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検察の“捜査ミス”によりマッサージ店での卑劣な盗撮が時効に…本当か?

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

 マッサージ店で女性客にわいせつな行為をしたとされる整体師の男について、検察が不起訴にしたばかりか、その場面を盗撮していたのに検察の“捜査ミス”でこれが時効となり、起訴できなくなったという報道が話題だ。

どのような事案?

 これは、ABCニュースが「【独自】わいせつマッサージが『不起訴』、盗撮が『時効』に  まさかの検察“捜査ミス” 裁かれなかった性犯罪」というタイトルで報じたものだ。

 しかし、盗撮規制に関し、ややミスリードの部分もみられる。すなわち、この報道によれば、時系列は次のとおりだ。

2018.1 京都のマッサージ店で事件発生

  翌日 女性が警察に被害届を提出

2019.6 警察が男を準強制わいせつ罪で逮捕し、盗撮動画を押収

2019.9 京都地検が男を「嫌疑不十分」で不起訴

2020.10 検察審査会が準強制わいせつ罪について「不起訴不当」議決

  現在 京都地検が再捜査中

「不起訴不当」議決は当然

 この報道でも指摘されているとおり、検察が準強制わいせつ罪の容疑を不起訴にしたのは、女性が被害届を出した当初、「寝たふりをしていた」と供述していたにもかかわらず、押収した盗撮動画を確認してみると、感じているような素振りを示す場面が撮影されていたからだ。

 これは女性が男の犯行を一刻も早くやめさせるための演技にほかならなかったが、検察は「同意があったと思い込んでいた」という男の弁解を覆せないと判断した。

 公判で男の弁護人から「女性の供述は盗撮動画が発見される前と後とで大きく変遷しており、信用できない」などと糾弾されるおそれも高かった。

 しかし、その判断の当否については議論の余地がある。

 検察審査会が「わいせつな行為を始めた時点で同意がないのは明白。被害者の明示的な承諾を得ていないことが重要」「整体師としての信頼に乗じた卑劣な犯行」「なぜ不起訴にできたのか市民感覚としては理解できない」「もっと被害者に寄り添った再捜査をすべきだ」と指摘し、「不起訴不当」の議決を下したのも当然だろう。

送検の段階ですでに時効

 もっとも、先ほどの時系列を前提とすると、そもそも警察が男を逮捕し、動画を押収した段階で、盗撮については時効が成立していた。検察の“捜査ミス”で時効となり、盗撮を起訴できなくなったわけではなかった。

 すなわち、盗撮は都道府県の迷惑防止条例で処罰することが多いが、公共の場所・乗り物といったパブリックな空間における迷惑行為を規制しようというものなので、もともとマッサージ店の店内といったプライベートな色彩が強い場所は条例による規制の対象外だ。

 そこで条例を改正し、卑劣な盗撮を取り締まるべく、規制の範囲を広げようという自治体も出てきている。京都府も、今年1月施行の改正条例で「事務所、教室、タクシーその他不特定又は多数の者が出入りし、又は利用する場所又は乗物」「通常着衣を着けない状態でいるような場所」にまで拡大した。

 マッサージ店もこれに当たるので、今年1月以降の盗撮であれば、改正条例で処罰できる。ところが、この改正後の条例を改正前である2018年の犯行に遡って適用することは許されない。しかも、わが国には「盗撮罪」といった形で盗撮行為を全国一律で規制する法律がない。

 そうすると、「正当な理由がなくて…人が通常衣服をつけないでいるような場所をひそかにのぞき見た者」を処罰の対象としている軽犯罪法を使わざるを得ないわけだが、あまりにも刑罰が軽いため、わずか1年で時効が成立してしまう。

 今回の盗撮は2018年1月に行われたものだから、男を逮捕して送検した2019年6月にはすでに時効となっていた。検察としては、初めから手も足も出なかったというわけだ。

もっと早く捜索していれば…

 ただ、京都地検の担当検事は、女性の事情聴取の中で、この盗撮を事件化するかのような思わせぶりな態度を示している。

 これは、何らかの形で男を起訴したいと考えていたところ、自治体の中にはかなり以前から迷惑防止条例を改正し、盗撮の規制範囲を広げていたところもあるので、京都府でもマッサージ店での盗撮を条例違反に問えると勘違いしていたからではないか。

 あるいは、条例違反がダメでも軽犯罪法違反で立件できると考えたものの、その時効期間が極めて短いことを把握しておらず、まだ時効が成立していないと思い込んでいた可能性も高い。

 いずれにせよ、女性に対する担当検事の対応がお粗末だったことは確かだ。

 それでも、もし警察が女性から被害届の提出を受けたあと、速やかに捜査を始めていれば、その時点で盗撮動画を押収でき、少なくとも軽犯罪法違反で立件することができたはずだ。結局は男を逮捕したわけだし、店舗などの捜索もしているからだ。

 女性の被害届を約1年半も放置するという“捜査怠慢”によって盗撮の時効期間を経過させたのは明らかであり、再発防止のためには、なぜ警察がそうした事態に至ったのか、その点に関する検証も不可欠だろう。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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