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『イッテQ』を超えた!?「ナスD」が爆発的に支持される理由

ラリー遠田作家・お笑い評論家

2017年4月に始まった『陸海空 こんな時間に地球征服するなんて』(テレビ朝日系)が話題になっている。7月2日にはゴールデンタイムに2時間半のスペシャル番組として放送され、NHKの大河ドラマ、日本テレビの『世界の果てまでイッテQ!』、民放各局の「都議選開票特番」といった強力な裏番組がひしめく中で、9.6%という高い視聴率をマークした(関東地区、ビデオリサーチ調べ)。

特に、同じように海外ロケが中心の内容で、毎回20%前後の視聴率を叩き出している『イッテQ』を向こうに回して、この数字を記録したのは快挙と言ってもいい。あの日、快勝したのは小池百合子都知事率いる「都民ファーストの会」だけではなかった。『陸海空 こんな時間に地球征服するなんて』も、テレビ界の新興勢力として歴史的な大躍進を果たしていたのだ。

人気の原動力となっているのは、「部族アース」という企画に出演している友寄隆英ディレクター(通称「ナスD」)である。U字工事の2人と共にアマゾンの奥地で少数部族の取材を続けている彼は、取材現場で危険をかえりみず、何にでも果敢に挑戦していく。現地民ですら食べないような、熟する前の果実や捕れたばかりの生魚も迷わず口に放り込む。酒を勧められると現地民に止められるほど大量に一気飲みをして、その後にぶっ倒れてしまう。彼の行動は取材という枠を超えた暴走にしか見えない。でも、それが予測不能でスリリングな面白さを生み出している。

極めつけは、彼が「ナスD」と呼ばれるきっかけになった大事件である。ウィトという果実に美容効果があるという話を耳にした彼は、「美容ありがてえ」と言いながら、すかさずそれを顔面や体中に塗りたくった。過酷なロケの中で美容に効果のあるものを得られたことが嬉しくてたまらないといった様子だった。

ところが、彼が果実の絞り汁を全身に塗る様子を見て、現地の人たちはあきれたような苦笑いを浮かべた。なぜなら、使い方が根本的に間違っていたからだ。ウィトは入れ墨に使われるほどの強力な染料であり、肌に塗ったら最後、どんなに洗っても色が落ちなくなってしまうのだという。

2時間後には友寄Dの全身は真っ黒に染まっていた。「完全にゾンビやん」と自分でもあきれるしかない状況。いくら水洗いしてもその色は落ちなかった。予測不能な友寄Dの無謀な行為が「アマゾンの奥地で途方に暮れるナス色の日本人」という奇跡的な映像をもたらした。

「ナスD」がこれほどまでに人気を得ている理由の1つは、彼が「半分素人、半分プロ」という立場の人間だからだろう。彼はテレビ朝日のディレクター(プロデューサー)として、これまでにも『いきなり! 黄金伝説。』『お試しかっ!』など数々のバラエティ番組を手がけてきた。そんな「ナスD」には「必ず面白いものを撮ってくる」という制作者としての使命感が備わっている。

さらに、彼はテレビ映えする特異なキャラクターも持ちあわせていた。怖いもの知らずで何でもやってしまう姿勢はまさに唯一無二。しかも、単におそれを知らないド素人というわけではない。テレビマンとしての感性を持ち、番組の最終的な仕上がりや撮れ高を十分に意識した上で、面白い素材を集めてくることに専念する姿勢を持っている。だからこそ、彼はここまで魅力的に見えるのだろう。

テレビに出ることを生業としているプロのタレントたちは、「ナスD」ほど自由奔放に暴走することはできない。なぜなら、彼らはこの番組以外にも多くの仕事を抱えていて、それらに対する責任があるからだ。また、番組のロケで大きな事故が発生したり深刻なトラブルを引き起こしてしまったら、それで自分のタレント生命が脅かされることにもなりかねない。

テレビタレントはあくまでもテレビ局に起用してもらっている立場の人間である。たとえ芸人であっても、どこまでも無茶ができるわけではない。人前に出るプロフェッショナルだからこそ、かえって慎重になってしまうこともあるのだ。

その点、テレビ朝日の社員である「ナスD」にはそのような心配をする必要がない。そもそも『陸海空 こんな時間に地球征服するなんて』に関して言えば、彼自身が番組の責任者であるゼネラルプロデューサーを務めている。自分自身が最終的な責任を取る立場にあるからこそ、どこまでも強気に出られるのだろう。彼の頭の中にあるのは「面白い番組を作る」という一点のみ。それに対するこだわりは人一倍感じられる。

テレビという映像メディアでは、そこに映っている人間そのものの奥行きが見えてしまうようなところがある。たとえほんの一瞬の映像であっても、外見、態度、表情などから、その人の「器」が画面上には自然とにじみ出てしまうものだ。その点、平然と危険に身をさらす「ナスD」には、どこか底知れないところがあり、怪しげな魅力が視聴者にもダイレクトに伝わってくる。そして、一見するとハチャメチャに見えるその行動の裏には、テレビの作り手としての客観性もある。その幅の広さが感じられるからこそ、彼は多くの視聴者から関心を持たれているのだ。

いわば、「ナスD」は単なる素人ではなく、素人とプロのハイブリッド。両方のいいところを掛け合わせたような素質を持った逸材なのだ。最近、テレビ朝日では新しく始まったバラエティ番組がどれも不発ぎみで、今ひとつ明るい話題がない。そんな中で颯爽と現れた「ナスD」は、テレビ朝日を立て直す救世主となる可能性を秘めている。漆黒に染まったその肌のように、テレビ局の勢力図を塗り替えることはできるのだろうか。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行っている。主な著書に『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『この芸人を見よ! 1・2』(サイゾー)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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