有名人の病気報道は、どこまで許されるのか?

会見イメージ(写真:アフロ)

9日、市川海老蔵さんが記者会見を行い、妻の小林麻央さんが進行性の乳がんを抱えていることを公表しました。

その後、様々なメディアで現在の病状などに関する報道が相次いでいます。

一方で、こうした個人の病気の情報について報道することの是非をめぐって、ソーシャルメディアやニュースサイトのコメント欄などでは議論が起きています。

市川海老蔵も会見で語ったように家族は公にすることを望んでいなかった。また、記事が出たことにより、マスコミが海老蔵の自宅に押しかけ、子どもたちが外に出られない状況に。その後開かれた会見では、病状について「深刻」と話す海老蔵に「ステージは」と繰り返し聞く場面もあった。

この一連の報道に対して、ニュースサイトのコメント欄やソーシャルメディアには家族への配慮がないと批判的な意見が多く寄せられている。

出典:BIGLOBEニュース 6月9日「小林麻央の乳がん報道 隠したい病気まで表沙汰にするマスコミに批判の声」

また、実際にがんを経験した当事者から、報道の過熱による、ご本人やご家族の精神的なストレスなどを心配する声も上がっています。

「身内にがん患者をかかえるご家族は“第二の患者”。医療関係者には、そう捉えて接する態度が問われます。とりわけ海老蔵さんのような有名人、芸能人の方々の場合は社会的にも注目されてストレスが人一倍でしょう。患者本人ばかりか患者の家族をサポートする役が不可欠ではないでしょうか」  

出典:HEALTH PRESS 6月10日 「海老蔵さんの妻・小林麻央さんの病状会見で考える~がん患者の家族は“第二の患者”という配慮」

確かに、そもそも一般的には、自分や家族が何らかの病気であるということは、特にプライバシー性の高い個人情報だと認識されています。それにもかかわらず、なぜ今回「隠しておきたかった」病気について報道されることになったのでしょうか?

「プライバシー」と「報道の自由」

憲法13条には「すべて国民は、個人として尊重される」と記されています。いわゆるプライバシー権についても、このなかに含まれると考えられていますので、隠しておきたい病気について本人の承諾なく公開するのは通常、許されないことだといえるでしょう。

一方で、政治家や著名人など社会的な影響力を持つ人は「公人」とされ、プライバシー権には一定の制限があるとも考えられています。その理由のひとつは「報道の自由」との兼ね合いです。

例えば政治家が公的な資金を私的に使っていたような場合、その使途が「プライバシーのことだから」といって報道が制限されるようでは、社会全体にとって良くない影響がありますよね。

そこで公人の情報に関しては、公共の利益のためになる場合は、プライバシーに関わることであっても報道が許される、というわけです。

そこでひとつの疑問が生まれます。

小林さんの病気について報道することは、公共の利益のためになることなのでしょうか?

「公共の利益」とは何か

「公共の利益」って、なんとなく聞いたことのある言葉ですが、具体的にどんなものなのでしょうか?今回調べてみたところ、イギリスの公共放送BBCの編集ガイドラインを教えてもらいました。

ちょっと長いですが、報道における公共の利益の考え方について分かりやすく記されていますので、どうか読んでみてください

公共の利益について

個人的な行動、情報、対応や会話は、プライバシーの侵害に勝るほどの公共の利益がなければ公の場にさらされるべきではありません。

公共の利益について単一の定義はありませんが、例えば次のようなものです。

  • 犯罪行為を発見する、明らかにする
  • 重大な反社会的行為を明らかにする
  • 汚職や不正を明らかにする
  • 重大な過失や能力の欠如を指摘する
  • 人々の健康と安全を守る
  • 個人や組織による特定の意見や行動により、多くの人が惑わされないようにする
  • 社会にとって重要なことを考えるために、よりよい理解につながる情報を開示する

表現の自由そのものにも、一定の公共の利益が存在します。

何が公共の利益なのかについて考えるとき、私たちは(筆者注 わざわざその情報を報道しなくても)その情報がすでに公になっていないか、間もなく公になるかどうかについて考慮する必要があります。

公共の利益のためにプライバシーを侵害しようとするとき、その価値があるかどうかについて考慮されるべきです。プライバシーの侵害の程度が大きければ大きいほど、それを正当化するためには、大きな公共の利益が必要になります。

(BBC Editorial Guidelinesより 和訳・太字筆者)

上記の公共の利益の「例」について今回のケースをあてはめると、「人々の健康や利益を守る」が該当するといえるかもしれません。著名人が病を抱えたことについて広く伝えることで、その病について多くの人が興味を持ち、早期発見や治療に向かいやすくなる、ということです。

実際に今回の会見に関連する記事のなかには、病気の正しい理解や、適切な検査を推奨するものが多く見受けられます。その記事をきっかけに命が助かる人もいるかもしれません。

ただ一方で、上記ガイドラインにもある通り、公共の利益があるとしても「それは、プライバシーの侵害の程度に照らして適切なのか?」について考える必要がありそうです。

今回の報道が、小林さんご本人、そして幼いお子さんも含めたご家族や関係者の皆さんに与えるであろう負担と比較して、それで得られる「公共の利益」は十分に大きいと言えるでしょうか?

病気に関する啓発情報は、今回の件を報道しなければ、多くの人が得られなかった性質のものなのでしょうか?

もちろん、何にどのくらいの価値があるかの基準は人によって、組織によって、そして国ごとの文化によっても変わりうるものです。さらに、その時々の状況に応じても変わりうるものです。ケースバイケースで判断されるもので、「こうあるべき」と一概にいうことはできません。

でも、だからこそ、こうした情報を伝えることの意義について、ていねいに考えることが大切なのだと思います。わたし自身、医療の情報を伝える仕事をしている端くれとして、常に考え続けなければならないことだと改めて心に刻みました。

著名人や家族の病気に関する情報を報道することに、どれだけの「利益」があるのか?この記事を読んでくださった皆様は、どのように考えられたでしょうか。もし良かったら、コメント欄でご意見をいただければ幸いです。

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今回の記事は、柴田綾子さん(淀川キリスト教病院 産婦人科後期研修医)と荘子万能さん(大阪医科大学医学部在学中)との議論から生まれました。末尾となりましたが、心から御礼を申し上げます。