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文学で響き合う日本と韓国『82年生まれ、キム・ジヨン』作者が感じる希望と意外な変化

桑畑優香ライター・翻訳家
渋谷のMARUZEN&ジュンク堂書店での特大パネル(写真:筑摩書房提供)

「私たちのことばで顔を作ろう」

東京・渋谷の大型書店の店頭に置かれた顔のない女性の絵。韓国の小説『82年生まれ、キム・ジヨン』の表紙を模した特大パネルだ。びっしりと貼られたポストイットには、「自分の記憶に重なりすぎる…」「あきらめずに生きていこう」と読者が自らを投影する言葉が記されている。

昨年12月の発売以来、4か月目には累計発行部数13万部にして、現在も勢いを見せる小説『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ著、斎藤真理子訳、筑摩書房)。日韓が政治のはざまで揺れる中、国境を超えて文学で響き合う人たちがいる。

著者のチョ・ナムジュさんにインタビュー。異例のヒットで感じた、希望、そして”変化”について。

(後編はこちら→「日韓で共感集める『キム・ジヨン』とは一体誰なのか 作者チョ・ナムジュが独占インタビューで明かす」)

1978年生まれ。社会派番組の放送作家を経て、2011年長編小説『耳をすませば』で文壇デビュー(著者撮影)
1978年生まれ。社会派番組の放送作家を経て、2011年長編小説『耳をすませば』で文壇デビュー(著者撮影)

――『82年生まれ、キム・ジヨン』が日本で広く読まれています。

チョ・ナムジュ:予想していなかったことなので、とても驚いています。日本の読者が「すごく泣いた」という感想を聞いて、なぜ泣くのか最初は不思議でした。

――日本の女性たちについてどのようなイメージを持っていましたか。

チョ・ナムジュ:日本の女性たちは男性たちに対して従順だ、家庭を大切にすると聞いていて。本当にそうだとしたら、この本が日本で翻訳されたらどんな風に受け止められるだろうと、少し気になっていました。「あたりまえのことを小説に書いただけじゃないか」「よその国の話で日本や自分とは結び付かない」と思う人が多いのではと思ったのです。ところが、多くの人に共感していただき、私も不思議な気持ちです。

韓国では2015年に刊行され、107万部を突破した話題作。日本では、発売2日で初版がほぼ完売となった。「日本ではまだ実績がない(いわゆる無名だった)作家の翻訳小説が、ここまで爆発的に売れるのは想像以上だった」と、版元である筑摩書房の営業部尾竹伸氏は言う。「“読む”だけに留まらず、自分の感想を“伝え”たい、“共有”したい、ほかの人の感想も“聞き”たい、と思わせる力がこの小説にはあり、口コミでどんどん読者に広がっていく様子が伝わってきます。書店店頭に設置した大型パネルにわざわざ自分の言葉を書いて貼ってくださるなんて、通常ではありえない状況だと思います」(尾竹氏)

――日本でも共感を得ている理由は何だと思いますか。

チョ・ナムジュ:まず、韓国で本がたくさん売れた理由は、韓国社会が多くの問題を抱えていると同時に、女性たちが急速に変化しているからです。日本と韓国は、文化圏としても近いし、経済状況や合計特殊出生率(急速に少子化が進む韓国の2018年の合計特殊出生率は0.98。データがある1970年以来初めて1を割った)が示す少子化の傾向なども似ています。二つの国には、共通する生きづらさが存在しているのかもしれません。

――一方で、日本と韓国が異なると思う点は。

チョ・ナムジュ:今、韓国社会で変化を経験しながら生きている女性たちは、性差別に声を上げ、性暴力や盗撮などについて処罰を求めるデモをしたりするなど、一生懸命に声を上げています。それによって、間違ったことを言った人が謝罪したりしました。声を上げれば変化するということを、生活を通じて経験している世代です。

対して、日本の女性たちは、静かだという印象を受けます。そんな中、この本は、韓国の小説をいつも読んでいる層ではない人たちに広がっているということに、意味があると受け止めています。一人で悩んでいた人たちが、声を上げるきっかけになるのではないかと。

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小説の主人公は30代後半の女性だが、『82年生まれ、キム・ジヨン』の日本の読者層は、10代から50代以上と幅広い。また、男性読者も4分の1を占めている。

韓国ではK-POPガールグループRed Velvetの、アイリーンが「この本を読んだ」と発言しただけで、「フェミニスト発言をした」と男性からのバッシングが相次いだことが報じられたが、チョ・ナムジュさんが接した男性読者の反応は様々だったという。

チョ・ナムジュ:もちろん、「小説は誇張している」「男性の話が出てこない」と不満をぶつける人もたくさんいました。そんな中、「母親や妻、友だちがこんな経験をしていたと初めて理解した」という読者にも多く出会いました。特に娘を持つ父親たちが共感しながら読んでいました。「娘が生きる社会の未来はどうなっていくのだろう」と。

イベントなどで「自分に何ができるだろうか」と真摯に問う男性読者にお会いしたことが何度もあります。一番熱心に聞き、発言するのが男性ということもしばしば。女性を批判する発言をする若い男性たちが多いともいわれていますが、実際は悩み、いろいろ考えている人もたくさんいるのだと思います。

私の身近なところでも、変化が起きました。10年間夫と話し合っても平行線だったことが、この本で声を上げて変わったんです。

――チョ・ナムジュさんの夫が変わった、と。

チョ・ナムジュ:すごく変わりました(笑)。この話をするのは初めてなのですが……小説に出てくるキム・ジヨンの夫と同じように、年上の姉が二人いる末っ子で長男なんです。すごく大事に育てられ、家事もほとんどしたことがなくて。何度も激しいケンカをしました。

――この本を読んで何と言いましたか。

チョ・ナムジュ:もともと自分の思いを語らない人で、特に感想を言葉にはしませんでした。でも、生活の中で、家事や育児が自分の役目であると気づいたようです。それまでは私がフリーランスで仕事をしながら育児を一人で担当し、夫は仕事第一でしたが、彼と私、それぞれの仕事に大切な意味があると考えるようになりました。以前は「僕は家事を手伝ういい夫だ」と思っていたのが、「家事は自分も担当するものだ」と受け止めるようになりました。

――チョ・ナムジュさんには、キム・ジヨンと同じように娘さんが一人います。娘さんの世代に伝えたいことは。

チョ・ナムジュ:どう育てたいとか、何を伝えたいとか、そんな風に考えることはあまりありません。娘は私よりも年下ではありますが、賢く強く生きていくと信じているからです。だから、教えるというよりも、耳を傾けるようにしています。娘が自分の思いを声に出せるように。彼女の声に耳を傾け、理解すること。それが大切だと考えています。

後編に続く)

ライター・翻訳家

94年『101回目のプロポーズ』韓国版を見て似て非なる隣国に興味を持ち、韓国へ。延世大学語学堂・ソウル大学政治学科で学ぶ。「ニュースステーション」ディレクターを経てフリーに。ドラマ・映画レビューやインタビューを「現代ビジネス」「AERA」「ユリイカ」「Rolling Stone Japan」などに寄稿。共著『韓国テレビドラマコレクション』(キネマ旬報社)、訳書『韓国映画100選』(クオン)『BTSを読む』(柏書房)『BTSとARMY』(イースト・プレス)『BEYOND THE STORY:10-YEAR RECORD OF BTS』(新潮社)他。yukuwahata@gmail.com

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