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オノ・ヨーコさんに報道「レビー小体型認知症」とは

市川衛医療の「翻訳家」
オノ・ヨーコさん(4月、ニューヨーク・セントラルパークで撮影)(写真:Splash/アフロ)

昨日(4月26日)発売の週刊新潮は、オノ・ヨーコさんがレビー小体型認知症(DLB)という病気になっている、とする記事を掲載しました。とはいえ情報は弟さんの証言をもとにしており、ご本人や担当医などのコメントは出ていないようですので、真偽については不明です。

ジョン・レノンさんと結婚し、その死後も世界的なアーティストとして精力的な活動を続けてきたオノ・ヨーコさん。この4月、イギリスのタブロイド紙デイリー・ミラー(電子版)は、84歳になったオノ・ヨーコさんが久しぶりに公共の場に姿を現した様子を伝えました。(冒頭の写真は、その際のものです)

Elderly Yoko Ono seen in wheelchair as she makes first public appearance in months

ニューヨークのセントラルパークに現れたオノ・ヨーコさんは車いすに乗り、何人かのスタッフに付き添われていたといいます。目撃者は「衰えて、弱々しい感じになっているように見えた。そして30分の散歩の間、(車いすから)立ち上がることはなかった」と話しているということです。

体調が心配される中で行われた、今回の認知症の報道。真偽は不明ですが、オノ・ヨーコさんの病名とされた「レビー小体型認知症(DLB)」について、耳にしたことがないかたも多いかもしれません。どんな病気なのでしょうか?

「レビー小体型認知症(DLB)」とは

認知症は、病気などが原因で脳の働きが衰え、自力で社会生活を営むのが難しい状態を指す言葉です。

認知症になる原因は非常に様々なものがあるのですが、レビー小体型認知症(DLB)は「アルツハイマー型」「脳血管型」に次いで多いとも言われています。全身の神経細胞に「レビー小体」という物質がたまり、働きが衰えてしまいます。

特徴的な症状として幻視(そこにいないはずの人やものが見える)があり、以前は「進行が早く、発症してから亡くなるまで8年ほど」とも言われていました。介護現場でも「介護が大変」と言われ、病名を伝えただけで入所を断られるケースがあったといいます。

しかし最近、こうしたイメージのなかに「誤解」があることもわかってきました。

DLBになった人では、様々な薬に過敏に反応するようになる傾向があり、普通なら問題ない量の薬でも強い反応(体が固まって動けなくなる、寝たきりになるなど)が起きてしまうことがあります。このことを知らないと、薬を減らせば症状が収まるのに、「病状が悪化した」と誤解されて逆に薬を増量され、さらに悪化する…という悪循環に陥るかもしれません。

最近では、こうした誤解に気づき、適切な対策をとることで、DLBと診断されても穏やかな暮らしを続けていられる人も増えているといいます。

今回の報道に対し、実際にDLBと診断されている人はどう感じているのか。DLBの当事者として自らに起きた体験の講演や執筆活動を行っている、樋口直美さんにお話を伺いました。

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樋口直美さん

30代終わりから時おり、人の幻視を見るようになる。41歳で「うつ病」と診断され処方薬を飲んだところ悪化。50歳で症状からレビー小体型認知症と診断され、抗認知症薬を処方され改善し始める。現在も抗認知症薬治療を続けながら、執筆活動を続ける。著書に「私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活」

Q)今回の報道を受けて、どのように感じられましたか?

この病気は、誤診がとても多いので、本当にレビー小体型認知症(DLB)かどうかは、まだわかりません。ご本人のコメントも出ていないので、慎重に考えないといけないな、と思っています。

ただ、仮にオノ・ヨーコさんが本当にDLBであったとしても、以前とは状況が変わりつつあります。私が診断されたころは、医師に「進行を遅らせるために私にできることは?」と質問しても「ないんですよ」と言われました。どれだけ調べても希望の持てる情報はなく、あまり長くは生きられないのだと絶望しました。

でもその後、色々な医療者に会って話したり、自分の症状を観察したりすると、DLBでも適切な治療(薬の調整など)やストレスをためない暮らし(周囲の方々の接し方を含め)をしていれば、良い状態を長年保てることがわかってきました。いまでも幻覚(幻視、幻聴)、時間の距離感がない、嗅覚や自律神経の障害などはありますが、医師と相談して抗認知症薬の量を調整することで、良い状態を保てています。

