保険に加入していると、治療を受けたときに、自分で負担する費用は一部ですみます。さらに、自己負担額には収入に応じた上限が決まっていて、非常に高額な医療が必要になった場合でも、その額以上を負担する必要はありません。

高額療養費制度を利用される皆さまへ 厚生労働省保険局(平成29年7月診療分まで)
高額療養費制度を利用される皆さまへ 厚生労働省保険局(平成29年7月診療分まで)

このような制度を作ることで、収入が多い少ないによらず、だれでも命を守る医療サービスを受けられるようにしよう、というのが国民皆保険制度(UHC)の考え方であり、現在、先進国の多くはこの制度を導入しています。

しかしオバマケア以前のアメリカは例外でした。医療保険への加入は義務ではなく、希望する人は職場を通じて民間企業が募集する医療保険に加入することが一般的でした。(高齢者や貧困層は、国が運営する公的な医療保険に加入可能)

医療保険に入るかどうかを強制されない「選択の自由」がある一方、医療保険を民間企業が運営している以上、どうしても「儲かるか、どうか?」ということがポイントに入ってきます。医療保険に入るためにかかる保険料が高額だったり、カバーできる病気が限られていたり、さらには「すでに病気を持っている人は加入できない(保険料がすごく高くなる)」という決まりがあったりしました。

すでに病気にかかっている人は、支払う保険料と比べて医療費が多くかかる可能性が高いので、「保険の仲間に入れないほうがみんなのためになるよね?」ということなのかもしれません。合理的と言えば合理的ですが、日本の常識で見ると「そもそも困っている人を助けるために保険ってあるんじゃないの?」という気持ちになってしまいます。

ともあれ、医療保険への加入が義務ではないこと、そして保険料が高額であることなどから、オバマケア以前は全体の16%(およそ4400万人)が医療保険に加入していない「無保険者」でした。

イメージ図(オバマケア前)
イメージ図(オバマケア前)

さらにアメリカでは、国民皆保険制度が無いこととも関連して「医療の高額化」が長年の課題になっていました。

アメリカに旅行に行ったことのある方は、「アメリカでは医療費が非常に高いので、海外旅行保険に加入したほうが良い」と勧められたことがあるかもしれません。例えば外務省HPによると、アメリカでも特に医療費が高いニューヨーク・マンハッタン区で盲腸(虫垂炎)で8日間入院したケースで、治療費として7万ドル(800万円程度)を実際に請求されたケースがあります。日本では同じ治療を数十万円程度(自己負担はその3割程度)で受けられますので、ちょっと驚きですよね。なんでこんなに高いのでしょうか?

国民皆保険制度をとっている日本では、医療機関で処方される薬剤や、医師などの人件費を含んだ手術などの価格は、すべて国が決定しています。一方でアメリカでは、そのような縛りがゆるく、製薬会社や医療機関の意向によって価格が吊り上がってしまう傾向があります。全く同じ薬なのに、日本における価格とアメリカにおける価格が大幅に違うケースは、珍しくありません。

2)オバマケアは「国民皆保険」を目指した改良

こうした状況の中、「より多くのアメリカ人に手ごろな医療保険を提供し、医療と保険の質を高めつつ、医療保険企業を規制して医療コストを減らす」(※2)ことを目的にバラク・オバマ前大統領が進めた改革がオバマケアです。

国民皆保険を実現する最も単純な方法は、国が大きな公的医療保険を作り、そこに国民全員の加入を強制することです。しかし歴史的に民間企業による医療保険が定着してきたアメリカで、ちゃぶ台をひっくり返すような改革をするのは現実的ではありません。そこでオバマ前大統領は、すでにある制度を「改良」することで、無保険者を減らそうと考えました。

主な「改良」点は、次のようなものです。

1)公的医療保険がカバーする範囲を拡大する

2)民間の医療保険に対する規制を強める

3)医療保険に入ることを「義務化」する

これまでも、貧困層の人向けに国が運営する公的な医療保険があったのですが、その加入要件をゆるめ、より多くの人が入れるようにしました。

さらに「収入はあるけれど、民間の医療保険には入れない」という人でも加入できるプランを作るよう企業に求め、足りない分は国が補助することにしました。これまで民間企業は、「すでに持病がある人」が医療保険に加入するのを断ったり、保険料をすごく高く設定したりすることができたのですが、それらの行為も規制されました。

一方で保険に入る側から考えた場合、まだ若くて健康なら「収入はあるけど、とうぶん病気はしなさそうだし、保険に入りたくない」という考えを持つ人もいそうです。以前はこれが許されていたのですが、オバマケアによって医療保険への加入がいわば義務化され、加入しないと罰金的な課税を受けるようになりました。

イメージ図(オバマケア後)
イメージ図(オバマケア後)

改革の効果はてきめんでした。オバマケアが導入された結果、無保険者の割合は2010年の16%(およそ4400万人)から、2015年には9%ほど(およそ2900万人)にまで減少したとされています。

United States Health Care Reform: Progress to Date and Next Steps. JAMA. 2016より
United States Health Care Reform: Progress to Date and Next Steps. JAMA. 2016より

ここまでを読んで、オバマケアは国民にとって「嬉しい制度」ではないか?と思われた方も多いのではないでしょうか。しかしトランプ現大統領は選挙中、このオバマケアの廃止を公約として掲げて当選し、現在も少なくない国民が撤廃を支持しているといいます。オバマケアの、何が「問題」とされているのでしょうか?

