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スタートアップのための人事制度のつくり方(前編)

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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今回のゲストは、株式会社インプリメンティクス代表取締役で、組織・人事コンサルタントの金田宏之(かねだ・ひろゆき)さん。金田さんの著書の『スタートアップのための人事制度の作り方 キャリア開発を促し、自社のバリューを浸透させる』を参考にしながら、会社に人事制度を導入するノウハウを伺いました。

<ポイント>

・人事制度導入は社員が何人くらいのタイミング?

・人事制度導入は採用にも良い影響がある

・個人の等級をオープンにする理由は?

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■なぜスタートアップで人事制度を導入する必要があるのか?

倉重:「倉重公太朗のこれからの『働く』を考えよう」対談コーナーです。きょうはスタートアップの人事制度の作り方ということで、人事コンサルの金田さんにお越しいただいています。簡単に自己紹介をお願いします。

金田:私は新卒でコンサルティング会社に入って7年3カ月経験を積みました。前職はクレイア・コンサルティングという会社で、大規模組織の人事制度設計や会社合併に伴う人事制度の統合、監査法人や大学法人などを手掛けてきました。

独立後はスタートアップの人事制度に特化して、いろいろな企業の支援をしています。

倉重:大きな会社のコンサルとスタートアップとでは、全くやることが違いますよね? なぜスタートアップの支援をしようと思ったのでしょうか。

金田:前職では大手企業の支援がメインでしたが、あるベンチャー企業の人事制度をゼロから作るという案件があり、アサインしてもらいました。

 当時は社員が50人ぐらいでしたが、今は150人ぐらいになっています。当時40歳代の社長とOne to Oneで人事制度を作っていったのですが、大企業と違ってスピーディーに制度が業績に反映されることを実感しました。

大企業の意思決定は重いのですが、スタートアップのスピード感や、ベンチャーの勢いのあるところでコンサルティングをすることが楽しいと感じたのです。前職ではあまりスタートアップを支援する機会がなかったので、「自分で1からやってみよう」と思って独立しました。

倉重:最初からスタートアップ支援をするために独立されたのですね。スタートアップはいろいろなステージがありますが、どのような規模感の会社に人事コンサルが必要だと思いますか?

金田:僕が見ている会社では、社長の意識は、人事よりも事業やビジョン、ミッションなどに向いています。「いかに他人に人事を任せて、制度や仕組みで回していけるのか」と考えている方が多いです。ですからスタートアップの場合だと、「あとは任せるよ」と言われることが少なくありません。

倉重:社内のヒアリングをして会社のカルチャーに合った内容にカスタマイズしていくという流れでしょうか?

金田:最初の5年ぐらいは社員にヒアリングをして、どのような考えなのか、どんな会社、制度がいいのかという形で聞きました。ただ、スタートアップには若くして転職してくる人が多いので、基本的に人事制度のことはあまりわからないというのが本音で、皆さん仕事に集中したいと共通して思っています。なので、ヒアリングすることはやめました。そして、ある程度型化した内容が汎用的に使えることがわかったので、本でも紹介しています。

倉重:スタートアップにはしっかりとした人事制度がないところも多いと思いますが、そもそもなぜスタートアップで人事制度を導入する必要があるのでしょうか。

金田:スタートアップで第一に重要視するのは報酬決定です。全員中途で採用して即戦力を期待するので、その人たちの報酬を適正に決めて、自信を持ってオファーを出す。そして半年や1年かけて評価し昇給させていく、もしくは降給させるという手続きをする。社員の人たちに「この会社はお金回りのことは大丈夫そうだな」と感じてもらうのが本当に大事だと思います。

 その辺を個別検討あるいは年功的にすると、社員の方々のモチベーションが上がりません。事業ではなく人のやりくりに経営陣のリソースを取られてしまうことにもなります。仕事への集中度合いが変わってくるので、制度を早めに入れたほうがコストパフォーマンスは高くなると思います。

倉重:制度をしっかりすることで、結果的に自分の仕事に集中できるという話ですね。特にアーリーステージで、人に関することで揉めてしまったら非常にマイナスです。

金田:そこで足もとをすくわれて問題解決に時間をかけるのであれば、早めに着手してしっかり回せるような仕組みにするほうが合理的です。

倉重:社員何人くらいから制度導入を考えたらいいでしょうか?

