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きょうからネット中傷の犯人特定が迅速に 発信者情報の開示手続、留意点は?

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:イメージマート)

 きょうからネット中傷の犯人特定が迅速に行われるようになる。発信者情報の開示手続が簡略化されたためで、改正プロバイダ責任制限法の施行に基づく。侮辱罪の厳罰化と併せ、法的責任の追及が活発化するだろう。

何が変わった?

 法改正に伴う大きな変更点は、次の2つだ。

(1) 開示請求を行うことができる範囲の見直し

(2) 新たな裁判手続の創設

 インターネット上で何者かに事実無根の書き込みをされたり、誹謗中傷を受けたりした場合、損害賠償などの法的責任を問うためには、それが誰なのか特定しなければならない。投稿者はアクセスプロバイダのインターネット接続サービスを経由し、コンテンツプロバイダが提供している電子掲示板やSNSなどに書き込みをしている。

 そこで、まずはコンテンツプロバイダを相手に仮処分の申立てをし、投稿時のIPアドレスや日時などの接続情報を得た上で、投稿者がどのアクセスプロバイダを経由していたのか把握する必要がある。次にそのアクセスプロバイダを相手に訴訟を提起し、問題のIPアドレスを割り当てられた契約者が誰だったのか、氏名や住所などの情報を得ることになる。

 もっとも、昨今は誰でも書き込める旧来型の電子掲示板よりも、IDやパスワードを入力し、自らのアカウントにログインした状態で様々な投稿を行うSNSなどにおけるネット中傷が深刻化している。

 そうしたログイン型サービスの場合、ログイン、ログアウト時やアカウント削除時の接続情報こそ保存していても、ユーザーによる個々の投稿時の接続情報までは保存していなかったり、ごく短期間で消去してしまう事業者が多い。

 権利侵害に及んだ投稿時の接続情報を前提とするこれまでの法律によってログイン時などの接続情報まで開示できるのか、裁判所の判断も分かれていた。そこで、一定の要件を充たせば開示請求を認めるということで、(1)のとおり立法的な解決が図られたというわけだ。

簡易迅速で柔軟な手続の導入

 それ以上に大きな改正点は、(2)の裁判手続の創設だ。先ほどのような二段階の訴訟手続だと、時間と費用を要し、被害者の救済が遅れる。一段目の開示だけで国内のプロバイダで2週間~2か月、海外のプロバイダで3~4か月程度を要し、ニ段目の開示に至るにはさらに6か月~1年程度を要するとの話もある。

 権利侵害が明らかな悪質な書き込みの場合、被害者に協力的な態度を示すプロバイダもあるものの、それでも司法判断を経ない任意の開示には応じられないという事業者が多い。

 そこで改正法は、従来型の二段階の手続に加え、一つの手続で完結する裁判制度を新たに導入した。被害者の申立てを受けた裁判所が、通常の訴訟手続よりも簡易迅速で柔軟な非訟手続により、発信者情報の開示命令、提供命令、消去禁止命令を発することで、一気に発信者の特定まで可能にするというものだ。

 これにより、被害者は、コンテンツプロバイダが投稿者のIPアドレスなどから把握したアクセスプロバイダの名称を、開示命令よりも緩やかな要件に基づいてコンテンツプロバイダに提供させ、早い段階でアクセスプロバイダにも開示命令を申し立てることができる。

 被害者の通知によってコンテンツプロバイダがアクセスプロバイダに彼らの保有する発信者情報を提供することになるから、何かと話が早く進むし、彼らに対する発信者情報の消去禁止命令を得れば、早期の証拠保全も可能となる。

 彼らに対する開示命令の申立ては併合して審理され、裁判所がこれを認めると、被害者は投稿者のIPアドレスや氏名、住所などの情報を得ることできる。開示までの期間は数週間から半年程度まで短縮されると見込まれている。

 プロバイダ側が強く争うようなケースだと、これまでどおり二段階の訴訟手続を経ることになる。それでも、被害者に対する権利侵害が明らかな事案で、プロバイダも協力的な事業者だった場合には、新たに導入された裁判手続を活用することで、被害者の負担が大幅に軽減される。

5年後の見直しも

 もっとも、正当な批判と犯罪にあたる誹謗中傷とをどこで線引きするのかという問題は残るし、企業や有力者がSNSなどで行われた批判的な投稿に対し、開示要件を充たさないと分かりながら開示請求するといった濫用的なケースもみられる。

 発信者情報の開示制度は、投稿者の表現の自由やプライバシー、通信の秘密の保護と、被害者の円滑な救済とのバランスによって成り立つものでもある。

 改正法の附則では、施行後5年を経過した段階で施行状況について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるとされている。新たな制度がどのように運用されるのか、今後の動向に注視しておく必要がある。

 いずれにせよ、安易に悪質なネット中傷に及んだ場合、たとえ匿名を隠れ蓑にしていても、どこの誰か明らかとなり、法的責任を問われる事態になることは変わらない。

 今回の法改正は被害者が発信者情報の開示請求を行う場合の話だが、警察や検察による捜査の対象になれば、これまで同様、裁判所の令状に基づき、そうした手続よりも格段に早く犯人の特定に至る。

 ネットユーザーには、書き込みの内容が無責任で過激なものとならないように、十分な慎重さが求められるだろう。(了)

【参考】

拙稿「きょうから侮辱罪を厳罰化、懲役刑も選択可能に ネット中傷の捜査への影響は?

拙稿「安易なリツイートにも注意を どのような行動が『ネット中傷』になり得るのか

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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