2019年アメリカ一般教書演説のポイント

昨年の一般教書演説。今年は右後ろが民主党のペロシ下院議長となり、反応は一変する。(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 トランプ大統領は2月5日夜(日本時間6日午前)に今年の一般教書演説を行う。今回の演説は極めて異例だ。政府機関の一部閉鎖を理由に延期されただけでなく、演説中に米朝首脳会談の場所も正式に公表されることが明らかになっている。さらに政府閉鎖の原因となった米墨国境の壁建設費用捻出のための非常事態宣言も演説に盛り込まれる可能性もあり、例年以上に注目度が高まっている。

(1)そもそも一般教書演説とは何か

 一般教書演説(英語では、State of the Union Address)とは行政(執行)府のトップである大統領が、立法府である議会に対して、過去1年間の「国家の状況(State of the Union)」を議会に報告する機会である。今後1年間の内政や外交など重点的に取り組む政策課題を説明したうえで、その政策の立法を勧告する機会でもある。

 もっと単純に言えば、今の状況を議会に説明したうえで、大統領にとって自分の政策をするために必要な根拠となる法律を議会に作ってもらうようにお願いする演説である。外交においては、大統領は比較的自由な裁量を与えられているものの、内政では自分の打ち出した政策について、大統領は常に議会の立法を待ち、立法後も議会からのチェックを常に受けなくてはならないという守勢に立つ。そのため、「お願いする」立場となる。

 この一般教書演説については、日本では、首相の施政方針演説と同じように今後1年間の内政や外交など重点的に取り組む政策課題を説明する機会であるとみられている。この見方は間違っていないが、行政府と立法府の距離感は大きく異なる。

 議院内閣制の日本の場合、行政(内閣)のトップである首相は議員として立法府の一員である。そのため、施政方針演説を含め、国会で発言する機会も当然ながら多い。一方、三権分立が徹底されているアメリカの場合、大統領は行政(執行)府の長としての役割に専念するため、法案の提出も採決の時の投票もできない。大統領が議場内で発言できるのは基本的には議会からの招待がなければ難しく、戦争やテロなどの国民的な突発的な事件がなければ大統領が議場内で発言するのは、1年でこの一般教書演説のみと極めて限られている。

(2)高い注目の政治ショー

 その希少性のために、地上波の3大ネットワークだけでなく、公共放送のPBS、ケーブルニュース(24時間ニュース専門局)のCNN、MSNBC、FOXNEWSなどが生中継をする。時間も東部時間夜9時からのプライムタイムである。さらに中継が終われば夜の報道番組は一般教書演説を中心に展開するだけでなく、PBSやケーブルニュースでは演説の再放送も深夜まで続く。

 どこの局を見ても大統領が1時間程度の演説の時間から次の朝までのテレビ番組をハイジャックするような感覚もある。ちょうど終わったばかりのアメフトのスーパーボールのような国民的イベントものであり、大統領にとっては自分の政策を国民に訴える絶好の機会である。

 例年、演説そのものは大きな政治ショーでもある。近年の一般教書演説には「国家の状況は健全だ(The State of the Union is Strong)」という決まり言葉が入っており、自分の政策運営の成果としてこの言葉をどの文脈で入れるのかも演説の見どころになっている。

 正面からみると、大統領の左後ろには副大統領(形上ではあるが上院議長を兼ねる)、右後ろ側には下院議長が座る。近年は政治的分極化が進んでいるため、下院多数派が大統領と同じ政党なら、下院議長も同じ政党から選ばれるため、副大統領とともに大統領の一言ひとことに立ち上がって派手な拍手をする。しかし、下院多数派が大統領と異なる政党の場合、大統領と副大統領が大喜びしている中で、下院議長が不機嫌そうに座り続けるというやや滑稽な図も一般的だ。

 今回の場合、昨年の中間選挙で下院の多数派が民主党となったため、後ろに座る民主党のペロシ下院議長が大統領のそれぞれの発言にどんなリアクションをするのか。おそらく画面を見ていて飽きないだろう。

