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奈良教育大附属小の教育実践を「出向人事」で潰そうとする大学側に、7444筆の署名が突きつけられた

前屋毅フリージャーナリスト
提出直前に10筆が届いたので、合計7444筆。    写真提供:山﨑氏

 奈良教育大附属小(以下、附属小)が学習指導要領どおりの指導をしていなかったことが「法令違反」「不適切」と指摘する奈良教育大学は、附属小の教育実践を中心的に担った教員を大量出向させようとしている。それによって、附属小において学習指導要領どおりの教育に方向転換させようとの意図が透けてみえる。

 附属小がやってきた教育実践を守るためにも、教員の大量出向を止めさせることが必要とする人たちが中心となって「奈良教育大附属小を守る会」(以下、守る会)」を結成、「奈良教育大の附属小教員出向人事に反対する緊急署名」を開始した。そして集まった7444筆の署名が3月10日、大学側に手渡された。

 これに対する大学側の対応は「不誠実」なものでしかなかったという。その大学側の不誠実な態度と、署名を集めるにいたった経緯を、「守る会」の中心メンバーである山﨑洋介氏に聞いた。山﨑氏は奈良教育大学を卒業後に奈良市立小・中学校に勤務、早期退職して現在は大学院で教育学を学んでいる。

|路上で署名を受けとる大学の失礼さ

―― 附属小の教員を出向させる人事を止めるよう求める署名を大学に提出されましたが、そのときの様子 を教えてください。

山﨑 3月10日に、7444筆の署名を大学側に渡しました。事前に、電話連絡したのですが、そのとき、マスコミも同行していいか、と訊きました。署名を提出するとプレスリリースしていましたから、「同行して取材したい」という要望があったからです。

 それに対して「ちょっと協議するから」というので電話口で待たされ、結果的には「遠慮してくれ」となりました。何回かやりとりしたんですが、「遠慮してくれ 」の一点張りでした。「大学が取材は遠慮してくれと言っている、と説明していいか 」と確認したのですが、それについても「遠慮してくれ 」の返答でした。拒否という言葉こそ使いませんでしたが、完全拒否としか受けとれませんでした。

―― 署名そのものは、問題なく受けとったのですか?

山﨑 そこにも、私たちは憤慨しています。受けとるという電話での返答だったので、11日に大学まで行きました。校門の守衛さんに来意を告げて担当課に連絡してもらって、私たちとしては担当課の部屋に案内されるとおもっていました。

 ところが、駐車場にとめたクルマで待っていると、若い職員が2人でやて きました。そして、屋外の駐車場で、「受けとる」と言うのです。路上で署名を受けとるのは、いくらなんでも失礼な対応なので、「おかしいのではありませんか」と抗議しました。

 普通に考えて、ちゃんとした部屋で、学長なり、それなりの肩書きのある方が受けとるものですよね。それを路上で渡せ、というのは失礼すぎます。

 2人の職員と押し問答になりましたけど、彼らが何の権限ももっていないのは明らかでした。ただ、指示されて受けとり役をやっているだけのようにしかおもえませんでした。

 彼らと押し問答をしていても仕方ないし、建物内にいれてもらえないのも確かでした。仕方なく、彼らに署名をわたして帰ってきました。

 学長自ら「開かれた大学」を公言しておきながら、こういう対応でしかなかったわけです。おかしい。

―― 11日に大学側に署名をわたして、その後の大学側からの反応はありましたか。

山﨑 なにも、ありません。

|「とんでもない附属小」という誤解を解きたかった

―― 署名をだすことになった経緯について教えてください。

山﨑 大学が1月9日付で「奈良教育大学附属小学校における教育課程の実施等の事案に係わる報告書」を作成し、17日に記者会見を開いて公表しています。その前日の16日には一部マスコミが、「教育法令を無視した不適切な指導の実態が明らかになった」というふうに報じています。記者会見では、宮下俊也学長が「信頼を裏切ることになり謝罪する」とまで発言しています。

