施行5年で立件ゼロ… 特定秘密保護法が捜査側の「強力な武器」にならなかった訳

(写真:ロイター/アフロ)

 特定秘密保護法の施行から5年。最大の関心事はこの法律がどのように運用されるのかという点だったが、いまだに立件例はない。捜査当局の視点から、この法律の使い勝手について見てみたい。

捜査当局の情報漏えいは?

 制定当時、この法律の成立に猛反発していたマスコミ関係者の本音を聞いてみると、捜査当局が極秘の捜査情報をリークすることに対して後ろ向きとなり、そうした情報が得にくくなるのではないかと懸念するものもあった。

 確かに特定秘密保護法は、特に秘匿が必要な安全保障に関する情報を「特定秘密」として指定し、その取扱い業務に従事する公務員らが漏えいに及んだ場合には最高で懲役10年に処するなどとしている。

 既に国家公務員法などで規定されている広範な守秘義務を前提としたうえで、特定秘密保護法で職務上知り得た秘密の中に「特定秘密」という類型を設けて絞り込み、その漏えいに対する最高刑を国家公務員法の懲役1年から大幅に引き上げたものだ。

 また、故意の場合に比べると刑罰は軽いものの、国家公務員法と異なり、特定秘密保護法は過失による漏えい行為をも処罰の対象としている。

 しかし、そこで言う「特定秘密」は、(1)防衛、(2)外交、(3)スパイ活動防止及び(4)テロ防止という4つの分野に関する情報に限られるから、少なくとも捜査当局が一般の刑事事件で取り扱うような捜査情報は「特定秘密」に当たらない。

 特定秘密保護法の下では、捜査当局が他官庁から特定秘密情報の提供を受ける場合などもあり得るが、(1)~(4)の情報が前提となることには変わらず、捜査当局の日々の事件捜査や処理全般に影響を与えることもない。

 したがって、制定の当初から、従前と同様、「捜査関係者によれば」といった取材源を特定できない表現を使って報道するという基本ルールに基づき、捜査当局がマスコミに対して捜査情報をリークし、広く報道させるといった状況は続くと思われた。

 現に制定後も、大小さまざまな事件で、記者クラブの記者らを対象とした定例会見や非公式の記者対応などの場面において、被疑者の逮捕時の言動やその後の供述内容、押収した証拠物など、公判前の捜査段階で公にすることが許されず、将来の公判で立証に至る保証すらない具体的な証拠の内容などが漏らされ、大きく報道されている状況だ。

 もちろん国家公務員法などが規定する公務員の守秘義務には違反するが、捜査当局自らが一定の狙いに基づいて行っているリークである以上、刑事事件化することなどあり得ない。

 仮にリーク報道によって捜査当局内で情報源が問題とされた場合でも、ろくに犯人探しをせず、そのマスコミや担当記者に対する捜索なども行わず、その社を短期間だけ「出入り禁止」にするといった措置でウヤムヤにして終わらせるのが常だし、今後もその状況に変わりはないだろう。

他官庁による漏えいの捜査や起訴は?

 他方、他官庁の漏えい事案を捜査、起訴するという観点から見ると、成立の過程で大騒ぎされた割には実に扱いにくい法律だ、というのが捜査当局の本音のようだ。

 というのも、立法に至る背景事情を見ると、国の存立を左右するような重要な機密情報が次々と漏れているといった切迫した状況などなかったからだ。

 単にアメリカなどの同盟国から防衛機密情報を得るため、大急ぎで彼らが納得する新たな情報管理システムを作り上げたにすぎない。

 また、特定秘密保護法の土台部分である国家公務員法の秘密漏えい罪ですら、漏えいの見返りとして不正な対価を得たといった悪質な事案でもない限り起訴に至っていないのが実情だ。

 制定に向けて反対論が渦巻いたことで「いわくつき」となった特定秘密保護法については、間違いなく弁護側から法律の違憲性や漏えいの正当性を徹底して争われることが想定される。

 常習的に漏えいに及んでいたとか、明白な贈収賄事件とセットになっているといった「固い事案」でもない限り、捜査の着手や起訴にはゴーサインが下りないだろう。

 現に特定秘密保護法の成立以前に自衛官やそのOB、内閣情報調査室職員、海上保安官による情報漏えいが問題とされた2000年以降の7件の事件を見ても、2010年の尖閣沖漁船衝突ビデオ流出事件を含め、5件が不起訴で終わっている。

 起訴されたのは、2000年に発覚したボガチョンコフ事件(海上自衛隊三等海佐がロシアの駐在武官に秘密資料を売却)と、2007年に発覚したイージスシステム情報流出事件(海上自衛隊三等海佐がイージスシステムに関する秘密データをCDに記録して他の自衛官に送付)だけだ。

 特定秘密保護法の罰則規定は、いざ使うとなると相当の勇気がいるものであり、「強力な武器」どころか、「重すぎて抜くに抜けない刀」に成り下がっている状況だ。

 ただし、あえて捜査当局が有効に使えるであろう罰則を挙げるとすれば、公務員など漏えい側を対象としたものではなく、極左勢力などの関係者を捜査のターゲットにするというパターンが考えられよう。

 すなわち、特定秘密を得るために不正アクセスなどに及ぶことを共謀したとの事実で彼らを検挙するといったやり方だ。

 公安警察によるこの種の公安事件は、最終的に起訴されて有罪判決を得ることなど二の次であり、関係者を逮捕、勾留して身柄を拘束し、社会から隔離し、VIPが来訪するイベントを無事に終わらせるとか、広範囲の捜索で様々な情報を得ることなどに主眼が置かれているからだ。

 いずれにせよ、この法律により、長期間にわたって国民の目に触れさせず、秘密にして隠してしまう情報の指定権を官公庁のトップが握っている状況だ。

 今後も、防衛や外交、スパイ活動防止、テロ防止といった分野に限らず、官公庁にとって都合の良い情報は流し、悪い情報は隠すといったメディアコントロールが続けられることだろう。

 その上でジャーナリズムがどれだけ真相に迫れるか。改めてその真価が問われる時代に入っていると言える。(了)

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

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15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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