「選択の自由」と「弱者の保護」のはざまで揺れるアメリカ

それを知るために、5月4日に下院を通過したばかりの新しい法案(American Health Care Act)が、オバマケアのどの部分を変えようとしているかを見てみましょう。今回の法案のポイントをまとめたBBCの記事(※3)から主なものを抜粋します。

・オバマケアは保険料負担が可能な全国民に加入を義務付けたが、新法案はこの要件を削除。

・正規従業員50人以上の企業は従業員に医療保険を提供しなくてはならないというオバマケア上の義務を廃止。

・既往症のある人の加入を保険会社は拒否できないという禁止条項について、免除するかどうか州政府が独自に判断できる。

オバマケアの「改革」として挙げた3つのポイントのうち、「医療保険への加入の義務化」「民間医療保険への規制」が削除もしくは大きく後退しようとしていることがわかります。

なぜなのか。

ひとつ考えられるのは、オバマケアは「これまで保険に入れなかった人」からすると嬉しいものですが、「既に加入していた人や従業員の保険料を支払ってきた企業」からすると、一見、迷惑なものに見えるということです。

さきほど『すでに病気にかかっている人は、支払う保険料と比べて医療費が多くかかる可能性が高い』と書きました。これは実際その通りです。なので、オバマケアによってこれまで持病があるから保険に入れなかった人が入ってくると、全体の保険料が上がってしまう可能性は否定できません。これまで必死に働いて保険料を支払ってきた人の立場に立ってみると「なんで持病がある人のために、自分が割を食わなければならないわけ?」という気持ちが生まれるだろうなあ…と思いますよね。

さらに、個人の選択が尊重されるアメリカで「医療保険に入らないと罰金的に課税する」という考え方が浸透しにくく「なんで国に強制されなければならないのか」という反発の気持ちが生まれているかもしれません。オバマケアに対しては、これらの根強い反感があり、その声を集めたトランプ大統領の就任によって制度の先行きが不透明になっている、と言えそうです。

オバマケアは「骨抜き」になるか?議論は上院へ

今後、新しい法案は上院に送られ、議論が行われます。上院でも共和党は過半数を占めていますが、下院と比べその差は大きくはないので、調整は難航すると予測されています。とはいえ今後どうなるかは正直、わかりません。

これまで記してきた米国での経緯から、得るべき教訓はあるでしょうか?

筆者が感じたのは「長期的な視野を持って政策を進めることの難しさ」です。

オバマケアを導入して、病気を持っている人でも保険に加入できるようにすると、保険料が高くなります。だから、「かわいそうだけれど病気を持つ人は切り捨てても仕方ないよね」というのは(健康な人から見た場合)自然な感情です。

でもよくよく考えると、根本的な原因はアメリカの医療費が高すぎることです。国際的に見た場合には理不尽なほど高額な薬や治療費を負担せざるを得ない。そのために持病がある人が加入すると、保険料が非常に高くなってしまうのです。その根本が変わらなければ、いま切り捨てられない側にいて安心している自分こそが、病気になった時に「切り捨てられる」側に回ってしまうかもしれません。

仮に、今後オバマケアが大幅な後退に追い込まれたとすると、その「根本的な問題」を議論し改善する道も遠のいてしまうではないか…と言う危惧を感じます。

もちろんこのあたりの考え方は、それぞれの国の成り立ちや文化まで含めた深い要因が関わっているので色々な意見がありえますし、そもそも「正解」は存在しえないと思います。

ひるがえって現在、国民皆保険制度が存在する日本でも、医療費が高騰し、制度を維持できるかどうかの瀬戸際に立っていると指摘されています。そのなかでつい最近、高額な医療費がかかる腎透析を必要とする人を「殺せ」と訴えるブログが話題になったりもしました。

日本でも今後、医療保険財政の悪化のなかで、「誰かを切り捨てよう」という議論が出てくるかもしれません。

でも少なくとも医療について言えば「誰かを切り捨てず、みんなで損を分け合う」という選択をすることで、最終的に全体としての「損」を少なく食い止められる可能性が高いということは、理想論ではなく実際の歴史が証明していることでもあります。

本当に「損」を身を切って分担しなければならない事態が生まれたとき。冷静に役立つ「選択」ができるようにするためにも、いまアメリカで行われている議論を「他人事」としないでウォッチしておく必要があるのかもしれません。

※上記は、今回自分が調べた内容を基にした考察であり、省略した部分も少なくありません。ご意見がある方は、ぜひ「ここが間違っている」「もっとここを強調すべきだ」などコメント欄でお寄せ下さい

(参考文献)**********

※1 WHO: Universal Health Coverage- What does it mean? より

※2 What is ObamaCare  https://obamacarefacts.com/whatis-obamacare/ より

※3 米オバマケア改廃法案、僅差で下院通過 上院へ BBC NEWS JAPAN 2017年05月5日より