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唾液による抗原検査が保険適用に メリットとデメリット

忽那賢志感染症専門医
(写真:アフロ)

6月26日より検体として唾液を用いた抗原検査が保険適用となりました。

唾液抗原検査を保険適用 厚労省、感染リスク減

ただし既に発売されている迅速検査キットとは異なり、専用の検査装置が必要とのことです。

しかし、これまで抗原検査は鼻咽頭拭い液で行われることになっていたため、唾液も使用可能になることで受診者と医療従事者にとっては大きなメリットがあります。

これで検体として鼻咽頭拭い液、唾液、検査としてPCR検査、抗原検査という選択肢ができたことになります。

少し複雑になってきましたので、唾液を用いた抗原検査のメリットとデメリットについて、整理しました。

鼻咽頭拭い液を採取するデメリット

そもそも唾液が検体として使用可能になった背景として、鼻咽頭拭い液を採取することにデメリットがあったことが挙げられます。

皆さんはインフルエンザの迅速検査を受けられたことがあるでしょうか。

あのインフルエンザの迅速検査と同じように、新型コロナのPCR検査や抗原検査は綿棒を鼻咽頭の奥に挿入して検体を採取します。

鼻咽頭拭い液の採取方法 DOI: 10.1056/NEJMvcm2010260
鼻咽頭拭い液の採取方法 DOI: 10.1056/NEJMvcm2010260

適切に検体を採取しようとすると、これくらい深く綿棒を挿入しなければなりません。

されたことがある方はお分かりと思いますが、涙がちょちょぎれるほどの辛さです。ぴえん越えてぱおんです。

また、この鼻咽頭への綿棒の挿入は、かなりの頻度でくしゃみを誘発します。

もし検査を受ける患者さんが本当に新型コロナに感染していたとすれば、その飛沫を思いっきり医療従事者が浴びることになります。もちろん浴びないように正面に立たないようにし、個人防護具を装着するわけですが、それでも全く感染のリスクがないわけではありません。

このように、鼻咽頭拭い液の採取は(1)検査を受ける患者さんが辛い、(2)検査を行う医療従事者に感染のリスクがある、というデメリットがあります。

唾液で検査ができるのであれば、患者さん自身で、辛い思いをすることなく、医療従事者も感染のリスクなく、検体を取ることができます。

唾液からのウイルス量は鼻咽頭拭い液よりも少ない

では唾液検査にデメリットはないのかと言うと、あります。

それはウイルス量が鼻咽頭拭い液よりも少ないということです。

唾液と鼻咽頭拭い液との経時的な比較(doi:10.1128/JCM.00776-20)
唾液と鼻咽頭拭い液との経時的な比較(doi:10.1128/JCM.00776-20)

縦軸はCt値といってウイルスが検出されるまでの増幅サイクル回数を見ているので、Ct値の数が少ない方がウイルス量が多いことになります。

ですので、唾液よりも鼻咽頭拭い液の方がウイルス量が多いということになります。

唾液の方がウイルス量が少ないということは、鼻咽頭拭い液を用いてPCR検査を行えば陽性と判定される人も、唾液を用いれば陰性と判定されることがあり得るということです(ちなみに傾向としてウイルス量は「唾液<鼻咽頭拭い液」と考えられますが、個々の症例によっては唾液では陽性だけど鼻咽頭拭い液では陰性ということが起こりえます)。

これが唾液を検体に用いる最大の欠点と言えるでしょう。

つまりこれまで以上に唾液では「PCR検査が陰性だからといって新型コロナではないとは言い切れない」ということになります。

今回、厚生労働省は「症状発症から9日以内の者」に限り保険適用としていますが、これは自衛隊中央病院で行われた研究結果によるものとのことです。

この研究は、鼻咽頭拭い液を用いたPCR検査が陽性であった症例の唾液を採取し、PCR検査の陽性率を検討したものです。

「唾液を用いたPCR検査に係る厚生労働科学研究の結果について(https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000635988.pdf)」のデータより筆者作成
「唾液を用いたPCR検査に係る厚生労働科学研究の結果について(https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000635988.pdf)」のデータより筆者作成

図のように、発症から10日以降は陽性率が低下しています。

このことから唾液を用いる際は「発症9日目以内」に限定し保険適用とされたようです(一般的に唾液に限らず、発症からの時間が立つほどPCR検査での陽性率は低くなります)。

抗原検査とは?

ここまでは鼻咽頭拭い液と唾液の検体の違いについてご紹介しましたが、次にPCR検査と抗原検査についてです。

抗原とはウイルスを特徴づけるタンパク質のことを指します。

抗原検査とは、このウイルスのタンパク質である抗原を検出するものです。

一方、PCR検査はウイルスの遺伝子の一部分を測定します。

どちらもウイルスを間接的に測定するものですが、少し違いがあります。

PCR検査と抗原検査の比較(厚生労働省. 新型コロナウイルス感染症に関する検査について より)
PCR検査と抗原検査の比較(厚生労働省. 新型コロナウイルス感染症に関する検査について より)

この表を見ていただけるとお分かりかと思いますが、抗原検査はPCR検査と比べると、

・ウイルス量が多くないと陽性にならない

・短い時間で結果が分かる

という違いがあります。

ですので、抗原検査が陰性であってもPCR検査では陽性ということが起こり得るわけです。

厚生労働省は6月16日に「抗原検査キットで陰性であった場合も追加のPCR検査を必須とはしない」という指針を出しましたが、これは「抗原検査だけで陰性と判断して良い」という意味ではなく、新型コロナが強く疑われる事例にはこれまで通りPCR検査は行われるべきですのでご注意ください。

唾液を使った抗原検査のメリットとデメリット

まとめますと、唾液を使うことで検査を受ける人が痛みを感じずに検体を採取でき、医療従事者にも感染のリスクはないというメリットがあり、また抗原検査を使うことで約30分という短時間で結果が得られます。

しかし、ただでさえ鼻咽頭拭い液よりもウイルス量の少ない唾液を、ウイルス量が多くないと陽性にならない抗原検査を使って診断しようとすると、二重の意味で「偽陰性(本当は新型コロナなのに検査結果が陰性になる)」になりやすくなります。

鼻咽頭拭い液、唾液をそれぞれ用いた場合のPCR検査、抗原検査のメリット、デメリット(筆者作成)
鼻咽頭拭い液、唾液をそれぞれ用いた場合のPCR検査、抗原検査のメリット、デメリット(筆者作成)

どの検体、検査法にもメリットとデメリットがあります。

医療従事者はこのメリット、デメリットを理解した上で、発症からの日数なども考慮し、どの検体を用いて、どの検査を行うのかの組み合わせを判断する必要があります。

なお、しっかりと良質な痰が出せる方は、一般的に痰の方が唾液や鼻咽頭よりもウイルス量も多いので、痰を用いたPCR検査がベストな選択肢となります。その場合、検査を受ける前に「痰が出ます」と自己申告するようにしましょう。

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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