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芸人考察本が話題の平成ノブシコブシ・徳井健太はなぜ「腐り芸人」と呼ばれるのか?

ラリー遠田作家・お笑い評論家

平成ノブシコブシの徳井健太の新刊『敗北からの芸人論』が好調だ。発売前から話題を呼んでおり、刊行からわずか3日で重版が決まった。この本では、徳井が自分の好きな21組の芸人を取り上げて、その面白さや魅力について考察している。

自身も芸人でありながら、お笑いや芸人について誰よりも熱く語る徳井のキャラクターが広まるきっかけになったのは『ゴッドタン』という番組だった。

テレビ東京の深夜番組『ゴッドタン』で「腐り芸人」という新しいジャンルが生まれた。徳井は、ハライチの岩井勇気、インパルスの板倉俊之と並んで、この番組で「腐っている芸人」の代表として紹介された。いずれもコンビの中では相方の人気や知名度が高いため、「じゃない方芸人」と呼ばれることもある。しかし、彼らが腐っているのは、単に相方の方が自分よりも売れているから嫉妬している、といった単純なものではない。

ハライチ岩井が提唱する「テレビの笑い30点理論」

岩井は、ネタ作りを担当している自分は「ゼロから1を作っている」と胸を張る。一方、相方の澤部佑のことは「1を増やすのが得意なだけで、ゼロから1を作れない」とバッサリ斬り捨てている。しかし、現実は非情である。テレビでは岩井よりも澤部の方が重宝され、数多くのバラエティ番組から声がかかり、CMにまで出演している。

テレビでは自分が思う「100点の笑い」は求められていない。「30点の笑い」が必要とされている。そして、その30点を100点だと思い込める芸人が売れるのだ、と岩井は主張した。岩井が提唱した「テレビの笑い30点理論」は、番組を見たお笑いファンの間でも大きな反響を巻き起こした。

一方、板倉は、相方の度重なる不祥事で足を引っ張られている上に、グルメ番組で料理を食べて気の利いたコメントをするような「テレビのお約束」に馴染めないと告白した。そして徳井は、相方に暴言を吐かれたことをいつまでも根に持っていて、「殺したいと思っている」と公言していた。徳井には「腐っている芸人」というよりも単に「危ない人間」という表現の方がふさわしいかもしれない。

彼らに共通しているのは、「芸人として自分が求めている笑い」と「テレビで求められる笑い」のギャップに苦しめられているということだ。「腐る」という言葉の辞書的な意味は「思いどおりに事が運ばないため、やる気をなくしてしまう」ということだ。思い通りにならないことに苛立つのは、思いが強いことの裏返しでもある。彼らは笑いに懸ける気持ちが強く、理想が高いからこそ、そこに深い挫折感と絶望を感じて、腐ってしまうのだ。

ただ、ここには奇妙なねじれがあることを忘れてはならない。バラエティ番組の「お約束」には馴染めないと語っている彼らは、バラエティ番組の『ゴッドタン』の中でそのことを率直に語って、笑いを生み出している。少なくともこの番組では、彼らはバラエティ番組のルールに従い、制作者の望む結果を出しているのだ。

人としての腐り方がほかの2人よりも深刻に見える徳井でさえ、その冷静な態度の裏にある燃えるような情熱と的確なコメント力が徐々に評価されるようになり、ほかの番組にも出るようになった。

当たり前のことだが、「腐り芸人」という枠で番組に引っ張り出されている彼らは、文字通り腐っているわけではない。彼らは、お笑いに携わる誰もが密かに思っているけれど上手く言葉にできていない本音を口にして、共感の笑いを引き出すプロフェッショナルなのだ。

腐り芸人は熱い芸人だった?

その後、『ゴッドタン』の「腐り芸人セラピー」という企画の中では、腐り芸人の代表として呼ばれていたはずの徳井が、熱っぽく笑いを語っていたことから、「腐り芸人って実は熱い芸人なのではないか」という指摘が飛び出していた。

無粋を承知で言わせてもらえば、私の知る限り、そもそも熱くない芸人などいない。芸人にとって笑いとは自身の「稼業」である。自分が選んだ仕事に対して真剣に向き合うのは当たり前のことだ。ただ、熱い芸人が「熱い」と揶揄されることがあるのは、笑いに対して熱い姿は人前で見せるものではない、という美意識が芸人の間にあるからだ。

笑いは緊張を緩和することで生まれる。お笑いは見る側がリラックスした気分で見ることが重要だ。芸人が笑いに対して真剣であることを過剰にアピールするのは、見る人を緊張させ、笑いづらい状態へと追い込んでしまう。だから彼らは普段は意図的にそれを避けている。

いわば、「腐り芸人」とは、芸人たちが内に秘めている「笑いへの高い理想」という普段は笑えないものをあえて笑いにする画期的な試みなのだ。

暑い季節の方が生ものは腐りやすい。徳井が腐り芸人と呼ばれたのは、その「熱さ」の裏返しでもあったのだ。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行っている。主な著書に『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『この芸人を見よ! 1・2』(サイゾー)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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