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日本のLCCの成長を左右する大手航空会社の思惑

前屋毅フリージャーナリスト

■とりあえずLCCは順調にすべりだした

日本初のLCCとなった「ピーチ・アビエーション」が拠点とする関西国際空港から新千歳空港に向けて1番機を飛ばしたのは、今年3月1日のことだった。これに続いてJAL(日本航空)系の「ジェットスター・ジャパン」が7月3日に、8月1日にはANA(全日本空輸)系の「エアアジア・ジャパン」が、共に拠点とする成田国際空港から1番機を飛ばしている。そして今夏の搭乗率は、大手航空会社が6割にとどまったのに対してLCCは8割にも達したという。まずは、順調な滑りだしだったといえる。

その反面、LCCならではの問題点も浮き彫りになってきている。まずは遅延の問題で、、定刻どおりの運航ができない事態が多発している。スタートして数ヶ月でしかないというのに、「遅れは覚悟しなければならない」という認識が利用者のあいだに定着しつつあるようだ。

もっとも、それはLCC業界では世界的に当然のことでもある。コスト削減のために人員を最小限に抑えていることから、利用客の誘導は万全というわけにはいかない。機体も最小限の数でまわしているため、不具合があっても大手のように代替機を用意することもできず、整備が終わるまで待つしかないので時間はかかる。整備が間に合わなければ、欠航するしかないのだ。できるだけ多くの利用客を運ぶために客席を詰めてつくられているので、快適とはいえない。

そんなことは最初から覚悟しての利用とはいえ、実際に利用してみると「やっぱり大手がいいな」ということにもなるらしい。しかし、そこは日本人スタッフなので、「客を客ともおもわない扱い」といったことにまでは、いまのところは、なっていないらしい。

■ANAの整合性のないLCC対応

ただし、大手航空会社にとってLCCが気になる存在であることはまちがいない。ANAの伊東信一郎社長は、「LCCは新しい客層を開拓するためのものだ」といいつづけている。これまで運賃が高いという理由で飛行機を利用してこなかった客層が、「安いから乗ってみよう」と思わせるのがLCC効果、というわけだ。それで、飛行機利用になれてくれば大手航空会社も利用してくれるとの思惑がある。

とはいえ、そう思惑どおりにならないような環境であることも事実である。LCCの利用客も増えて、それに引かれて大手の需要も増えていくような状況ではないからだ。少子化で利用者の絶対数が伸び悩むだろうし、景気がいいとはいえない状態で消費税が増税されれば、消費者は財布の口を堅く閉ざしていくことになるだろう。LCCが引き金になって大手の利用者が増えるどころか、大手の利用者がLCCに流れていく可能性は高い。

「だからこそ、ANAはエアアジア・ジャパンを連結決算のなかに組み入れている」と、ANAの伊東社長は説明する。ANAの客がエアアジア・ジャパンに流れたとしても、連結内だからグループとしての利益は確保できるからだ。

しかし、同じ系列でもピーチ・アビエーションをANAは連結対象に入れていない。伊東社長の説明が一貫していないことになる。

その理由は、伊東社長もはっきりとは説明しないが、ANAもLCCの将来性を確信しているわけではないからだとおもわれる。LCCの利用客が順調に伸びていくかどうか未知数である。ANAも余裕でLCCを見守っているわけではなく、実は対抗するためにさまざまな低料金設定をすすめている。LCCに対しては、大手も必死に対抗手段を講じている。

そうしたなかでLCCが生き残っていくのは簡単ではない。棲み分けができて両方で儲かるなら連結対象になっていたほうがメリットがあるとしても、もし危機に瀕するようなことになれば連結対象にしたことが裏目にでかねない。そこを考慮してANAは、LCCを2社とも連結対象にすることをためらったのではないだろうか。

■JALの建前と本音

だからこそ、JALは系列のジェットスター・ジャパンへの出資を3分の1にとどめて連結対象にふくめていない。「大手航空会社が口出しをすればLCCをダメにするのが国際的な常識で、だから当社はジェットスター・ジャパンに口出しはしない」とJALは説明しつづけてきたが、それは表向きの口実でしかない。

パイロット出身という「異例の社長」となった植木義晴社長にジェットスター・ジャパンを連結対象にする可能性を訊くと、「否定はしない」と答えた。JALの公式説明とは明らかにちがう。さらに、「うちとANAの戦略のどちらが正しいのか、もう少し時間が経ってみなければわからない」とも語った。

LCCの今後がはっきりしないなかで、JALはリスクをとりたくないだけのことなのだ。ANAにしても、2社のうち1社しか連結対象にしていないのは、同じ理由にほかならない。

滑りだしは好調にみえるLCCだが、ANAもJALもリスク回避を重視するように、将来性を楽観できる状態ではないということらしい。もしも順調に業績を伸ばして大手から利用客を奪う傾向が強まれば、さらに大手は攻勢を強めるはずである。

ともあれ、LCCの登場によって、日本の空の大手独占状況に風穴が空いたのも事実だ。利用者にとって利用しやすい航空業界になっていくことが望まれる。  <終>

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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