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錦鯉、TAIGA、岡野陽一……明るくたくましく生きる「おじさん芸人」の魅力とは?

ラリー遠田作家・お笑い評論家

少し前のお笑い界では「お笑い第七世代」の爆発的なブームがあった。第七世代と呼ばれていたのは、霜降り明星、四千頭身など、主に20代のフレッシュな魅力を放つ若手芸人たちである。彼らは同世代を中心に多くのファンに支持され、テレビの第一線で活躍している。

第七世代ブームが盛り上がっている間は、若い芸人の方が注目されやすいという風潮があった。だが、ここへ来て、その反動とも言えそうな現象が起こっている。30代後半から40代以上の中年芸人、特に男性の「おじさん芸人」が何かと話題を呼んでいるのだ。

40代でもバイトを続ける芸人の苦悩

例えば、2021年放送の『アメトーーク!』(テレビ朝日)では「40歳過ぎてバイトやめられない芸人」という企画が行われた。この企画に呼ばれたのは、「鬼ヶ島」のアイアム野田、5GAP、「だーりんず」の小田祐一郎、TAIGA、「上木恋愛研究所」のキューティー上木、「ゆったり感」の中村英将、「ワンワンニャンニャン」の菊地優志、神宮寺しし丸、「レアレア」の桑折正之という顔ぶれ。正直なところ、世間で広く名前が知られているような芸人はいない。

このメンバーは全員、お笑いの仕事だけでは生活費を稼ぐことができないため、40歳を過ぎてもアルバイトを続けている。そんな彼らが日常で抱えている葛藤や苦悩が赤裸々に語られていた。

自分より売れている若手に対する嫉妬心、先輩芸人からの温かい励ましの言葉、家族との交流など、夢を追い続ける彼らのほろ苦い日常がドキュメンタリータッチで描かれる傑作回だった。

『M-1』でも40~50代が活躍

近年の『M-1グランプリ』でもおじさん芸人が大会を盛り上げている。2020年に決勝に進んだおいでやすこがは、40代のピン芸人同士のユニットコンビだ。彼らはピン芸人の大会『R-1グランプリ』(当時の表記は『R-1ぐらんぷり』)で優勝することを毎年の目標にしてきたのだが、大会のルールが変わったことで『R-1』には出られなくなってしまった。

だが、そのショックも冷めやらぬうちに、なぜかコンビとして『M-1』の予選を勝ち上がり、決勝に進出。決勝でも爆笑を巻き起こし、準優勝という文句なしの結果を残した。彼らはいずれも既婚者で家庭を持つ身である。ピン芸人としての目標を失って、背水の陣で臨んだ『M-1』で意地を見せた。

2021年の『M-1』では史上最年長のチャンピオンが誕生していた。錦鯉の長谷川雅紀である。長谷川の年齢はなんと50歳。頭髪が薄く歯も抜けているため、年齢以上に老けて見える。

しかし、そんな彼は底抜けに明るいキャラクターの持ち主だ。それを生かして『M-1』で優勝を成し遂げて、新たな伝説を作った。その後はコンビとして数多くのバラエティ番組に出演している。

借金を売りにするたくましさ

また、プライベートで多額の借金を抱えていることを売りにしているたくましいおじさん芸人もいる。岡野陽一と空気階段の鈴木もぐらである。岡野は1000万円以上、鈴木は700万円以上の借金を抱えていて、バラエティ番組などでもたびたびそれをネタにしている。

彼らはネタの中でも社会不適合者っぽい怪しげな中年男性を演じることが多い。これから年齢を重ねれば、ますますその芸にも味が出てくるだろう。

おじさん芸人には、第七世代芸人のようなフレッシュさはない。でも、人生経験を重ねたからこそかもし出せる哀愁がある。それが見る人の心を揺さぶる。

長引く経済低迷に追い打ちをかけるようにコロナ禍が降りかかり、日本中の人々が苦しい状況に追い込まれている。そんな中で、自ら夢を追い、明るくたくましく生きるおじさん芸人たちの姿は、一筋の希望を与えてくれる。第七世代ブームが落ち着いた今、おじさん芸人の逆襲が始まった。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行っている。主な著書に『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『この芸人を見よ! 1・2』(サイゾー)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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