金田:20人前後が人事制度を導入するフェーズだと思っています。ある程度型化していますが、会社によってカスタマイズするポイントがあるので、制度を入れるのに3カ月から6カ月ぐらいはかかります。勢いのある会社だと半年間で従業員が倍近く増えていることもあるので、20人くらいのタイミングで制度を導入するのが大事かなと思っています。

倉重:確かにそこまで増えたら社長が一人ひとりを査定して年俸を決めるのは無理ですよね。人事制度の有無は採用にも影響はありますか?

金田:クライアントの皆さんが口をそろえて言うのは、人事制度を内定者の方に説明したり、オファーのタイミングで報酬が少し下がったりする人に対して、「こういう制度がある」とお伝えすることで、その人が安心してサインしてくれるということです。

倉重:確かに評価や報酬がブラックボックスのような会社だったら不安にもなります。人事評価制度は、相手に安心感を与えるし採用にもつながっていくということですね。

■振り返りを仕組み化する

倉重:「振り返りを仕組み化する」という効果もあるそうですね。

金田:僕は「振り返り」という行為は非常に大事だと思っています。多くの会社で振り返りをしていないか、もしくは気が付いたタイミングでやるという感じになっています。振り返りという行為と言葉を定着させるための仕組みとして、人事制度は有効に機能すると思っています。

倉重:先ほど20人を超えたあたりから人事制度の導入を検討したほうがいいという話がありました。20人ぐらいの会社であれば、1人は人事担当の社員がいるというイメージですか。

金田:多くのスタートアップは基本的に採用担当の方が人事制度も任されています。ですが採用担当の方と人事担当はやることが全然違うので、運用がうまくいかず困っている会社さんは多いです。制度はきちんと運用していかないと効果が出ないので、今は自分が一緒に伴走していくスタイルを取っています。

倉重:制度の内容はどのように決めているのですか?

金田:どのような評価を入れていくのかについては、検討するポイントがいくつかあるので、定例の会議体を通じて経営陣や主要なマネージャーと議論しながら作っていきます。

倉重:経営者も中核社員も、作る過程も参加することで納得感が得られるのですね。

金田:みんな人事の知識や考え方が話すことによってどんどんレベルアップしていきます。僕が制度を作る時は「これは会社の土台になるものですから、経営陣が全員入ってください」とお願いしています。

■人事制度の3要素

倉重:人事領域はあまりにも広いですから、スタートアップに必要な「人事制度とは何か」という話もお願いします。

金田:基本的に人事制度とは、その人に期待を伝えて、振り返って、最後に報酬を決めるものです。「等級」「評価」「報酬」という3本柱を人事制度と言っています。福利厚生など他の制度もありますが、いったんそこは外して、人事制度はこの3本だという定義をしています。

倉重:まず等級制度から伺います。現状の仕事に対して等級というランク付けをしていくという作業になるのですよね。

金田:本では等級を8段階で説明しています。スタートアップの採用基準は3等級で、自律的に仕事ができる人です。4等級はシニアレベル、5等級はマネージャーレベル、6等級以上が経営層。一方、1等級は新卒レベル、2等級は第二新卒レベルのイメージです。

いろいろな会社で制度設計を経験してきて、この8段階が汎用的に使える体系だと考えるようになりました。

倉重:1等級が一番低く、8等級が一番高いのですよね。

金田:はい。8等級の中でも上下の2つはほとんど使っていないので実際に使われるのは真ん中の4つです。新卒や第二新卒クラスが今はいなくても将来的には出てくる可能性がありますから、最初から下の等級を作っておくことが必要です。

上の2つの等級も今すぐ使うことはありませんが、組織が大きくなって事業部長クラスや執行役員が必要になってきた時に備えて作成します。将来必要になりそうなものも含めて8段階ぐらいがちょうどいいという考えです。

倉重:最初は真ん中くらいの等級の即戦力人材を採りますが、段々ステージが進んできたら新卒採用もするし、上場前にスーパーマンが入ってくるかもしれないからその分の等級を作っておくというイメージですね。

■個人の等級を公開する理由

金田:人事制度を作ってランク付けすると、「何が期待されているのか」ということを周りの人から見て分かるようになります。等級制度を作る上で大事にしているのは、個人の等級を公開することです。

倉重:公開したがらない人も多いのではないでしょうか?