Q)今回の報道の真偽はまだわかりませんが、有名人のかたの病気のニュースは、大きな影響力がありますね。

はい、3年前に亡くなられた俳優のロビン・ウィリアムズさんは、うつ病とパーキンソン病と診断されていましたが、解剖によりレビー小体型認知症だったと報道されました。その後、ロビンさんの妻がDLBについて語った内容は「人を破壊して殺してしまう『脳の中のテロリスト』のような恐ろしい病気」というものでした。

夫を失った悔しさはわかります。

でも最近は、適切な治療によって、ほとんど進行しない例も医師から報告されるようになっています。むしろ希望の多い病気なのですが、それが医療者にも広く知られていません。過去の絶望的なイメージが強いと、良くなる可能性も、病状安定に最も大事な周囲との良い人間関係も壊してしまいます。

Q)報道をきっかけに、DLBに興味を持たれた方もいると思います。どのようなことを知ってほしいですか

いまは、「レビー小体型認知症」と正しく言える(書ける)人も少ない状態です。「聞いたこともない」という人の方が、まだまだ多いでしょう。一般の人は、「認知症は物忘れをする病気で、アルツハイマー病のことでしょ?」と思っている方も少なくないと思います。

ぜひ知っていただきたいのは、アルツハイマー病とは全く症状の違う「レビー小体型認知症」という病気があること。その症状は、一般にイメージされる「認知症」とは違って、体調不良も目立ち、誤診されている人も多いこと。薬剤に過敏に反応してしまう人が半数以上いるといわれています。良かれと思って使っている薬で悪化しているかたも、少なくないと思います。

そして幻視は、私たちにとっては、脳の誤作動によって「本当に見える」ものであり、頭がおかしくなっているのではないのだということ。本人も周囲も「異常なものではない」と幻視を受け入れられれば、薬で無理やり消す必要もなく、見えても穏やかに共存できることを知ってほしいと思います。

Q)最後に、DLBと診断されたご本人、もしくはご家族や知り合いに診断された方がいらっしゃる人へのメッセージがあればお願いします。

介護する家族の方のお話を伺っても、この病気は、薬への過敏性もあり、持病の悪化や入院やストレスなどで劇的に悪化しやすいのですが、逆に少量の薬がよく効いたり、ストレスを取り、安心することなどで驚くほど改善します。アップダウンの激しい病気なんです。

私の周りにも、DLBと診断されていても、あまり進行せず、思考力も記憶力も保ってしっかりされているかたが珍しくありません。

本人や家族が、DLBの症状や薬のことを学ぶことが、非常に重要です。薬への過敏性がある場合、市販の風邪薬や胃薬でも悪い影響を受けてしまいます。

どんな薬が合うか、その適量、反応の仕方もひとり一人違うようです。医師にお任せにするのではなく、本人や家族が症状や薬への反応を観察・記録し、医師に報告して良く話し合うことが大切だと思います。

樋口さんが強調されていたのが、DLBに対して理解を持ち、一緒に病に向き合ってくれる医師に出会うことの大切さです。ただ、まだ医療界でもDLBへの理解が浸透の途上であり、なかなか良い医療者に出会えない切実なお悩みを持つご本人やご家族も少なくないとのことでした。

DLBの家族会は、「レビー小体型認知症サポートネットワーク」や「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会ネットワーク」などが活動しています。お悩みをお持ちの方は、一人で抱えず、こうした場で話すことで、新しい情報や気づきに出会えるかもしれない、とのことでした。

樋口直美さんについて、詳しい情報はこちら(公式サイト)をご覧ください。

執筆:市川衛ツイッターやってます。良かったらフォローくださいませ

医療の「翻訳家」

(いちかわ・まもる)医療の「翻訳家」/READYFOR(株)基金開発・公共政策責任者/(社)メディカルジャーナリズム勉強会代表/広島大学医学部客員准教授。00年東京大学医学部卒業後、NHK入局。医療・福祉・健康分野をメインに世界各地で取材を行う。16年スタンフォード大学客員研究員。19年Yahoo!ニュース個人オーサーアワード特別賞。21年よりREADYFOR(株)で新型コロナ対策・社会貢献活動の支援などに関わる。主な作品としてNHKスペシャル「睡眠負債が危ない」「医療ビッグデータ」(テレビ番組)、「教養としての健康情報」(書籍)など。

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