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日本型雇用の「遅過ぎる昇進」問題【梅崎修×倉重公太朗】(第2回)

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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日本型雇用の特徴の一つとして、他の先進国と比較して昇進の抜てきが遅いということがあげられます。出世の見込みがないとはっきりわかるころには転職が難しい年齢になっていたり、優秀な人が役職についたのにすぐに役職定年がきてしまったりする問題が起きています。このような問題をどのように解決すればいいのか、労働調査からヒントを探りました。

<ポイント>

・ホワイトカラーに必要なのは仕事の「段取り力」

・「遅い昇進」が「遅過ぎる昇進」になっている

・日本型雇用のどこが機能不全に陥っているのか?

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■日本型雇用の現状は?

倉重:ご著書に書いてあったことですが、バブル崩壊後は成果主義から始まり、いろいろな雇用システムの変革にチャレンジし続けているし、今だって働き方改革を進めています。しかし「こういう方向でいいのだ」という答えは多分どこも見いだせていないのではないかと思います。まず現状はどうなっていて、何が足かせになっているのかを明らかにする必要があるのではないかと思いました。

梅崎:小池理論は古くはなっているのに最新であり続けているという問題があります。要するに、現在の研究者が別の代替的な枠組みを作れないので、例えれば、古いOSをずっと使っているという状態なのです。

倉重:例えば遅い選抜をするに際しても、社内でキャリア転勤や、支店間を経るということがいまだに活用されています。それは2000年代でも変わっていないですね。

梅崎:変わっていないところは変わっていないので、全否定する必要性はありません。

「何が新しい議論として説明できていないのか」「それを何と名付けたらよくて、どう測定するか」というのが重要なポイントになってきます。

倉重:ご著書の『日本のキャリア形成と労使関係』の「全12章の調査」で検討されていますけれども、結局2000年代以降変わってきて答えが見いだせていない部分はどの辺にあるとお考えですか?

梅崎:調査事例を紹介しましょう。私は、第1章のブルーカラー職場を深く調査しました。まず、知的熟練は、オペレーションがあって何か不確実な異常や変化が起きたらそれに対してリアクションをすることです。これは確かにトヨタなどの生産ラインでは効果的だと言われています。

倉重:最終的に正解がありますからね。

梅崎:同じ理由で日本のファミレスなどの飲食業も本当は強いと思います。もうかるかどうかは別にして、非常に高度なサービスだけはつくられているのです。これを外国でもっと展開できればよいのですが。

 でもこの技能は、既存の分業編成を前提にしています。新しい分業編成を生み出す改善活動は、リアクションである知的熟練では説明できません。分業編成を生み出す能力は、現場で活躍しているけれども概念化されていないし、調査項目にも落とし込まれていません。

それを名付けたい、「ここを見ればいい」というポイントをつくり出したいというのがこの本でやりたかったことです。

倉重:これからの企業、特にホワイトからのイメージですけれども、何を意識していけばいいですか。

梅崎:基本的には、この分業編成を変えることはホワイトカラーでも同じです。職場のチーム編成や仕事の配分をする時に、最初に全体の段取りを考えて仕事を割り振れる人がいるじゃないですか。

段取りのいい人にはどんどん権限を与える。これが重要でしょう。段取りの良い人たちは、最初からおおよその全体像や落としどころが見えていて、そこに至るスケジュールを決められるということです。

そうではない人は、何かあるたびに過度に反応してかえってややこしくなります。完全に全体像を予測できたら未来が見えることになりますから、「おおよそこのぐらいだ」という全体図、もしくは流れのようなものを描ける人が優秀なのだと思います。

倉重:これはブルーカラーでいうところの工程設計力にもかかってきますね。

梅崎:工程設計力はホワイトカラーも全く同じだと思います。ただ、この言葉は生産現場を連想させます。

倉重:川上から川下に至るまで、その企業が何をしてどういう価値を生んでいるのかをきちんと理解しないといけません。そういう全工程に触れたことのあるサラリーマンの方は少ないと思います。

梅崎:少ないでしょうね。私が、ある技術者にインタビューした時に、「ああ、この人が全部仕切っているな」と思いました。機械も自分で配置して、人を働かせているのです。早い遅いはありますけれども、知的熟練は8割ぐらいの人が身に付くという前提でした。今、フルカラーで仕事の流れをデザインできる人は全員ではないですね。

倉重:たしかに、それは2割ぐらいしかできないでしょうね。

梅崎:その人たちに、日本の企業が抱えている課題をいつまでも任せていないのが問題だと思います。

今、「遅い昇進」が「遅過ぎる昇進」になっています。遅い昇進の原理というのは、多くの人を競争させ続けるというインセンティブの問題です。ただ、人材育成の原理は違うのです。横に経験の幅を広げると、先ほど言った工程設計力も育成されます。この能力は職場全体を見渡せるということだから、いろいろな仕事を経験したほうがいい。他部門との交渉の仕方も分かります。

