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「働き方は社員が自由に決める」USEN-NEXT HOLDINGSの人事改革【住谷猛対談】(第1回)

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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コロナをきっかけにデジタル化をはじめ、社会・経済が大転換期を迎えており、あらゆるビジネスが変化を求められています。そんな中、「ソーシャルDXカンパニー」として、企業の業務効率化やユーザーの利用性向上へ貢献しているのが、株式会社USEN-NEXT HOLDINGSです。同社は「就活維新」という画期的な新卒採用や定年延長制度を実施しており、人事の分野でも注目を集めています。同社はいったいどんな狙いで、さまざまな人事制度を実施しているのでしょうか。執行役員であり、コーポレート統括部長兼CISOの住谷猛さんに話を伺いました。

<ポイント>

・10年後のキャリアプランは決めないほうがいい

・ロボットのように働く社員に違和感を持った瞬間

・「Work Style Innovation」にこめられた想いとは?

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■人事の仕事の成果は何なのか?

倉重:今日はUSEN-NEXT HOLDINGSの住谷さんに、お越し頂きました。自己紹介をお願いできますか。

住谷:住谷猛と申します。1964年生まれなので、今年59歳です。1987年に大学を卒業して証券会社に入社しました。当時はバブルの終わり頃でしたから、証券会社は経済の中心にいました。最初は「営業をやってみたい」と漠然と考えていたのですが、入社後に配属されたのは人事部だったのです。

倉重:人事部を希望していたのではなく、たまたま配属されたのですね。

住谷:学生のころから「人事で働きたい」とは1ミリも思いませんでした。最初は「なぜ自分が人事なのか」ということは深く考えていませんでしたが、入社から半年ぐらいするとモヤモヤしてきたのです。当時は同期が120人ぐらいいましたが、ほとんど営業をしていました。バブルの時代の証券会社ですから大変華やかで、同期は億単位の契約をどんどん取ってくるのです。

一方で、僕が最初に与えられた仕事は給与計算でした。1987年の証券会社の人事部は、スチールの机が並んでいて、奥には課長や部長がいて、僕より年上の事務の女性たちが制服を着て働いていました。若い人たちには信じられないでしょうけれども、約半数はそろばんを使っていたのです。

入社して2~3カ月たってから、事務所の端にビニールのシートがかかった大きな機械があることに気づきました。

僕が先輩に「あれ、なんですか?」と聞いたら、オフィスコンピューターだったのです。

文書作成や簡単な計算ならワープロでもできるので、誰も使っていませんでした。私は上司の許可をとって、自分の仕事が終わってから自主的に会社に残り、分厚いマニュアルと睨めっこしながらコンピューターをいじり始めたのです。

 その結果何が起きたかというと、翌年からその会社の給与計算のベースは全てコンピューターに変わりました。

倉重:住谷さんにしかできない仕事ですね。

住谷:当時新卒採用は7~8月から10月にかけて行っていたので、僕も新卒採用の業務に加わって説明会や面接も行うようになりました。

 でも2~3年はずっとモヤモヤしていたのです。「自分の仕事の成果は何なのか?」「人事の仕事の成果とは何か?」ということを、25歳ぐらいまで悶々と考えていました。

倉重:同期のみんなは派手に活躍しているのに、俺はどうして人事の地味なことをしているのだろうと思ったのですね。

住谷:結局25歳ぐらいのころに、「自分の仕事の成果は、この組織の成長でしかない」という考えに帰結しました。

倉重:何か気付くきっかけがあったのでしょうか?

住谷:考えに考え抜いて、その解しかなかったという感じです。「今年は計画通り200人採用できました」というのが自分の成果かと言われれば、全然そうでありません。

 ずっと考え尽くした結果、最後に残ったのが「人事の仕事は組織の成長を促進すること」という答えでした。

倉重:証券会社の時に、一度営業もご経験されているわけですよね。営業と人事両方経験した結果、「また人事をやろう」とご決断されたのですか?

住谷:いや、人事異動で戻ってきました。

倉重:適性があったと思われたのでしょうね。人事の仕事が楽しくなってきたのはいつごろですか?

住谷:誤解を恐れずいうと、別に楽しくはありませんでした。僕は多分やりたいことがないタイプなのです。これも20代のころは悩みました。就職活動をしているときも自分が何をしたいのか全然分からなかったのです。

25歳ぐらいのころに、「所属する組織の中で評価されることが自分のやりたいことだ」という結論が出ました。

倉重:転職されてからも結局人事の畑が一番長いということは、「これからは人事でいこう」とどこかのタイミングで決められたということですか?

住谷:よく「どうして人事の仕事を長く続けてらっしゃるのですか」と質問されます。それに対する僕の答えは、「人事の仕事で評価され続けているから」ということです。ここで評価されなくなったら多分違うことをします。やりたいことがない人間が積み重ねたキャリアの完成形が、今の僕というイメージがあります。

僕の名刺を見ていただくとおわかりのように、かなり幅広いことをしています。

別に自分は人事だけやりたいと思っているわけではないので、「次はオフィスをつくってください」「広報をしてください」「コーポレートブランディングをしてください」と頼まれれば、その要望に応えます。

よく学生さんや若い社員には「10年後のキャリアプランなんて、決めないほうがいいよ」と言っています。なぜなら思い通りにならなかった時に、人は少なからず挫折するからです。自分の連続的な成長の中で、時には落ち込むこともあるでしょう。そこからのレジリエンスがよほど大事です。

倉重:人事をずっと続けて目の前の仕事に結果を出し続けた結果、今ここにいるという感じですね。

住谷:手前みそで口幅ったいですけれども、客観的に分析するとそういうことだと思います。

■事業が変わったとき、人事はどうあるべきか?

