新学習指導要領の策定にもかかわってきた向後秀明さんは、「入試科目から英語を外すべきだ」と言う。新学習指導要領で求めていることと、入試で評価しようとしていることに差が開きすぎているからだ。

 現在の向後さんは、敬愛大学国際学部国際学科教授であり、英語教育開発センター長の職にある。その前、2010年4月から2017年3月には文部科学省初等中等教育局教育課程課・国際教育課外国語教育推進室で教科調査官を、国立教育政策研究所教育課程研究センターでは教育課程調査官を務め、前学習指導要領の普及・推進に努めるとともに、新学習指導要領「外国語」の策定にもかかわっていた。

 つまり、新学習指導要領を深く理解している人物である。現在は大学での授業にくわえて、小学校から大学までの英語教員研修や英語教育関連セミナーに携わりながら、新学習指導要領の「本質」と伝える活動に積極的に取り組んでもいる。

 その向後さんに、新学習指導要領の「本質」について聞いてみた。

|英語科目が抱えてきた「借金」

――外国語、実質的に英語ですが、この教科を学習する目標として新学習指導要領でも「外国語によるコミュニケーション」という表現があります。この目標は、ずっと変わっていないようですね。

向後 おっしゃるとおりです。英語によるコミュニケーション能力の育成という目標は歴代の学習指導要領の目標において、美しく言えば「ブレていない」、別の言い方をすれば「同じことが少し表現を変えて書かれている」ということになります。

 小学校でも外国語の授業がはいってきて、英語を聞いたり話したりすることには慣れつつあります。ところが中学校では、依然として文法とか語彙といった知識の注入に重点が置かれてきた傾向がみられます。ここから、コミュニケーション能力の育成を再度認識してもらうことに今回の新学習指導要領の狙いはあります。

――文法と語彙中心でやってきた授業が、聞く・話すも重視するとなって、現場の先生たちには戸惑いがあるように感じられます。

向後 私は全国で先生方の研修を行っていますが、中学校の先生たちも「このままではいけない」と認識しはじめているという印象をもっています。新学習指導要領を、先生方は基本的に前向きに捉えていらっしゃいます。

 ただ、いままでの「借金」が多すぎて、実際の授業が追いついていない状態ではないでしょうか。

――その「借金」を、もう少し具体的に説明していただけますか。

向後 学習指導要領の目標はずっとコミュニケーション能力の育成だったはずなのに、文法や語彙といった知識中心の授業になってきたということです。先生方も自分が教えやすい、あるいは教えることになれているものにフォーカスしてしまって、聞いたり話したりすることの指導がじゅうぶんでなかったように思います。それが、これまでの借金になっています。これを、「いよいよ変えなければ」となってきたのが新学習指導要領になります。

 だからといって、聞くことや話すことだけに特化するということではありません。新学習指導要領で示されているように、「聞くこと」「読むこと」「話すこと‐やり取り‐」「話すこと‐発表‐」「書くこと」の5領域を総合的に身につけることがコミュニケーション能力の育成につながります。この5領域をバランスよく配した授業が期待されています。

――文法・語彙主体の授業をやってきた教員には負担が大きいのではないでしょうか。

向後 これまでの借金を清算する改革の大きな柱になってくるのが、教員の資質・能力の向上です。これがなければ、どんなに学習指導要領が変わったところで改革は進みません。改革を成功させるためには、先生方自身の変容が重要になります。

 現在では民間が提供する英語教育に関する研修やオンラインなどでの学習教材も多いので、先生方が自分の力を伸ばしやすい環境にはあると思います。問題は、そこに飛び込んでいく気持ちや余力が先生方にあるか、ということになります。先生方が自分の資質・能力の維持、向上のために努力するのは必要なことで、先生方がやらないことで犠牲になってしまうのは子どもたちです。

|指導には濃淡が大事

――ある公立中学の取材で、「新学習指導要領を改めて読み込んでみたら、教科書に書いてあること全部をやらなくても、濃淡をつけていいと気づいた」という話を聞きました。

向後 非常に適切な気づきです。じつは教材を扱うさいに濃淡をつけることが必要だと以前から説明しているのですが、学校にじゅうぶんには理解されてこなかったことのひとつです。ただし、濃淡をつけるのが目的ではなく、結果として濃淡をつけることになるということです。

 レッスン1から10まで、ほぼ同じように根掘り葉掘り細かいところまで指導するのではなく、「この単元、この授業の目的は何か」を考えなくてはいけません。

 たとえば、日本におけるSDGsの取組に関する英文から「日本が何をやっているか」を読み取ることが目的の授業があるとします。従来であれば、教材の英文全体について詳細を理解できるように指導していたことが多かったと思います。しかし、「日本が何をやっているか」を読み取ることが目的ですから、その部分にフォーカスした授業になるはずです。そうやって授業の目的を明確にすれば、指導での濃淡が結果的についてきます。