 大統領にとって、その絶好の機会が、今年は当初予定されていた1月29日(アメリカ時間)から1週間延期された。暫定予算失効に伴う政府機関の一部閉鎖は過去最長の35日を記録し1月25日に解消されたが、警備上の問題からその数日前に日付を決めない形で延期が決まっていた。近年の一般教書演説が延期されたのはチャレンジャー号爆発事件直後の1986年のみであり、政治的対立で延期されたという例は前代未聞である。

(3)今年の注目点(1)内政:メキシコ国境の壁建設

 この政府機関の一部閉鎖の原因となったメキシコ国境の壁建設について、トランプ大統領が何を言うかが、今年演説の大きな注目点である。

 政府の一時閉鎖について、少し振り返ってみる。日本の場合、4月の会計年度開始に間に合うように年初の通常国会で予算案を国会で議論されるが、アメリカの場合には、10月1日の新会計年度が始まった後にまとめるのが一般的である。本予算が決まるまでは上下両院を通過した後、大統領が署名するという通常の法案の形で、つなぎのための暫定予算を作っていく。本予算が決まるのは新会計年度が始まってから3,4カ月後の翌年1,2月になることが多い。昨年12月21日の暫定予算措置の期限に合わせて議会が3度目のつなぎのための暫定予算を立法化しようとしたところ、トランプ大統領は「メキシコ国境の壁建設の予算が計上されなければ、つなぎ予算に署名しない」と宣言し、22日から政府機関の一部閉鎖が実際に始まってしまった。

 このメキシコ国境の壁建設費用として、トランプ大統領は57億ドルという多額の予算を要求している。ただ、米墨国境には砂漠も多く、私有地も様々なところにあるため、実際にはさらに多額の費用がかかる可能性が高い。非合法移民は飛行機で合法的に入国するケースも多々あるため、壁だけに集中的に予算を計上しても非合法移民の根絶は難しい。「財政がひっ迫する中、効果を考えると、そんな多額の支出は認められない」「そもそも、まず暫定予算を決めてから、本予算の中で議論すべき」というのが民主党の見方だった。

 一方、トランプ大統領にとって、今このタイミングでなければならない事情もある。 この「壁」の問題は、トランプ氏が大統領に就任後の過去2年の上下両院共和党多数派議会でも通せなかった。下院で民主党が多数派となって、「壁」建設費用の捻出は一気に難しくなる。そう考えると、トランプ氏にとってはおそらく一発逆転を目指し、最後で最大の賭けに出たのかと考えられる。

 結局、トランプ大統領は壁の建設費を含まない3週間分の暫定予算に署名し、政府機関の閉鎖はひとまず解除され、民主党側に歩み寄った形だ。しかし、支持層の間ではいまだに米墨国境の壁建設を望む声は多い。メキシコ国境の壁建設は何といってもトランプ大統領が選挙公約として指摘してきた国内政策の目玉である。

 そのため、一般教書演説でも議会に壁建設の費用の根拠となる立法を要請するのは間違いない。ただ、一つレベルを上げて、米墨国境の壁建設費用捻出のための非常事態宣言も演説に盛り込まれる可能性がある。アメリカにおける非常事態宣言は憲法にも規定されているが、基本的には議会の承認が必要だ。例外として戦争に限っては大統領の権限で非常事態宣言を出すことができるが、今回の場合、メキシコとは戦争状態ではないため、法的には問題が少なくなく、司法に持ち込まれ、違憲とされる可能性が高い。それを承知でトランプ大統領が非常事態宣言を発した場合、議会の民主党側との全面対決が待っているだろう。おそらく宣言直後は、蜂の巣をつついたような大騒ぎになるかもしれない。

