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「保育園美術館」を知っていますか?

前屋毅フリージャーナリスト
子どもたちの作品とアート作品が共存する「あおぞら保育園」(筆者撮影)

 保育園美術館――そう聞くと、保育園のなかにある小さな美術館を思い浮かべる人が多いかもしれない。それも、子どもたちの絵や工作を集めた、かわいらしい展示コーナーかもしれない。しかし、そうした想像は当たっていない。

「保育園“に”美術館ではなくて、保育園“が”美術館なんです」

 この保育園美術館を実現するために中心となっている武蔵野美術大学芸術文化学科の杉浦幸子教授は、そう説明した。つまり、保育園の一角に設けられた展示コーナーのようなものではなく、「保育園そのものが美術館」という意味である。

 保育園美術館は現在、東京都羽村市の「あおぞら保育園」で行われている。その廊下には、保育園らしく子どもたちの作品が並んでいる。それに混じって、アーティストによる作品も壁に掛けられている。廊下だけではない。教室にも、アーティストによる作品がさりげなく置かれている。まさに、保育園全体が「美術館」になっているのだ。

「強引に置いているわけではありません。作品を持っていって、『この絵、どう?』って子どもたちに必ず訊きます。作品によっては、子どもたちから『怖い』とか『あんまり好きじゃない』という反応もあります。それに対して『じゃ、持って帰ろうか?』って訊いて、『置いといて』という声が多いと、展示します」

 と、杉浦教授。作品について子どもたちとの対話があり、どの作品を展示するかも、子どもたちの意見を尊重しているわけだ。もちろん、作品の価値観を押しつけることなど決してしない。杉浦教授が続ける。

「子どもたち一人ひとりに見方、感じ方があります。それを大事にしながら、作品について話をすることで、深めることができます」

 子どもたちとの対話から、展示する側が気づきをもらうことも多い。

「作品を教室に置くにあたって、『どこに置こうか?』と子どもたちに訊くと、たとえば壁に掛けるのではなく、床に置くなど、こちらが想像もしなかった意見がでて、そこに決まることが少なくありません。そうやって置いてみると、また違う作品の捉え方ができたりするんです」

 そうした対話をつうじて、子どもたちは作品を身近に感じ、興味をもっていくのだろう。そして、押しつけられたものではなく、自分なりの価値観をつくりあげていくのかもしれない。杉浦教授が語った。

「美術館に出かけていくのは、どうしても非日常的なことになります。しかし保育園は、子どもたちにとって日常であり、自分たちの空間なので安心できるところです。そこで、日常的にアートに接して欲しい、というのが保育園美術館を始めた理由です」

 まだまだ試行錯誤の取り組みだというが、そこには大きな可能性があるようにおもえた。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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