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ケンカ芸で話題の毒舌芸人・鬼越トマホークが密かに狙うネクストステージとは?

ラリー遠田作家・お笑い評論家

最近バラエティ番組でよく見かけるようになったのが、坂井良多と金ちゃんの2人から成るお笑いコンビ・鬼越トマホークである。いかつい外見の彼らは、今の時代には珍しい「毒舌」を武器にしてここまでのし上がった。

彼らが注目されたきっかけは、持ちネタの「ケンカ芸」である。テレビや舞台で突然コンビ同士でケンカを始める。共演者が仲裁に入ると、坊主頭の坂井が「うるせえな」と激昂し、勢いのあまりその人に悪態をつく。さらに、相方の金ちゃんもフォローすると見せかけて、さらに一段上の毒を浴びせる。

毒舌キャラのお笑いコンビというのは、普通は片方だけがきついことを言って、その相方はフォローに回るものだが、彼らの場合には両方が容赦なく毒を吐く。ツッコミ不在の二段構えの猛毒芸というのが斬新だ。

最初は芸人だけをターゲットにしていたのだが、ケンカ芸が広まるにつれて、芸人以外の共演者も次々に餌食になっていった。芸人であれば、どんなにひどいことを言われても受け身を取って笑いにすることができるのだが、芸人以外だとそれができないこともある。

2月26日に放送された『さんまのお笑い向上委員会』でもアクシデントが起きた。フジテレビの久慈暁子アナが彼らのケンカを止めようとしたところ、坂井が「お前が辞めてもフジテレビに1ミリもダメージねえからな!」と返すと、彼女は泣き出してしまった。明石家さんまをはじめとする芸人たちは必死でフォローに回っていた。

毒舌を売りにしていると、このような事故が起こることは避けられない。毒舌というのは本質を突くギリギリのところを攻めなければ面白くならないので、どうしても上手くいかないこともある。この程度の炎上やトラブルは、彼らにとっては勲章のようなものだろう。

噛みつき芸の致命的な欠点

しかし、彼らの毒舌芸には1つの致命的な欠点がある。それは、自分たちの立場が低いからこそ成り立つ芸であるということだ。今後、彼らがもっと売れっ子になって、立場が上になってしまったら、今まで通り毒を吐くことは難しくなるだろう。

下の人が上の人に悪口を言うのは微笑ましいものだが、上の人が下の人を悪く言うのは印象が悪い。彼らが今それほど高くないポジションにいるからこそ、テレビによく出ているような売れっ子芸人に噛みつくのが痛快で面白いのである。

その意味では、鬼越トマホークがテレビでどこまでも出世していくというのは現実的には厳しいだろう。本人たちもそれを十分わかっているらしく、テレビ以外の活動にも積極的である。特にYouTubeとオンラインサロンの2つが彼らの活動の中心になっている。

YouTubeチャンネルでは「来年捕まりそうな芸人を予想する」「芸能人スキャンダル百人一首」など、彼らのキャラクターを生かしたダークなテイストの企画が目立っていて、見ごたえがある。制約の多い地上波のテレビよりも生き生きしている彼らの姿を見ることができる。

また、彼らは月額1000円で入会できるオンラインサロンも運営している。そこでは、秘密のゴシップ情報が聴ける会員限定のラジオが配信されたりしている。また、ここでサロン会員から芸能人の悪口を募集して、優秀作品はそのまま彼らが実際にケンカ芸としてテレビやライブで披露する、といった試みも行われている。初めから「オンラインサロンという名のネズミ講」と開き直っているのも彼ららしい。

テレビ以外では毒を薄めなくていい

一昔前のテレビ業界では、毒舌を売りにするタレントがそのままスターになることができた。ビートたけしなどはその典型だろう。また、少し時代が下ると、出始めの頃には毒を吐きまくるが、キャリアを重ねるにつれて少しずつ毒を薄めていく、という手法が取られるようになってきた。最近で言うと、マツコ・デラックスや有吉弘行はそのタイプだ。

そして、ここへ来て、毒舌タレントの生き方に新しいパターンが見つかった。それは、テレビは顔を売るための手段と割り切って、テレビ以外の場で収入を得られる仕事をするというやり方だ。YouTubeやオンラインサロンといった新しいメディアやサービスが普及したからこそ、そのようなことが可能になった。

いまや鬼越トマホークは、テレビに合わせて無理に毒の濃度を薄める必要はない。自分たちの芸を貫いて、テレビとYouTubeとオンラインサロンを使い分けて、それぞれの場でできることを自由にやればいい。見た目は昔ながらの「反社会的勢力」そのものの2人だが、実は時代の最先端を行く芸人像を体現しているのだ。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行っている。主な著書に『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『この芸人を見よ! 1・2』(サイゾー)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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