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定年を延長するなら、人件費も増やして当然でしょう

前屋毅フリージャーナリスト

ホンダが自動車大手では初めて定年を60歳から65歳に延長する方針を発表して注目を集めているようだが、騒ぐほど「画期的」なことではない。

65歳までの雇用を義務化した2013年4月の改正高齢法の施行で、すでに再雇用制度は一般的になっている。60歳でいったんは定年退職するが、非正規のかたちで雇用を延長するのが再雇用制度だ。給与は定年前の半分ほどになり、役職にも就けないのが、再雇用の場合の条件となっている。

昔で言うところの「窓際」であり、「仕事らしい仕事もなくて暇だ」とか「やりがいがもてない」、「部下だった後輩に上司面されて、おもしろくない」など、再雇用される側の評価は高くないのが実情だ。そこでオリックスやサントリーなど、2013年ごろから定年延長を打ち出す企業が現れはじめている。

しかし定年延長という言葉は使ってはいても、「現役」が延長されるわけではない。給与も再雇用では現役時代の5割ほどだったものが、6~8割くらいにはなるが10割というわけにはいかない。仕事も従来どおりとはいかないケースが多い。

ホンダの場合も再雇用で5割だった給与が定年延長では8割が保証されるが、再雇用では免除されていた負担の重い海外駐在も引き受けなければならなくなる。むしろホンダとしては、これから重要性が増してくる新興国への派遣要員として定年延長者を活用していく方針のようである。

新興国の重要性が増しているとはいえ、能力のある中堅社員を派遣するとなると家族一緒の赴任も考慮しなければならず、それだけ予算も必要になる。最近では海外に行きたがらない若手・中堅が増えているという状況もあり、思うような人事もできないといったことも考えられる。

その点、定年延長者であれば、子どもは独立している場合が多いので、赴任経費は少なくて済む。スキルも経験もある。それも安い給与で派遣できるのだから、会社側としては願ったり叶ったりなのだ。

雇用延長の5割から8割に給与を引き上げるといっても、人件費の総枠を広げるわけではない。定年延長の新制度で増える人件費は、時間外手当の減額、出張手当の廃止などで捻出する。

つまり、現役の待遇を削って、その分で会社に都合の良い定年延長者を確保しようというわけだ。自分の懐は痛まない、「良いとこ取り」である。

ホンダだけでなく、定年を延長する制度を導入しているほとんどの企業が、「人件費の総枠を広げない」ように工夫しての新制度導入である。若手・中堅から待遇が悪くなることへの不満が大きくなれば、会社全体の士気にもかかわる。せっかく定年を延長して会社に残っても、仕事がやりづらい、ということにもなりかねない。それは、会社にとっても損でしかない。

定年を延長してベテラン社員を活躍させたいのなら、あくせく人件費を増やさない小細工を重ねるよりも、きちんと予算を割くべきである。そうでなければベテランの能力を活かすことにもならないし、若手・中堅が信頼して働ける会社にもならない。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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