――濃淡のある指導のためには、教員もかなり授業内容を考えて工夫することが大切な気がします。その負担を嫌がる教員もいるのではないでしょうか。

向後 工夫するのは面倒だとか、時間がないから教科書どおりにやればいい、という先生もいるでしょうね。考えなくてすみますからね。だから私は、「学習到達目標、つまり、生徒が学習をとおして何ができるようになるかのリストを最初につくったほうがいい」と言ってきています。それを実行するために、4月に始まる年度の考え方を捨てて、6月くらいに次年度の教科書が決まったら、7月から年内までに単元ごとの目標を考えていくようにしたほうがいいと思います。

 目標が明確になれば、指導の内容もはっきりしてきます。工夫する余裕も生まれます。それをやらないで3月になってから新しい教科書の吟味を始めても、時間が足りるわけがないので、「教科書どおりにやろうか」となってしまうわけです。

――先ほどの取材した公立中学校の教員は、英単語について、確実に書けるようにする単語もあれば、意味がわかって読めればいい単語もあるという話をされていました。

向後 そのとおりです。学習する時点で、理解にとどめておく語彙(受容語彙)と、話したり書いたりして発信できるようにする語彙(発信語彙)とがあることを意識して指導してくださいと、新学習指導要領では説明しています。

 ただし、どれが受容語彙か発信語彙かは、学習者のレベルによっても左右されます。中学校で学ぶべき語彙は、これまでの「1200語程度」から、新学習指導要領では「1600~1800語程度」に増えています。基本的にはこれらを受容語彙にすることが最初の目標で、そのなかで小学校で扱われたものを中心に徐々に発信語彙を増やしていくというイメージだと思います。

――英語教育のレベルは小学校ごとに異なりますから、小学校での学習をベースに考えるとなると、逆に中学校の現場は混乱するような気がします。

向後 ご指摘のとおり、とても難しい問題だと思います。外国語(英語)教育における小中高連携の問題は、いろいろなところで議論されてきています。それを難しくしているのは、小学校で行われていることを中学校の先生がじゅうぶんには理解していないことがあると思います。高校でも同じような状況が見うけられます。

 中学校の先生も高校の先生も、少なくとも小学校の英語教材に目をとおしておく必要があると思います。

――小学校でやってきたことを踏まえて中学校での授業を考えていく必要があるということですね。

向後 はい。ただし、授業のなかで、「小学校でやってきたでしょ」は絶対に禁句です。それを言ったとたんに、子どもたちは先生との距離感を感じて、授業についてこなくなってしまいます。

 そうではなくて、小学校でやった活動を中学校の初期段階で、少し手を変えながら再度、子どもたちに経験させることが大事になります。「先生、それは小学校でやったよ」と子どもたちに言わせることも構わないと思います。中学校の初期段階で、成功体験を積ませることです。そうしないと、1年生の夏休み前くらいに「やっぱり英語が嫌いになりました」という子どもが増えてしまう可能性があります。

――それでも、同じ小学生といっても個人差は大きい気がします。

向後 私は中学校の先生方に、「覚悟しておいてください」と言っています。小学校でも外国語が必修科目になったので、英語の学習塾に通う子が増えています。結果として、これまで以上に英語力に幅のある子どもたちが中学校に入学してくることが予想されます。このことを、先生たちは覚悟する必要があると思います。

――先ほど言われたように自身の英語力を高める努力に、濃淡をつけた丁寧な指導、さらにレベルの幅が広がる子どもたちへの対応も必要となると、教員はかなり忙しくなりますね。ただでさえ忙しい状況なのに、さらに英語教員の多忙さが増すばかりになります。丁寧な指導をやりたくても時間がない、という教員の声も多く聞かれます。

向後 たしかに、やることが増えている状況だと思います。スクラップなしに、どんどん新しい仕事が上から降ってくるだけのビルド・アンド・ビルドの状態では、教員志望者もますます減っていってしまう気がします。

 優秀な管理職であれば、「これはやるけど、ここは薄くしようね」と、スクラップまではしなくても力加減を変えることは考えると思います。先生方の心理的余裕を生む工夫も求められます。ビルド・アンド・ビルドでは、これからの英語教育もうまくいかないと思います。

|入試から英語を外す議論があってもいい

――指導の濃淡にもかかわってきますが、やはり入試を意識しないわけにはいかないと思います。教員にしてみれば、自分では「淡」だと判断したにもかかわらず入試で出題されたら困ることになります。それは怖いので、結局は、全部を「濃」として指導してしまう、ということもありうると思います。