金田:僕が制度を作っている中で一番意見が分かれるところです。「公開できない」という人たちも結構います。例えば1,200万の年収をもらっている人を格付けして報酬レンジに収めると、5、6等級になります。周りの人たちから見たら、「いや、あの人の仕事は5等級にはふさわしくない」ということが見えてしまうのです。

倉重:大企業でもよくありそうな状態ですね。

金田:従業員20、30人のタイミングでこの状態になっている会社が実際にあります。採用時の見極めができておらず、元々の想定と違ったことをやり直せない会社が、等級を公開したくないと考えるのが内情です。

倉重:そこを正せないと、常に火種を抱えている状態になりますね。

金田:結局公開しないことにしても、誰かが悪気がなく言ってしまったり何かの書類に書いてあったりするものなのです。公開しないという前提になっていながらも社員たちが知っているという不均衡な状態になります。

倉重:オープンにするのだったら、なおさら皆が納得するような等級要件や評価の条件が必要になりますね。

金田: 5等級や6等級の経営幹部を前職の会社の看板や印象だけで採用すると、失敗してしまうことがまれに起きます。

倉重:等級の要件は会社によってかなり違いますか?

金田:会社によって一部カスタマイズしていますが、ベースの部分はそんなに大きくは変わりません。一定の抽象度を持たせて汎用的にしたものがベースになっています。それを会社の中の言葉を使って、どのように表現していくのかを考えます。バリューが定着している会社であればバリューに言い換えているところもあります。

倉重:まだ何もないところから、等級を決めていく作業はどのようにしているのですか?

金田:まず初めに「等級要件」を作ります。私が持っているベースをその会社に合わせてカスタマイズして経営陣と議論します。そこでギャップが出てきたら、1個1個潰していきます。

倉重:1回決めたら終わりではなく、半年ごとに見直すことを推奨しているんですね。

金田:基本的には上がることが前提になっているので、下がることは少ないです。半年ごとに昇格するタイミングを設けてチェックする形にしています。

倉重:評価者を誰がやるのか問題、についてはどうでしょうか?

金田:評価制度を作るとき、最初は1次評価、2次評価にしていましたが、スタートアップのクライアントの方々に、「1次と2次の違いがよく分からない」と言われたんです。スタートアップは人数が少ないので、2次評価をするのがほぼ経営者になってしまいます。経営者は評価の権限を委譲したくて制度を入れているのに、なぜ自分が2次評価者をしないといけないのかと感じますよね。それを変えるために、1次評価の人に責任を持ってもらって見てもらう形にしました。一人では見きれない部分もあるので、メインで評価する人とサポートするサブに役割分担しています。

倉重:等級が下がる場合にはアラートを出すのですか?

金田:6カ月前に「降格の可能性がある」というアラートを出してしっかりコミュニケーションを取り、報酬を下げる・下げないということを判断します。

倉重:結構運用でやることも多くなりますよね。

金田:降格の場合はアラートを出してから1on1を隔週で実施してもらいます。

 等級要件とギャップが生じている理由は何なのかをマネジャーからフィードバックしてもらい、本人の自己認識とすり合わせます。

 スタートアップで降格になるケースは、自己認識が会社の認識と大きく乖離していることに起因します。

 何ができていないのか、何が会社の期待に沿っていないのかということを、事実や数字で説明していく形になります。

倉重:フィードバックを受けて直ればいいですし、直らない方は転職ということになるのでしょうか?

金田:僕の感覚的なものもあるのですが、降格のアラートが出ると、多くの方が辞めていきます。相性もよくないということもあるし、会社が期待値を伝えきれていないというところもあって、本人からするとサプライズが起きているのです。そのような関係性の中で会社にコミットできるかというと、結構難しいところがあります。

倉重:そもそも 等級判定と人事評価としての評価は何が違うのでしょうか?

金田:一番大きな違いは、人事評価は期間が決まっているということです。例えば会社によって6カ月や1年などの評価期間が決まっていて、その中でどのような成果を出してくれたのかを見ていきます。

 等級はその方が会社で在籍している全ての期間を踏まえて人材の価値を判定します。会社が期待するものに対して、「この人が、この先どれだけ実績を残せるのか」という視点で見ていくので、人事評価と等級判定というのは全く違います。

過去だけの視点なのか、過去も踏まえた上で未来の視点も入るのかというところに、等級と評価の違いはあるかなと考えています。

倉重:人事評価は半年に1回、さらに3カ月で中間評価をするということですが、結構手間が掛かりますね。

金田:会社によっては中間評価の運用を回したくても回せないというところがあります。そういう場合は中間評価をせずに評価します。中間評価を入れている一番の理由は、サプライズをなくすためです。

倉重:サプライズというのは「自己認識と他者評価のギャップ」のことですね。

金田:自分は「できている」と思っているのに、上長は「できてなかった」と感じていたとします。最後の評価のタイミングで言われても取り返しがつきません。このギャップを中間評価や1on1の中でつぶしていこうと話しています。