 このほか、国内政治、さらには演説そのものについて、注目したいのは次の点である。

  • 規制緩和、景気、治安対策、判事任命などについて、どれだけ高い自己評価になるのか。
  • ただ、いずれも支持者向けアピール点であり、議場での共和党議員と民主党議員のリアクションがどれだけ異なるのか
  • ロシア疑惑にどのようにふれるのか。モラー特別検察官への批判はあるのか。モラー氏が解任される兆候は見えるのか。
  • 民主党からの演説への不参加者はどれだけ出るのか。
  • どんなゲストを呼ぶのか(昨年は軍や治安責任者、北朝鮮からの脱北者なども招待)。メキシコやホンジュラスからの非合法移民の犯罪の犠牲者は呼ばれるか。

(4)今年の注目点(2)様々な外交・安全保障上の政策

 一般教書演説では国内政策に重点が置かれるのが常である。これは、上述のように一般教書演説の本来の位置付けに影響しているためだが、今年の場合、外交・安全保障上の政策が目白押しであり、大きな注目が集まっている。

 その中でまず、日本にとって注目されるのが、演説中に米朝首脳会談の場所も正式に公表されることが明らかになっている点である。ベトナムのダナンという説が報道では流れているが、これに変わるサプライズはあるだろうか。また、非核化への道筋を北朝鮮にどう認めさせるのか、演説の中でふれられるだろうか。

 このほか、外交や安全保障関連で演説での注目点は次のようになる。

  • 中国についても今後の貿易戦争の行方を占うような発言は出るだろうか。特に安全保障上の問題でもある中国のハイテク企業の知的財産権問題はでるだろうか。後述する「悪の枢軸」的なレッテル張りがあるかどうか。
  • ロシアはどう扱われるのか。17年末の国家安全保障戦略に示されているように、中国と双璧の「仮想的」の扱いとなるのか。
  • シリアからの撤退をどう表現するか。アフガン撤退も言及されるか。
  • イランへの対決姿勢はどこまで盛り込まれるか。
  • 日本にふれることはあるかどうか。日米の貿易摩擦についての協議を、日本側が主張する「TAG(物品協定)」ではなく、より広範な「FTA(自由貿易協定)」というのかどうか。
  • 政治が不安定化しているベネズエラに対する具体的な政策を打ち出すのか。

(5)時代を象徴するサウンドバイトはあるか

 最後に一般教書演説を通して、決め手となる一言(サウンドバイト)があるかないかも大いに注目される。一般教書演説に盛り込んだ大きなスローガンや「サウンドバイト」に従って、その年だけでなく、数年間にわたる政権の根本的な政策が動くことも度々ある。

 サウンドバイトは、実際に時代や政策を象徴する。1996年の一般教書演説でのクリントン大統領の「大きな政府の時代は終わった(The Era of Big Government is Over)」という言葉は、民主党政権下でも規制緩和が時代の流れであるという事実をうまく表わしていた。演説以降、クリントンは実際に、均衡予算を達成するなど共和党におもねる政策に舵を切っていった。2002年の一般教書演説でG・W・ブッシュ大統領が北朝鮮、イラク、イランという3つの「ならず者国家」を形容した「悪の枢軸(axis of evil)」という言葉は、ちょうどアフガニスタン戦争が始まった直後であり、翌年のイラク戦争開始まで繰り返しメディアなどで使われた。そして、「自由と民主主義」の国際的な普及を前面に押し出したネオコン的なブッシュ外交そのものを象徴する言葉になった。

 一般教書演説直後、大統領の支持率は数ポイント上がるのが一般的だが、ほんの1、2週間も過ぎれば、上昇分は消えてしまう。昨年のトランプ大統領の一般教書演説がどんなものだったかを記憶している人は日本では多くはないだろう。ただ、もし、時代や政策を簡単な言葉で説明するサウンドバイトがあれば、その内容がどうあれ、かなりの間、言及される。サウンドバイトと政策は一致するため、サウンドバイトがあれば大きな政策転換も起こっていく。

 今年の演説に、時代を象徴し、記憶されるような言葉が残るのか。その点にも注目したい。