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犬のひき逃げで91歳の男を異例の書類送検 動物を「物」扱いする法律の限界とは

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:イメージマート)

 ことし7月に車を運転して名古屋市内を走行中、赤信号のまま交差点に進入したうえ、横断歩道上で6歳の女児が連れていた飼い犬をはね、そのまま逃げて死亡させたとして、91歳の男が書類送検された。ただ、法律は動物を「物」扱いしているので、容疑は道路交通法違反にとどまる。

事件化されること自体が異例

 すなわち、本来、他人の飼い犬を殺傷したら、器物損壊罪や動物愛護管理法違反に問われる。しかし、「故意」による場合に限られ、「過失」だとこれらの罪で処罰することはできない。相手が人であれば不注意の場合でも最高で懲役7年の過失運転致死傷罪があるが、車で走行中、うっかり犬にぶつけてしまい、死なせたり傷つけたりしたとしても、それだけでは罪に問うことはできない。

 もっとも、動物も法的には「物」である以上、道路交通法では「物損事故」として取り扱われる。事故を起こした運転者は、(1)直ちに運転を停止して道路上の危険防止の措置をとるとともに、(2)警察官に事故の日時場所やぶつけた動物、その程度などを報告する義務がある。たとえ動物であっても、道路上に倒れたままだと、次の事故を誘発する危険性もあるからだ。これは他人の飼い犬に限らず、野良犬や野生動物でも同様である。

 それでも、(1)は最高で懲役1年、(2)だと最高で懲役3か月にとどまる。人身事故なら救護義務違反だけで最高で懲役10年だから、動物が相手だと格段に刑罰が軽くなる。それだけに、事件化されること自体が異例だ。

 男はこれらに加え、赤信号無視でも立件されているものの、これも前方不注視による過失であれば、最高で罰金10万円にすぎない。一歩間違えば横断歩道上の女児まではね飛ばされていたかもしれない危険な事故ではあるが、これが法律の限界ということになる。

男の車は女児のすぐ横を通過し、女児が連れていた犬をはねてそのまま逃げており、家族は毎日、現場に立って情報提供を求めていた

男は警察の取調べで「当日の記憶はありませんが、事故を起こしたのは、わたしで間違いありません」と供述しているという

事故後、女児は1人で横断歩道を渡ることができなくなっているという

 動物にも血が通っており、早く救護すれば助かる命もある。警察から事故証明の発行を受けなければ、車の修理代を自動車保険でカバーすることもできなくなる。動物と衝突する事故を起こした場合には、逃げ去らず、一刻も早く警察に通報すべきだ。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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