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しずる池田はなぜ「KAZMA」になった? 芸人たちが気軽に改名をする理由

ラリー遠田作家・お笑い評論家

2022年1月、お笑いコンビ・しずるの池田一真が「KAZMA」(「Z」は正式にはストローク付き表記)に改名したことを発表した。もともと不可解な言動で知られる彼は、改名した理由を自分でも上手く説明できず、いまだに自分でも慣れていないとも語っている。お笑い界有数の「不思議ちゃん」であるKAZMAは、相変わらずの調子で人々をあきれさせている。

芸人が番組の企画でコンビ名や芸名を変えるのは珍しいことではない。過去にもいくつかのケースがある。最も有名なのは『新・ウンナンの気分は上々。』(TBS系)の企画で「バカルディ」が「さまぁ~ず」に変わり、「海砂利水魚」が「くりぃむしちゅー」に変わったことだ。

この2組は当時すでに業界内では実力を認められていたのだが、世間的には今ひとつブレークできずにいた。ただ、改名した頃から徐々に仕事が増え始め、次々に冠番組を獲得する人気者に成長した。この改名企画に携わった内村光良は、それによって芸人の人生を左右してしまうことに責任を感じ、これ以降は芸名を変える企画には手を出さないことに決めたという。

猿岩石は改名でも浮上できず

この成功にあやかって、改名という禁断の果実に手を出したのが有吉弘行と森脇和成のコンビである猿岩石だ。彼らは90年代中盤に『進め!電波少年』(日本テレビ系)のユーラシア大陸横断ヒッチハイク企画で大ブレークして、一躍時の人となった。しかし、ブームが落ち着くと人気も下降線をたどり、みるみるうちに仕事は激減してしまった。

そんな彼らは起死回生を狙って『プレゼンタイガー』(フジテレビ系)という番組の企画で「手裏剣トリオ」に改名した。しかし、鳴かず飛ばずの状況は変わらず、2004年にはコンビを解散した。

また、元アニマル梯団のおさるとコアラも占術師の細木数子の特番で彼女からアドバイスを受け、おさるは「モンキッキー」に、コアラは「ハッピハッピー。」に改名した。同じく細木の勧めでX-GUNはコンビ名を「丁半コロコロ」に改めた。占いの専門家である細木による改名はいかにも効果がありそうだが、実際には彼らの状況はさほど好転しなかった。

改名して元に戻すケースも

芸人が芸名を変えてもあまり効果が見られなかった場合には、新しい芸名が世間に浸透する前にそっと元に戻す、というのが1つの流れになっている。ライセンスは番組の企画で「ザ・ちゃらんぽらん」に改名したが、のちに元に戻した。

千鳥のノブは『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)の企画で元ビーチバレー選手の浅尾美和に「小池さん」と名前を間違えて呼ばれたことから「ノブ小池」に改名していたが、その後に「ノブ」に戻った。

芸人たちはなぜそんなに気軽に改名をするのか? その最大の理由は、番組の企画などで改名を強いられることが芸人としては「おいしい」という風潮があることだ。一般に、芸人はミュージシャンなどに比べると、自分の芸名に対するこだわりが少ない人が多いのではないかと思う。

「テレビの世界で成功するためにはどんな機会でも積極的に利用するべきだ」という風潮があるため、番組の企画で改名を勧められたりしたら、大半の人は「ひとまず乗ってみよう」というふうに考えるのだろう。改名企画は「フリ・オチ」で言うところの「フリ」にあたる。おいしいネタを振られたらまずは乗らなくてはいけない、というのが芸人の世界の不文律なのだ。

また、改名の成功例としてさまぁ~ずとくりぃむしちゅーが存在した、という影響も大きい。この2つの例があるために、テレビの世界でも「改名は悪いことではない」「改名したら売れる」というような神話が広まり、後発の改名企画が次々に出てきた。さまぁ~ずとくりぃむしちゅーが大成したのは、彼らに実力があったからであり、改名によるものではない。「改名したら売れる」というほど単純なものではないということは、その後の歴史が証明している。

芸人は「名」よりも「実」を取る

芸名を決めるときにはいろいろな要素を考慮に入れないといけないような気がするが、実際には芸名の良し悪しはほとんど結果論のようなところがある。「明石家さんま」も「劇団ひとり」も、冷静に考えると妙な名前なのだが、いったん定着してしまえば誰も気にしなくなる。だからこそ、多くの芸人はそれほど名前にこだわっていないのだろう。

しずるの「KAZMA」もわけのわからない名前ではあるが、定着してしまえば気にならなくなる。どんな名前であれ、結果を出してしまえば「それがいい名前だった」ということになる。お笑い界は「名」よりも「実」を取る実力社会なのだ。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行っている。主な著書に『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『この芸人を見よ! 1・2』(サイゾー)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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