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有吉弘行がゴールデン・プライム全曜日制覇の偉業達成へ! 「一発屋」から再起した理由とは?

ラリー遠田作家・お笑い評論家

有吉弘行が出演するテレビ朝日の深夜番組『有吉クイズ』が、10月からゴールデンタイムに昇格することになった。有吉は各局で冠番組を持っており、その大半が視聴者の多いゴールデンタイム(19~22時)やプライムタイム(19~23時)に放送されている。

『有吉クイズ』がゴールデンに昇格すると、彼は月曜から日曜まで全曜日のゴールデン・プライムタイムに冠番組を持つことになる。それらの番組も含めて、彼はNHKと民放キー局(日本テレビ、TBS、フジテレビ、テレビ朝日、テレビ東京)のすべてで冠番組を手がける形になる。この「全局制覇」はテレビ史上初の快挙となる。

萩本欽一、ビートたけし、明石家さんま、ダウンタウンをはじめとして、これまでのテレビ界には数多くの「天下人」が存在していたが、このような形で「全局制覇」を成し遂げた人はいない。毒舌キャラで再ブレークを果たし、バラエティの世界で暴れ回っていた有吉が、ここまでの存在になるとはほとんどの人が想像もしていなかったのではないか。

猿岩石として最初のブレークを経験

よく知られているように、有吉は猿岩石というコンビとして『進め!電波少年』のユーラシア大陸横断ヒッチハイク企画に挑み、それをきっかけに一度目のブレークを果たした。長い旅から帰国した猿岩石は国民的なスターになり、『猿岩石日記』という旅行記や『白い雲のように』という楽曲が大ヒットを記録した。

しかし、熱狂的なブームは徐々に収まり、有吉は坂道を転げ落ちるように仕事を失っていった。仕事ゼロ、収入ゼロの絶望的な日々が7~8年続き、生活費で貯金はどんどんすり減っていった。家に一日中引きこもっている有吉が唯一やっていたのが、テレビを見ることだった。ぼーっとテレビを眺めながら、延々と悪態をついていた。

そんな有吉は2007年頃に「毒舌キャラ」として再ブレークを果たし、バラエティの世界でじわじわと露出を増やしていった。彼の強みは、場の状況を読み切る的確な判断力である。バラエティに出ているとき、有吉はほかのどのタレントよりも視聴者に近い目線に立っている。

「こういうことが起こったら面白いのに」「こういうことをズバッと言ってくれる人がいればいいのに」といった視聴者の下世話な願望に見事に応えてくれる。彼が人気者になった最大の理由はこの点にある。

有吉にそれができるのは、前述の通り、一度目のブレーク後に仕事がなくて家に引きこもり、ただテレビを見続ける毎日を過ごしたからだろう。日常でさまざまな不満や不安を抱えながら、ぼんやりとテレビを眺めているわがままで移り気な視聴者の心理を、彼は誰よりも知り尽くしている。

有吉は毒舌キャラではあるが、無理に誰かを悪く言おうとしているわけではない。彼は常にテレビを見ている側の目線に立ち、彼らにとって深く刺さる言葉を選んでいるにすぎない。

ただ他人を悪く言ってもそこに笑いは生まれない。批評性のある毒でなければ意味がない。人の心を揺さぶるにはどういう斬り込み方をすればいいのか、ということを的確につかんでいるのだ。

芸能界を「下」から眺める

テレビに出ることを生業としているタレントにとって、テレビ番組に出るという体験は、その一回一回が人生が懸かった大勝負である。しかし、一介の視聴者にはそんなことは全く関係がない。テレビを見る人にとって、テレビの中で起こっていることは、自分の部屋のリビングの片隅に置かれているテレビモニターの枠の中だけで完結している、ささいな日常の一部でしかない。

だからこそ、普通の視聴者はテレビを見ていて面白くなければ「面白くない」と言うし、テレビであまり見なくなった人は「消えた」と思うし、消えた人がまた出ていれば「消えたのにまた出ている」と感じる。そこには一切の配慮も気遣いもない。視聴者とは本来、そのぐらい冷淡で残酷なものだ。

有吉が持っているのは、その「普通」の感覚である。日常で楽しいことが何もなく、夢も希望もない日々の中で、表面上はやたらとキラキラしたテレビの世界を恨めしそうに眺めている一般人の目線。それが有吉の目線なのだ。いわば、有吉は自身が芸能界の中にいながら、芸能界を外から、いや、下から見ている。いつでもそのポジションに立てることが彼の強みだ。

視聴者のニーズに応えるテレビ職人

テレビタレントとしての有吉のもう1つの特徴は、自分から何かを発信するタイプの芸人ではない、ということだ。

有吉には思想的なバックボーンが何もないし、世の中に伝えたいことがない。そもそも自分から動いたり何かを発したりすることに異常な警戒心を持っている。猿岩石を解散してピン芸人になってからも、ネタを作ったりライブを主催したりするような主体的な活動は一切していない。

萩本、たけし、さんま、ダウンタウンといった過去の「天下人」に比べると、有吉は仕事の中で自分の個性を強く出すタイプではない。しかし、番組ごとに与えられた役目を正確に把握し、その中でよく笑い、楽しげな姿を見せる。その点にかけては天才的である。

有吉はいつでも他人の言動を糸口にして、そこから笑いを生み出していく。いわば、相手の力を利用する合気道のような芸だ。有吉自らが相手に技を仕掛けることはない。

彼が常に意識しているのは、テレビのスタッフが何を求めているのかということだ。それに対応して自分のスタンスを決めて、本番に臨む。前人未到の全局制覇を成し遂げようとしている「令和のテレビ王」有吉は、スタッフと視聴者からのニーズに応える職人気質のテレビ芸人なのだ。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行っている。主な著書に『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『この芸人を見よ! 1・2』(サイゾー)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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