倉重:そういう後ろ向きな話は、認識にズレがあると議論がかみ合いませんよね。

金田:マネジャーとしてメンバーのモチベーションを上げていくためには、厳しいフィードバックをしながら相手の良いところを褒めることも必要です。そこで相手が意図とは違う意味で受け取ってしまうことも実際には起きるのです。そうなった時に中間評価のような公式の評価でフィードバックしてあげる機会を持っておくと、早めにサプライズをつぶせます。

倉重:細かい軌道修正を頻繁にしていくのが大事ですよね。ずいぶん先になってしまうとずれがかなり大きくなってしまうので。

金田:サプライズが起きていなければそのままいってもいいですし、起きていたらその原因をしっかりと話し合います。最後の期末評価のタイミングでお互いの認識が合っていれば、納得のいく評価になると思います。中間評価を入れるというのは、僕の中では結構大事です。

倉重:人事評価といえば相対評価なのか絶対評価なのかは、永遠の命題としてあると思います。スタートアップの場合はどうですか。

金田:これは僕の経験ですが、スタートアップで相対評価を入れても失敗します。相対評価では、どんなに頑張って高い成果を出しても、他にもっと高い成果を出していた人がいれば最高評価を得ることはできません。これを社員に説明すると、まず納得感は得られません。

倉重:全員が頑張って最高の結果だったのに、誰かが最下位になってしまうと。

金田:僕が相対評価を導入した会社では、一部労働集約的なビジネスを展開していました。そこで「相対評価を入れて、分布規制を掛けて人件費を適正化させたい」という経営の意思があったのです。

 評価の観点ではなくて人件費の観点から相対評価を入れることになるので、自分でも説明できないし、納得感を持ってもらうことができません。

 絶対評価で全員がS評価を取って会社が2倍、3倍の成長をしていくというのがスタートアップのあるべき姿なので、僕は絶対評価のほうが合っていると思います。絶対評価の品質を担保するために、キャリブレーションのようなものを、評価会議という形で皆さんと行います。

倉重:読者の方のために、「キャリブレーション」の説明をお願いします。

金田:キャリブレーションは評価を調整するということです。評価者の視点だけで完結させるのではなくて、評価を一覧にして「他の人と見た時に妥当なのかどうか」「信頼性はあるのか」を全体で議論しながら必要に応じて調整を掛けていきます。

倉重:評価を甘くしがちな方もいれば、逆に非常に厳しい方もいますよね。

金田:特にスタートアップだと評価者であるマネージャーのバックグラウンドが違っています。例えば前職が厳しい会社だった方は、厳しい評価を付けられます。

 バイアスがあるので、客観的に見て評価の基準を揃えることも運用する上では大事です。メイン評価者の方に責任を持って評価してもらい、調整を掛けて全体をしっかり見ていく。品質を担保していくことは、必ずプロセスの中には入れています。

倉重:あと人事評価で見るのは成果と行動ですね。この2つにしている理由は何ですか?

金田:成果1本で見てもおかしくはありませんが、今はどの会社でもバリューや価値観を作って浸透させています。バリューの1番の目的は、みんなが同じ考え方で仕事をすることにより、スピードが速くなるということです。迷った時に会社の価値観やバリューに照らして判断できるようになります。

 僕がいろいろな会社を見てきた中でも、評価にバリューを接続させてフィードバックし、最後に報酬に反映されるというサイクルは、社員の方々の方向付けに強力な影響を与えました。

(つづく)

対談協力:金田宏之(かねだ・ひろゆき)

組織・人事コンサルタント。株式会社インプリメンティクス代表取締役

組織人事コンサルティングファームのクレイア・コンサルティングにて大規模組織の人事制度設計や会社合併に伴う人事制度の統合、監査法人や大学法人など、様々な組織の人事制度設計を手掛ける。

制度設計の他に、プレミアムブランドを支える人材の採用・教育研修・評価・報酬決定などの人事マネジメント全般の仕組みづくりにも従事。

2014年、スタートアップの組織・人事コンサルティングに特化した株式会社インプリメンティクスを創業。スタートアップのMission実現に向けて、ゼロイチフェーズの人事制度設計から、組織拡張期に及ぶ人事制度の運用・改善までハンズオンで支援する。

成長著しいスタートアップでの長期的なコンサルティング経験を通じて、制度運用現場で起こる様々な課題を見据えた実践的かつ汎用性の高い人事制度と運用手法の設計・開発に取り組み、日々ブログ「kaneda3.com」を通じて発信中。著書に『スタートアップのための人事制度の作り方』がある。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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