倉重:早速本題に入っていきたいと思うのですが、USEN-NEXT HOLDINGSさんが経営統合して、大きく事業内容も変わったというお話を以前お伺いしました。

事業自体が変わった時に、人事はどうあるべきなのでしょうか。経営が変わっている中で、何から始めればいいのでしょうか?

住谷:まずはビジョンの共有でしょうね。2017年の12月に経営統合をして、大きく僕らの会社の未来のビジョンが変わりました。そのタイミングで、代表取締役社長CEOの宇野康秀さんのビジョンを、どのように社員に共有して共感してもらうかを考えたのです。

 僕らの未来が変わったわけだから、僕らのbehaviorも変わらなければいけません。そのbehaviorを考えました。

倉重:有線放送からDXカンパニーに変わっていき、これまでとは求められることが変わるということですよね。

住谷:2017年の夏ぐらいだったと思いますけれども、当時外苑前の本社に宇野さんの部屋がありました。そこでよく経営統合以降の僕らのHRはどうあるべきかという話をしていたのです。

 その時に、宇野さんが本社機能の人たちを見て「なんかロボットみたいで、この人たちが生き生きと働いているように見えない」と言いました。当時は島型のデスクに150人ぐらいが座って、パソコンをパチパチと叩いていました。みんな同じような格好しているし、仕事をしているかどうかも分かりません。

歴史をさかのぼるとリーマンショック以降約5年間、USENは経営再建を行い2017年の12月に再統合にて発足したのが、USEN-NEXT GROUPです。

「経営再建の中で、ひょっとしたらUSENが持っていたチャレンジングでイノベーティブなカルチャーは失われてしまったのではないか?」と宇野さんは考えていました。そこはシフトチェンジしていかなければいけないと、二人とも思っていたのです。

倉重:メッセージを社員に共有すると言っても、伝え方は難しいですよね。

住谷:これもよく聞かれることですが、もう繰り返し暑苦しく言うしかありません。ある意味社内に対するHRのPR活動です。ちょっと見方を変えるとマーケティングと似ています。どれだけ魅力のあるキャッチコピーを作れるのか、どれだけ有効なタッチポイントを複数作って多くの人に見てもらえるかが大切なのです。

倉重:「Work Style Innovation」というキャッチコピーはその一例ですね。

住谷:Work Style Innovationのコンセプトムービーを作って動画で流したり、ポスターを作って全国のオフィスに掲示したりして社員に見てもらっています。宇野さんは社員に向けたメッセージを動画で配信しています。

倉重:「超!全力採用」や「GATE」「Work Style Innovation」など、キャッチコピーが面白いですね。

住谷:宇野さんと僕がディスカッションしている時に、2017年の経営統合の前ぐらいから働き方改革のことが言われ始めました。でも「働き方改革ってかっこ悪いよね」と僕も宇野さんも思っていたのです。

働き方のルールや仕組みは、社員ではなくてマネジメントが決める話ではないですか。マネジメントをガラッと変えなければいけないので、「マネジメント改革」なのです。僕らは「働き方改革」という言葉は使わないようにしました。

外苑前の部屋で「ああでもない」「こうでもない」と話しているとき、宇野さんが紙をパッと手にとり、鉛筆で「かっこよく、働こう。」と書いたのです。僕がそれを見て、「Be Innovative for results」というサブテーマを添えました。

倉重:社員さんがロボットみたいに働いているのをご覧になって、「もっとこうしたい」という想いが言葉になったのですね。

住谷:「かっこよく、働こう。」というテーマは、僕はすごく良かったと思っています。なぜかというと、社員がいろいろなことを考えてくれるからです。

「どんな働き方がかっこいいのか?」と聞かれたら、僕は仕事で頑張って結果を出している人がかっこいいと思います。「仕事でリーダーシップを取る人がかっこいい」と思う人もいるだろうし、働いている見た目がかっこいい人もいるかもしれません。いろいろな「かっこいい」があるじゃないですか。

 その「かっこよく働こう」という解釈を、社員の一人ひとりが考えてくれたことが、一番良かったことだと思います。

倉重:かっこよく働く人を増やすために、どういう制度を実施したのですか?

住谷:僕らのマネジメントがどう変わったのかというと、やっぱり「多様性の受容」ということが1つ挙げられます。つまり、「働き方は一人ひとりが自由に決めていい。その選択肢を会社は用意します」ということです。

ただ、自分が楽をするために選ぶわけではありません。

「一番成果が出る働き方を自分で考えて決めてください」というのが僕らのポリシーです。正しい自由を与えて、みんなに考えてもらっています。

その一環として、始業・就業時間を社員の決定に委ねるスーパーフレックスタイム制を導入しました。コアタイムやフレキシブルタイムを設けず、社員が自ら生産性を追求できるようにしています。1日の労働時間も選択できるので、長く働く代わりに休みを一日増やす「週休3日」も可能です。

倉重:スーパーフレックスタイム制一つ取っても、「その中でどうやったら成果出せるのか」ということを社員一人一人が自分なりに考えることが大事ということですね。

(つづく)

対談協力:住谷 猛(すみたに たけし)

株式会社USEN-NEXT HOLDINGS 執行役員 コーポレート統括部長

(人事・総務・法務・情報システム・広報・コーポレートブランディング・サステナビリティ推進管掌)兼 CISO

早稲田大学法学部卒業。新卒で入社した証券会社で、1年目から人事部に配属されたことをきっかけに、人事部門でキャリアを築く。

1999年、人事部長として株式会社USENに入社。

人事・総務部門担当役員、法人営業部門担当役員などを経て、2017年12月、株式会社USEN-NEXT HOLDINGS発足時より現職。

現在は、人事・総務・法務・情報システム・広報・コーポレートブランディング・サステナビリティ推進などの幅広い部門を管掌。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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