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「Wハゲ漫才」で一世を風靡したM-1王者・トレンディエンジェルの魅力

ラリー遠田作家・お笑い評論家

いまや年末の風物詩となった『M-1グランプリ』の歴史は、2001~2010年の「第一期」と、2015年から現在までの「第二期」に分けられる。第二期が始まった2015年の大会で優勝を果たしたのがトレンディエンジェルだった。彼らが優勝をきっかけに大ブレークしたことで、『M-1』が改めて世間から大きな注目を集めることになった。

トレンディエンジェルの漫才は、動きのギャグを交えながら軽快に進んでいく。一見、ただ明るく楽しいだけの漫才にも思えるが、何の考えもなしに演じられるネタでは観客の心をつかむことはできない。彼らが『M-1』で優勝するほど面白い漫才を作ることができたのには、いくつかの理由がある。

ハゲネタの可能性を追求する

1つは、ハゲネタに対する徹底的なこだわりだ。トレンディエンジェルのトレードマークと言えば、そのツルツルの頭である。男性2人が若くして薄い頭部をさらけ出している姿は、それだけで強烈なインパクトがある。彼らは漫才の中にハゲネタを大量に盛り込んで、それを武器として活用することにした。

芸人が自分たちの外見をネタにするのは安易な手法だと思われるかもしれない。でも、トレンディエンジェルの2人はそんなことを気にしなかった。もうこれ以上は考えられないというくらい、ハゲネタの可能性を徹底的に追求していった結果、オリジナリティあふれるネタが生まれたのだ。

そんなハゲネタの面白さを倍増させているのが、ボケを担当する斎藤司の「格好つけキャラ」だ。よく見ると顔立ちも整っている彼は、昔からジャニーズアイドルに憧れていた。ところが、歳を重ねるうちにどんどん額が薄くなり、アイドルの夢は破れてしまった。

それでも、自分を格好いいと思い込んでいるところは変わらず、普段からついつい格好つけた仕草や行動をしてしまう。そんな彼の素の部分を生かして、漫才の中でもキレのあるダンスを見せたり、格好つけた仕草をしたり、ビジュアル系気取りの歌声を披露したりしている。ジャケットを広げて「斎藤さんだぞ!」と名乗るお決まりのギャグも、アドリブで出てきた言葉から生まれたものだ。

斎藤がどんなに格好つけていても、薄毛という要素がすべてを打ち消して笑いに変えてくれる。むしろ、キザに振る舞えば振る舞うほど、ギャップが際立ってどんどん面白く見えてくる。これこそが、トレンディエンジェルの漫才を爆発的に面白くしている最大の秘密だ。

速射砲のようにギャグをたたみかける

また、漫才として特徴的なのは、2人ともやや早口で、テンポ良くネタが進んでいくということだ。ここにも彼らの密かなこだわりがある。斎藤には「スベってもそのまましゃべり続ければ、スベったことにならない」という持論がある。速射砲のようにギャグをたたみかけていくと、観客はひとつひとつのネタをじっくり味わうことができず、いつのまにか芸人側のペースに巻き込まれていってしまう。それも彼らの狙いなのだ。

トレンディエンジェルの2人が徹底しているのは「強みを伸ばす」ということだ。彼らは決して何でもできる器用な芸人ではない。弱点もたくさんあるはずだ。ただ、彼らはそれを気にせず、自分たちの強みにだけフォーカスして、それを磨き上げていくことでオリジナルな漫才を完成させた。

彼らはテレビの仕事が少なくライブに出ていた頃、あまり人気が出なくて苦労していたという。ライブで女性ファンに好かれるのは、見た目が格好いい男性芸人が多い。でも、トレンディエンジェルはそういうファンに過剰に媚びたり、格好良くなろうと努力したりはしなかった。苦手なジャンルで無理に勝負する必要はない。それよりも「ハゲ」という個性を生かして、その面白さで圧倒していけばいい、というふうに割り切っていた。

弱点は気にせず強みを伸ばしていく

自分の弱点を過剰に気にする必要はないというのは、お笑い以外のビジネスにも通じる。自分が他人よりも優れているところはどこなのか、自分が得意なのはどういうことなのか、ということを意識して、それを伸ばしていくようにすれば、ポジティブに物事に取り組める上に、結果にもつながりやすい。

「容姿いじり」が敬遠される世の中ではあるが、明るく楽しいトレンディエンジェルの漫才の魅力は失われていない。薄い頭髪は彼らの弱点ではなく、最大の武器なのだ。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行っている。主な著書に『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『この芸人を見よ! 1・2』(サイゾー)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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