工程の流れを設計できる、何かひらめくというのは、どのような能力か。哲学者カントの言うところの「構想力」です。全体像を見つけられる人いるのであれば、その2割の人の選抜をもう少し早めなければいけないと思います。

倉重:できる人にもっと早くから任せろよと。この間サイバーエージェントの人事責任者である曽山さんと対談しましたが、全く同じ理由で早めに選抜するとおっしゃっていました。

梅崎:実務レベルで考えてみましょう。選抜をちゃんと機能させようと思った時に、優れた上司や社長が、「あいつ何か持っているよね」と個人の主観なり直感なりで選んでいくことはあると思います。ただ、中小企業であればそれが可能でも、大きい企業になってくると、「えこひいきではないか」という話になってくるので、結局はなかなか選抜ができません。

仮に「能力というものは客観的に測れるか」と考えると、高度になれば高度になるほど限界があります。ただ、「あの人は流れを分かっている」「この能力は大事だ」ということを、少なくとも職場の同僚が共有すれば、選抜も可能になるはずです。人事部はすべてを測っているというより、認識を共有させることを促しているわけですね。

倉重:自社に必要な能力とは何か、はっきり分かっている会社はほとんどないのではないですか。

梅崎:そうですね。技能を聞き取りする調査者として私は、技能を三段階でとらえたいと思っています。まず、抽象的なレベル。知的熟練論で言うと、「不確実性への対応」というのが最も抽象化の高いレベルになります。フランク・ナイトという学者が定義した、数値化できない確率現象が不確実性です。この不確実性に対処する能力が知的熟練なのですね。

「不確実性の対応」という抽象的な定義があり、それとは別に測定のための「職場で起きる異常や変化」という具体的な指標がある。そして、その抽象と具体の間に知的熟練が定義されている。測定では、それに対応できる人、対応できない人と分類していくわけです。例えば、ここがお店で、客がややこしいクレームをはじめた時に仲裁できる倉重さんと、「僕はちょっと……こそこそと」という梅崎に分かれるわけです。このように、その時、行動できるかどうかで分類していきます。

工程設計力もそのように三段階にしたいいんですよ。まず、抽象度が高いレベルが「構想力」になります。一般的には、「段取り」と言えば理解してくれますよね。でも、「どうやって測るの?」と言われたら、「段取りでしょ」という説明の仕方しかできません。

企業内でも「構想力が高い人を選抜しましょう」と言ったら、「なぜ彼なの?」という疑問が出てきて、結局のところ「それなら年齢順に」となるわけです。構想力に対してもう少し明確に測れる基準を作れたらよいです。調査から新しい定義ができて人事の方と話し合えば、「やはりあの人だよね」と納得する選抜ルールづくりが企業内にも生まれるかもしれませんね。

倉重:これまで多くの日本企業が、働く人の「能力」というものを曖昧にしてきたツケが回ってきているのかなと感じます。

梅崎:だから「もうジョブでいいじゃん」という話が出てきます。ジョブ型というのは能力の定義を括弧に入れることが可能なわけです。

例えば「部長として10名を指揮できる」と曖昧なことが書いてあっても、あとは主観による選抜をして競争させられます。でも、私は、もう少しみんなで共有できる能力基準が存在すると思っています。

DX人材などは違いますよ。僕は、端的に言ってそのような人材については邪魔しなければいいだけだと思ってます。そもそも全体の数%くらいしかいない、高レベルの人たちだから、邪魔しないでどんどん活躍してもらえればいいのです。

一方で、大多数の普通の人がわかるように、その2割の人の能力を定義したら、頑張れば3割の人が身につけられるかもしれないじゃないですか。求める人材像や能力像について、みんなで共有できるキャッチコピーを作れればいいなと思います。

倉重:あるべき人材像ですよね。

梅崎:「工程設計力」はブルーカラーで確認できたと思うのですが、ホワイトカラーでは「工程設計力を身に付けよう」と言ったらわかりにくいじゃないですか。ですから別の名前をつけなければいけないかもしれません。「仕事の流れを見る、作る」ということに着目するといいのではないかと考えています。

倉重:「段取り力」だったらビジネス書のコーナーのところにありそうですね(笑)。

■抜てきがどんどん遅くなっている

倉重:多くの調査をされて、日本型雇用のどこが機能不全になっていると思いますか?

梅崎:強いところはまだ強いです。トヨタなどの生産現場を持っている企業はいいと思います。

倉重:ただ、その良さもだんだんと地盤沈下しているような感覚はありませんか。うまく改革できていないとよく言われるところですけれども、なぜだろうと疑問に思います。

梅崎:繰り返しになりますが、「抜てき」ができていないというのが大問題だと思います。僕が研究し始めた90年代は、日本企業は「遅い昇進」と言われていました。キャリアツリーの分析だと、だいたい課長で15年、部長で20年ですね。「22歳で大学卒業、42歳で部長は遅い」と言っていたのですが、今大企業などではもっと遅くなっています。