 その情報だけで、附属小の実情を知らない世間の人は、「附属小はとんでもないことをやっている」と受けとります。実際、そうでした。

 これではいけない、というので2月初めに、まったくの自己負担で起ち上げ たのが、「みんなのねがいでつくる学校応援団 奈良教育大学附属小にエールを」というホームページです。私の知っている情報とか、他の人からの情報を公開し、支援の声を集めるのが目的でした。

 そうしたら注目度がすごくて、集まってくる人も情報もすごい。附属小の卒業生や元教員からも情報が集まってきました。ホームページの運営だけでなく、そういう人たちでメーリングリストをつくって情報交換したりに 労力も費用もとられて本業が疎かになる状態で、かなり戸惑いました。

 そこから署名運動を始めることになります。

―― その経緯を、もう少し詳しく教えてください。

山﨑 2月19日付の『朝日新聞デジタル』が、「正規教員19人について、今後3年間で順次、県内の公立小学校などに出向させる」との方針を奈良教育大の学長が示していると報じています。私のところに集まってくる情報でも、大学側が人事で決着をつける危険性が高まっていることがわかってきました。

「正規教員」は大学法人に雇用されているフルタイムの「専任教員」のことで、附属小の自由な教育実践を中心的に支えてきている人たちです。今回の問題が起きる少し前から、附属小の教育実践に対する締め付けはじわじわと始まっていたようで、いずれは自由な教育実践を行う人たちはいられなくなるのではと噂されていたようです。

―― 出向というかたちで専任教員を追い出すことで、附属小の自由な教育実践そのものを潰そうとしているということでしょうか。

山﨑 まず、中心的な教員が大量に出向させられれば、学校の運営そのものが成り立たなくなります。附属小にかぎらず、公立小でも同じようなことになれば、学校が成り立たなくなります。それを心配する声も多くあります。

 さらに、〝血の入れ替え〟みたいな人事だと感じています。血を入れ替えることによって、別のものにしようとしているとしかおもえません。附属小の教育実践に対する攻撃です。

|生きいきとした子どもを育てる附属小の教育

―― 附属小の教育実践について、山﨑さんはどういうふうに考えていますか。

山﨑 私は奈良教育大学を卒業していて、まさに附属小で教育実習をやりました。奈良市で公立小学校の教員になったので、附属小とはいろいろな教育研究をやってきました。そういうなかで知った附属小の教育実践は、ひとことで言えば〝素晴らしい〟なのですが、そういう薄っぺらい言葉で表現してはいけないほど深い教育だとおもいます。

 授業を見学すると実感できるのですが、子どもたちが自分の意見をはきはきと自分の言葉で表現していて、子どもたちの〝質の違い〟を痛感させられます。といって、附属小の子どもたちは特別なわけではありません。

 附属小は、ほかの附属と違って選抜試験を経て入学してくるわけではありません。抽選なので、言ってみれば普通の公立と同じです。そういう子たちが、公立とは違って生きいきしています。それは、そういう指導を附属小で受けたからだとおもいます。そういう教育実践をしているのが附属小なのです。

―― そういう教育実践の成果を無視しているというか、批判しているしかないのが、今回の大学側の報告書だとおもいます。

山﨑 報告書は、ただ学習指導要領を教育の〝物差し〟にしかしていません。教育の本質を、いっさい問題にしていません。

 そこに多くの保護者、教育関係者、教育研究者が大きな疑問をもったとおもいます。だから、私のホームページにも多くのアクセスがあったし、意見も寄せられた。そして、多くの方が署名にも応じてもらえたのだとおもいます。

―― 今後の「守る会」、そして山﨑さんの活動について教えてください。

山﨑 いま、大学に対して情報公開を求めています。今回の大学側の報告書がでるまでには、学内で調査を行った経緯が細かく記されており、最終的に報告書がだされるまでに「中間まとめ」などの文書がまとめられたことになっています。そこには、大学内でも意見の対立があったと聞いています。

 そういう内部の意見相違の経緯を知ることで、今回の大学側からの附属小に対する〝攻撃の本質〟がわかってくるとおもいます。それを、大学側には隠すことなく公開して欲しいと考えています。それ が、附属小だけでなく日本の教育を考えるうえで重要な意味をもっているとおもいます。  

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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