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教頭先生を説き伏せた〝稼ぐ授業〟の子どもたち

前屋毅フリージャーナリスト
撮影:筆者

 埼玉県戸田市の美女木小学校3年生が取り組んでいる「学校に虫を増やす」をテーマとする総合学習は、自分たちが稼いだおカネでもって虫のための環境を整えていく段階へとすすんでいる。そこには、子どもたちが乗り越えなければならない多くの課題が横たわっていた。

| 自走できる子どもたち

「いま、『子どもたちが自走できている』ということを実感しています。『自走』は教員研修のなかでも議論されたことでしたが、それには教員が積極的に関わっていかないと無理だろうと、私は考えていました。ところが、子どもたちは自走しつつあるんです」と、3年1組担任の才田恵理子さんが言った。

 美女木小の3年生が学年全体で約8万円(1クラスあたり約2万円)を稼ぎ出したことは過去の記事で紹介してきた(過去記事は文末にURL)。そのおカネを使って1組では、いろいろ議論してきて、虫たちが住みやすい環境を整えた場所をつくることを決めた。名付けて、「美女木グリーンパーク」。

「パークといっても、世話が必要な場所となると、『誰が世話するのか』という問題に突き当たりました。『次の3年生にお願いすればいい』と意見を述べる子もいましたが、それに『それは迷惑じゃない』との意見もありました。それで虫たちが自由に出入りできて手間のかかる世話も必要ない、といった方向になっていきました。そして、自分たちが4年生になっても、気になったら見に行けるところにしよう、と決まりました」と、才田さん。

 それから場所を探す班、設計図をつくる班、どういうものが必要か考える班と分かれて動きだした。それを担任が指示したわけではない。子どもたちが、何が必要かを考えて自発的に決めたのだ。

「ひとつの班の人数を決めたわけでもなく、やりたい子が集まるかたちでした。結果的に、場所を探す班だけで14人になっていました。その全員で一緒に動くのは効率が悪いというので、3つのグループに分かれて場所探しが始まりました。それも私が指示したわけでなく、子どもたちが自分たちで決めたことです。しっかり自走しています」と、才田さん。

 3つのグループが探してきた場所を、最終的に決めるのはクラス全員である。各グループが、自分たちが推す場所の写真を示したり、推す理由を発表し、それをもとに議論しながらひとつの場所が決まった。もちろん、子どもたちが決めたからといって、それで決まるわけではない。才田さんが続ける。

「学校内につくるなら、教頭先生に許可してもらう必要があるよ、とは私から伝えました。教頭先生に話をするにも、いきなり行くのではなくて、事前に会う約束をもらうのがルールだよ、とも言いました」

 ルールを教えるのは大人の役割でもある。そのルールを突きつけられて子どもたちがたじろいだかといえば、そんなことはなかった。事前に約束をとりつけ、その時間に代表が〝交渉〟へと出かけた。

「私が口を挟むことはしていません。付き添って行くことも避けたかったのですが、記録として残したかったので、離れたところから録画だけしていました。教頭先生がけっこう突っ込んで質問するのでハラハラしていたんですが、ちゃんと答えている。『自走してる』と思いながら見ていました」

| 教頭と堂々と交渉する子どもたち

 その才田さんが録画した動画を見せてもらった。教頭の勝俣武俊さんが待ち構えるところに、代表の子どもたちがはいってくる。代表といっても、9人くらいの姿が確認できる。ひとりの男の子が、口火を切る。

「総合学習で陸の豊かさを守るために虫を増やすことをやっていて、その場所を探していて、ここにしたいと思っています」

 すると別の子が学校で使っているクロームブックを見ながら、「葉っぱも多いし広いので、これから花を植える場所もあります。気になったときに気軽に見にも行ける」と説明する。クロームブックの画面に選んだ理由がまとめられているらしい。

「その場所ってどこなの?」と勝俣さんが訊くと、後ろにいた女の子が手で方向を示しながら説明する。「そこで虫を飼うの?」と勝俣さんが質問をすると、「飼うのではなくて、虫が住みやすい場所にするために、自分たちが得たおカネでいろんなものを設置したい」という答が戻ってくる。

 さらに、「場所はわかったけど、そこに何をつくるの?」と勝俣さんが突っ込む。それにクロームブックを持っていた男の子が「設計図です」と画面を見せると、それを子どもたちが口々に説明する。大人からの質問に臆することなく、きちんと答えていく。

「わかりました」と勝俣さんが口にした。そして、「ただ先生として心配なのは、安全なのか、ほかの生徒の邪魔にならないか、ボールなどが飛んできて壊されることがないかということです。これから、それを一緒に確認しに行こうか」と続け、子どもたちといっしょに部屋を出て行った。

 才田さんによると、確認作業を経て、勝俣さんの許可はもらえたようだ。同じように、校長にも会う約束をとり、説明して許可をもらっている。

「大人と子どもではなく、フラットな関係であることを学校としても心がけています。だから、訊くべきことは訊きました。それに子どもたちも堂々と答えてくれて、成果がでているのかなと感じました」と、子どもたちの様子に教頭の勝俣さんも満足げだった。

「校長先生に説明するときも、私はまったくタッチしていません。私の手を離れたところで、どんどん子どもたちがすすめていきました。その自走できている姿がすごく印象的でした」と、才田さんも興奮気味だ。

 自分たちで稼いだおカネを、自分たちで使い途を考えて決めていく、そして実行していくなかで、子どもたちの自走する力はどんどん増してきているようだ。

https://news.yahoo.co.jp/byline/maeyatsuyoshi/20220127-00279168

https://news.yahoo.co.jp/byline/maeyatsuyoshi/20220211-00281511

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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