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米フォードがリモートで差し押さえできる車の特許を出願

栗原潔弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授
(写真:イメージマート)

”Ford seeks to remotely repossess cars after missed payments in US patent”という記事(The Guardian)を読みました。米国において、自動車メーカーのフォードが、ローンやリース料が払われていない自動車を、リモート操作で乗車不可能にしたり、機器の機能を制限したりすることで「差し押え」を行う特許を出願した(まだ審査中です)という話です。

自動車がインターネットに常時接続するコンピューターで制御され、メンテナンスや機能追加がインターネット経由で行われることが当たり前になった現在、このようなアイデアは誰でも思い付きそうです。

問題の特許公開番号は、20230055958A1です。発明の名称は、”Systems and Method to Repossess a Vehicle”(車両を差し押えるシステムと方法)、出願日は2021年8月20日、公開日は2023年2月23日です。米国以外で出願されている形跡はありません。

明細書の実施例の記載によれば、「機能制限」とは、ドライバーに不便を強いて支払いを促すことであり、たとえば、カーオーディオを使用不能にする、定期的に不快な音を発生させる等です(実現されたら相当ウザそうです)。また、車を乗車不能にする場合には、週末だけ乗車不能にする(平日に車が使えず仕事に行けなくなるとますます支払が困難になるため)、自動運転車の場合には、強制的にリース会社まで車を移動する、さらには、自動車の残存価値を算出し、車を回収しても割が合わないと判定された場合には直接スクラップ工場に移動する(ひどい)というアイデアも開示されています。なお、これらは実施例として記載されているだけであって、クレームになっているわけではありません。

前述のとおり、本出願はまだ審査中ですが、既に最初の非最終拒絶(Non-Final Rejection)が通知されており、それに対してクレーム限定で対応しています(具体的内容については有料パートで解説します)。簡単に言うと、出願時にあった借金の差し押さえとして車を使用不可能にするというクレームは(人道的・倫理的に許容されないであろうという話とはまた別に)新規性・進歩性欠如により拒絶されたので、二次的な機能(エアコン、カーナビ、オーディオ等)を制限するというクレームに補正されています。おそらく、この限定クレームで特許化されるのではないかと思います。

なお、この特許出願、一般受けしそうなアイデアなので多くの米国メディアで触れられていますが、「特許化されたわけではないので安心してください」みたいなことを書いてある記事が見られます。特許化されなければ実施されないだろうとという前提で書いているのだと思いますが、そのようなことはありません。特許化されない(拒絶になった)ということは、権利者による独占ができなくなることを意味するのであって、実施ができなくなることを意味するわけではありません。むしろ、フォードでも誰でも実施できる状態になります(既に過去に第三者により権利化された特許があって、それを理由に拒絶になった場合を除きます)。

逆に、仮にこの出願が特許化されたからと言って、フォードが出願の内容通りにこの発明を実施するとは限りません。この発明をどのように実施するか(あるいは、まったく実施しないか)は、フォードの経営判断、技術的実現性、業界の規制等の特許以外の要素次第です。少なくとも、ローンを払わないと車が使用できなくなるといったアイデアは人の命にかかわってくる話(急病人を運びたい、あるいは、暴風雨で避難しなければいけないのに車が動かせないなんてことになったら大問題です)なので、仮に特許化されたとしても実施されるとは思えません。

では、具体的な権利範囲について見ていきましょう。補正後のクレーム1は以下のようになっています。

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弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本IBM ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事 『ライフサイクル・イノベーション』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 スタートアップ企業や個人発明家の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています お仕事のお問い合わせ・ご依頼は http://www.techvisor.jp/blog/contact または info[at]techvisor.jp から 【お知らせ】YouTube「弁理士栗原潔の知財情報チャンネル」で知財の入門情報発信中です

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