 人材育成だけを考えればいろいろな部署を見たほうがいいから多少遅くなるのは当然だと思います。けれども、入社後20年経ったら、本当はいろいろ経験しているはずですよね。そこで抜てきせずに50歳ぐらいで部長になると、55歳の役員定年まで5年しかありませんよ。これでは手遅れになってしまうので、きちんと抜てきしようということです。できるだけコンフリクトが起きない形で抜てきするにはどうすればいいのか考えるのが歴史がある大企業のやるべきことだと思います。

 もう一つ言いたいのは、「景気が悪い」ということを雇用システムだけの問題にしないでほしいということです。大きい企業でオープンイノベーションの仕組みを作ったり、抜てきをしたほうがいいと思いますが、やり方を変えて再浮上することは景気がいい国でも難しいのです。結局、企業間の新陳代謝のほうが重要だったりします。

例えばGoogleやApple、Microsoftの中に、いわゆる「きちんとした雇用システム」があったのかと言ったら疑問です。今はどうかわかりませんが。元気な若いやつがバンバン入社して、頑張っている時には整備された雇用システムは必要ないのかもしれません。

「既存の大企業が生まれ変わるために人事制度改革をしよう」ということはすごく議論されているけれども、人事の研究者らしくないこと言いますが、単純にベンチャー支援などをもっと頑張ったほうがいいのかなと思います。

倉重:どんどん新しい企業を生んでいかなければならないと。

梅崎:そちらのほうが経済全体に対しては効果的かもしれません。世界でも歴史ある大企業がどんどん生まれ変わって、うまくいっている事例はあまり聞きません。

倉重:日本社会は新陳代謝が悪いゾンビ企業が多いということですね。新しい企業が生まれにくい雇用システムという問題点もあるのでしょうか?

梅崎:少なくとも新しい企業が生まれた時に、成長につなげたり、新しいアイデアを実現させたりすることができれば、今言っている「景気が悪い」という問題は解決するわけです。雇用システムが登場するのは、そういう新しい企業が20年ぐらいたったころです。私からすると、「そろそろ労働調査の出番かな」と思います。

倉重:抜てきされれば活躍したであろう人材が、例えば係長や主任レベルで埋もれているとします。そういう人が新しい企業に行って活躍するケースも想定されると思うのです。そういう意味では日本の潜在的な成長を押さえ込んでいるのかもしれません。

梅崎:本当にキャリアパスの改変は悩ましいところですね。私は、「既存の企業が生まれ変わるにはどうすべきか」「きちんと抜てきできる能力基準を自社なりにつくりましょう」という論でずっと話しています。昔、楠田丘さんがある時期まで「これが能力主義で、これこそが能力=抜てきだ」としてきた能力基準を、新時代に合わせてバージョンアップすれば、この閉塞(へいそく)感の中で新たな抜てきが生まれ、企業は盛り上がっていくかもしれません。

人事を研究している者としては、やらないよりやったほうがいいし、みんなと話し合いながら新しい基準をつくりたいと思います。ただ、起業支援、産業政策も重要ですよ。

倉重:私も経済学部出身ですから、「マクロで見た時に結局どうするのが日本全体にとっていいことなのだろうか」と常々思うわけです。先生の目にはどう見えているのでしょうか。

梅崎:抜てきが遅れるのは明確に起きることですから、第一段階では、人事マイクロデータのようなものを整備して、定期検診で遅れている事実や傾向を確認していくことですよね。昔は団塊の世代が高齢化したというレベルの波だったから、「企業は成長しているから、まあいいか」で済みました。今は、「多少の痛みを伴うけれども、選抜論と一緒にちょっと能力論も混ぜてよ」という話になっています。

「能力なしで、あとは血みどろの競争をすればいい」というのはおそらく大企業の中ではあまり導入されていません。

倉重:合意も形成されにくいでしょうしね。

梅崎:「抜てき」があるということは、降格もあるということです。そういう能力論を労使関係も含めて語り合う必要があります。

倉重:上がる時もあれば下がる時もあると。

梅崎:それが基本的には1995年以降の成果主義で、失敗もありましたが、90年代あたりから、我々は「長い現在」を生きているのですね。成果主義がなくなってジョブ型が出てきたのではありません。「成果主義のようなもの」がずっと今まで続いているのです。

(つづく)

対談協力:梅崎 修(うめざき おさむ)氏(法政大学キャリアデザイン学部教授)

 1970年生まれ。大阪大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。2002年から法政大学キャリアデザイン学部に在職。約25年間、数々の人材マネジメントと職業キャリア形成の調査・研究を行う。リクルートワークス研究所の機関誌『Works』では、人事担当者向けの対談記事『人事のアカデミア』を担当。また、マンガや映画といった文化的コンテンツを使った新しいキャリア論を一般読者に向けて発信し続けている。主な著作として『仕事マンガ!-52作品から学ぶキャリアデザイン』(ナカニシヤ出版)、共著『「仕事映画」に学ぶキャリアデザイン』(有斐閣)単著『日本のキャリア形成と労使関係―調査の労働経済学』(慶應義塾大学出版会)。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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