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教員の残業代訴訟、教職員ひとり一人の声で「最高の教育の場」にできる

前屋毅フリージャーナリスト
(写真:アフロ)

 教員の時間外労働に残業代が支払われないのは違法だとして、埼玉県の公立小学校教員の男性が未払い賃金の支払いを求めていた、いわゆる「埼玉教員超勤訴訟」の控訴審判決で、8月25日に東京高裁は一審に続いて原告の請求を退けた。これに対して教職員組合のひとつである全日本教職員組合が9月2日に書記長談話を発表するなど、教職員の抗議の声は高まりつつある。

| まだ伝わらない学校現場の過酷な働き方

 教員は給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)によって、「超勤4項目(生徒の実習、学校行事、職員会議、非常災害)」以外の時間外労働は「原則命じることができない」とされている。しかし現実には、教員の残業時間は増える一方であり、いわゆる「過労死ライン」とされる月80時間を超えての残業が常態化しているといってもいい。

 こうした教員の長時間労働を是正するために埼玉県で小学校教員をしている田中まさお(仮名)さんは、埼玉県に残業代の支払いを求める訴訟を起こした。昨年10月1日にはさいたま地裁で、原告が示した時間外勤務の一部は「国家賠償法の対象となる」と認めたものの「社会通念上受任すべき限度を超えるほどの精神的苦痛を与えているとは言いがたい」として訴えを棄却した。

 ただし、判決文には「付言」があり、次のように述べられていた。

「現在のわが国における教育現場の実情としては、多くの教員職員が、学校長の職務命令などから一定の時間外勤務に従事せざるを得ない状況にあり、給料月額4パーセントの割合による教職調整額の支給を定めた給特法は、もはや教育現場の実情に適合していないのではないかとの思いを抱かざるを得ず、原告が本件訴訟を通じて、この問題を社会に提議したことは意義があるものと考える」

 4パーセントの教職調整額で「働かせ放題」になっている現実を問題視し、その根拠になっている給特法を「教育現場の実情に適合していない」と指摘している。教員の「働かせ方」には問題がある、と述べているわけだ。

 東京高裁の判決は、この付言が強調されているわけでもなく、一審に続いて原告の請求を退けている。これについて9月2日付の全教の書記長談話は、「高裁控訴審判決が、『教員の業務は自発的なものと校長の命令に基づくものが混然一体となっているため、一般の労働者と同様の賃金制度はなじまない』と従来の主張を繰り返し、原告側の主張を退けたことはきわめて不当です」と批判している。

| 「変えられる」を子どもたちに伝える最高の教育機会

 全教だけでなく教員なら誰もが、残業時間の多くが完全に自発的なものではなく、仕向けられ、追い込まれ、なかば強制的にやらされているものであることを肌身で知っているはずだ。だから、今回の判決にも多くの教員が不満を抱いている。

 原告の田中まさおさんは、高裁の判決も不服として最高裁への上告を即決している。全教の書記長談話は、「上告審にすすむにあたり、全教は、最高裁が長時間勤務がまん延する教職員の勤務実態を『違法』と認定し、一刻も早く改善するための施策を行うよう、立法・行政の各機関に要請することを求めます」と述べている。

 ただ、全教が声をあげているからといって、それだけで済ましておける問題ではない。いまの働き方、そして今回の判決に対して、ひとりでも多くの教職員が声をあげていくことが必要なのではないだろうか。

 永岡桂子文科相は8月29日、給特法見直しの検討作業に向けて「準備の加速」を省内に指示している。教職員の声が大きくなっていけば、埼玉教員超勤訴訟だけでなく、給特法見直しにも影響を与えることになる。

 教職員の働き方を改善することは、子どもたちの教育環境の改善につながる。子どもたちのためにも、教員の働き方を変えていく必要がある。それには、教職員ひとり一人が声をあげることが求められている。そういう積極的な姿を子どもたちに見せることが、「自分たちの力で変えていく大切さ」を伝えることになる。それこそが、最高の教育にちがいない。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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