向後 あるでしょうね。もう少し濃淡について説明すると、書くことだけに重点を置いて話すことは重視しないといったものが濃淡ではありません。5領域をバランスよく指導することが前提です。ただ、単元によって指導の重点が違ってきます。この単元は「話すこと」が中心だから、「読むこと」は薄くする、といった指導が濃淡です。それで全部の単元を終えると5領域全部がカバーできている、ということです。

――もうひとつには、評価の問題があると思います。「読むこと」や「書くこと」は従来の定期試験で評価できますが、「聞いたり話したり」する力を定期試験で評価するとなると難しい。

向後 話す力は実際に話すことでしか評価できません。それを定期試験などの筆記試験でやろうとしても、現実的ではありません。だから、それは日常の授業のなかやパフォーマンステストで評価していくしかありません。

 私の個人的な意見ですが、中学校や高校での英語教育を改善するひとつの方法は、定期試験を廃止することです。それに代わって、普段の授業のなかで小さな評価を積み重ねていって総合的に評価していくことが大事だと思います。

 実際、私は大学で大きな試験はやっていません。最後に大きな試験をやるより、小さな試験を積み重ねるほうが、求められていることがクリアになって学生も対応しやすい。問題作成など、評価する側も楽です。それでも、このやり方のほうが学生の英語力がついていくことを実感しています。

――そうなると、試験の数が増えていって、たいへんになりませんか。

向後 スピーキングテストを毎週実施する、となればたいへんになるし、その負担のために先生を辞めたいなどと思ってしまう人が増えるかもしれません。そこまで頻繁にやるのではなく、「学期中に何回か」程度に考えたほうがいいと思います。

――入試にこだわりますが、「読む」「聞く」重視の入試スタイルが変わっていない以上、それに合わせるしかないのが学校現場ではないでしょうか。

向後 指導内容と評価を一致させると文科省も言ってはいますが、それが一致していないのが入試です。5領域の指導が求められながら、入試では「読むこと」と「聞くこと」の評価が中心になっているという現実があります。それを一致させるための入試改革は、絶対に必要だと思います。

――大学入試でも民間試験を利用して「話す」ことを含めた評価をする動きがありましたが、結局は頓挫してしまいました。

向後 非常に残念な結果だった、と私は思っています。ただ、国として、従来の「読むこと」中心ではなく、「聞く・話す・書く」も重要だという姿勢を示すことができたのはよかったかなと考えています。

 入試については、英語を従来の入試科目から外すことの議論があってもいい、と私は考えています。まったくやらないわけではなくて、「この大学では、こういう試験を受けてもらって一定のレベルをクリアしていれば、英語に関しては合格です」とすればいいわけです。そのために民間試験を利用してもいい。誰も賛成してくれないかもしれませんが、私はそのように考えています。

――入試のための英語になってしまっていることが問題だと思います。だから学習指導要領ではずっとコミュニケーション能力の育成を謳いながら、英語を使えない日本人ばかりになっている。さらには、子どもたちも英語が嫌いになってしまっている。

向後 そこは、ほんとうに大きな課題だと思います。日本に住んでいても英語は生涯付き合っていくもの、必要な能力だという意識転換が必要です。それがないと、いつまでも大学入試で合格した瞬間に「英語学習は終わりです」という学生が増えていくことになります。

――とはいえ、「いまさら授業スタイルを変えられない」という教員も少なからずいるのではないでしょうか。これまでどおりに、定期試験や入試を前提にした授業をやってるほうが楽だと思う教員はいると思います。

向後 生徒が興味をもって面白がってくれるような授業を、急にやれと言われても無理かもしれません。しかし、これまでの授業を変えるのも、それほど難しいことではなないと思います。

 ある県で授業を視察した際に、アドバイスを求められたことがあります。授業が始まると生徒がすぐに寝てしまうような状態でしたが、私は「最初の2分間に、先生が自分の趣味や楽しかったことを英語で話してください」と言ったんです。「“Listen to me,students.”から始めて、上手な英語でなくてもいいから、自分自身のことを生徒にわかるようにゆっくりと話してみてください」と提案しました。“Open your textbook to page...”で始まる教科書どおりの授業では、生徒も興味がもてるはずがありません。

 そうしたら、すぐに効果がありました。それまで下を向いたり、すぐ寝てしまっていたりした生徒たちが顔を上げて、先生の英語での話に興味をもち、その内容を聞き取ろうと耳を傾ける姿勢になりました。英語でのコミュニケーション能力育成の始まりです。そういう方向性が新学習指導要領ではっきり示されたわけですから、先生方もこの機会を活かすべきではないでしょうか。