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jshrm中島豊会長に聞く「人事の役割変化」~「働く」はLaborからFavorへ~第3回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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日本の労働者の価値観は時代とともに変わっていっています。高度成長期は、滅私奉公する代わりに、終身雇用や年功序列が約束されていました。当時重視されていたのは「一生食べるのに困らない」といった視点での企業の安定性でした。しかし、これからの時代は「働くことを通して、自己実現を果たしていきたい」という方も増えています。労働者の価値観の変化を探りながら、人事のあるべき姿について意見を交わしました。

<ポイント>

・ウォール・ストリート・ジャーナルかエコノミストを読む

・働く中で自己実現を果たしていく

・日本の労働法は過保護

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■人事パーソンが歩むキャリアの道筋

倉重:社会的要素がすごく重要になってきた時代だと思います。感覚がずれた人事措置をするとSNSで炎上をするわけです。そこの感覚というのは、1人が決定していたら危ういですし、いろいろな人と議論しながら施策は進めていくべきですね。

中島:はい。実はHRガバナンスは、コーポレートガバナンスの中でも、結構大事なところを占めています。会社は基本的に人間の集合ですから、活動が社会的に適合しているのか、組織がきちんとつくられているのか、機能が動いているのかを検証しています。この話をすると時間が長くなるので、今日のテーマではないので飛ばしてしまいます。

人事パーソンはどういうキャリアを進むべきかということを、倉重さんはお聞きになりたいのですよね。

倉重:そうなのです。いろいろなキャリアの在り方がありますし、特にこれからも人事はどうなっていくのかという観点でお伺いしたいです。

中島:私は結論から言えば、「行きたくもなかった」と言うと怒られますけれども、まったく予期もしなかった人事に配属されました。それで気が付いたら38年間人事の仕事をしてきて、振り返ってみたら面白かったというのは大きいです。

ただ、同時に、もう少しやってみたかったこともあります。例えば現場に出ることはできませんでした。それと、私はどちらかというと、コーポレート・ビューロクラットというのでしょうか、バックオフィスを担当しています。そこに対して、自分で誇りが持てるようにいろいろと研究・勉強をして、自分なりにまとめたつもり

ではあります。

 ただ、人事にいらっしゃっている皆さんは今後どうなるのか。これは特に若い人向けにお見せしたいと思っているのですが、人事の中だけで見てみると、実はあるキャリアの道筋というのがあります。

 恐らく人事のキャリアをずっと歩もうと思うと、最終的なゴールはどうなるか分かりませんが、多くの人はCHRO、私のようなポジションをやってみたいと思われるのではないかと思います。このCHROになっていく道筋というのは、確かに人事の中には存在しています。

これはウーリックモデルと呼んでいますけれども、ミシガン大学のウーリック教授が提唱していて、別名は3-Piller Structureと呼んでいます。3つの柱の構造です。これは皆さん、最近バズワードになっているHR Business Partnerというようなピラーが1個です。もう1個は、Center of Excellenceが1つです。最後はShared Servicesです。この辺りは、皆さんは人事の方ですので、あまり詳しく説明しませんが、Center of Excellenceは、いわゆる専門性の高い、報酬管理や採用管理など、本社の機能の人たちです。

 実は、ヨーロッパなどはそうですが、新卒ですぐに人事に入るケースはあります。私は部下がヨーロッパにいますが、そのうち何人かは大学である程度人事の勉強をしたら、そのまま人事の仕事に就いています。彼らが最初にするのはShared Services、もしくはCenter of Excellenceです。そういうところで人事の勉強をしていき、人事の技能を身に付けていきます。

そして、いずれかのタイミングで、Business Partnerになる人たちがいます。このBusiness Partnerになると、事業の人たち、ビジネスの人たちと話し合いをしながら人事の施策を決めていきます。現場ごとに人事を遂行していくのを助けるのがBPです。

本社というのは大きな方針を示します。Shared Servicesというのは、そこの中の効率性を上げるために集約できる事務を集めていく処理をする部隊です。BPとして、ビジネスからこちらへ来る方もいらっしゃるわけです。ここに入ってきて人事を学びながら、さらには上を目指していきます。

倉重:現場を知っているから、より効率的にできることがありますから、信頼されますね。

中島:そうです。逆にBPをしながら現場に行ってしまうこともあります。いったん人事に入ったら出られないかというと、そのようなことはなくて、BPをしながら現場のほうに認められて経営に入っていくケースもいくつかあります。確か今のゼネラルモーターズのCEOが女性で、もともと人事だったと思います。そのようなキャリアは多いようです。

倉重:そうですか。人事から現場に行ったと。人事だけの狭い視野でいてはいけないという話になりますか。

中島:そうです。例えばCoEやSS、特にShared Servicesは、どちらかというと作業することが多いので狭い視野になりがちなのですが、実は、その背後にあるのは大きな世の中の流れや社会の流れです。ですから人事をする上で2つ見ておかなくてはいけないことがあると思います。1つは社内の流れです。ここで理解しなくてはいけないのは、うちの会社はどこで金をもうけているのかを理解することです。

倉重:ビジネスの流れを理解するということですね。

中島:そうです。ただ、具体的なテクノロジーが何かという細かいところまで知る必要はまったくありません。一般的なビジネスの常識を身に付けて、自分の会社はどのようなバリューチェーンを持っているかというところは勉強するべきです。

倉重:自社の強みが何かということですね。

中島:はい。そして、競合はどういうことをしているか。その一方で、社会や経済、政治に対する目線です。特に社会に対する目線が、これまでの日本の企業は少し薄かったような気がしています。

倉重:そう思います。コンプライアンスというと違法かどうかという視点しか見ていなかったかもしれませんね。

中島:そうです。ダイバーシティーなどの話は、まさにこれから関わってくるところで、未だに「女性が会議に入ると時間がかかる」などと言ってしまう方が多いかと思います。

倉重:政治家が一番やらかしていますから。そういう社会常識や社会的な感覚は、どのように勉強すればいいのでしょうか。

中島:いい質問ですね。jshrmは一つの方法だと思います。

倉重:そろそろ来ましたね。感覚を身につけるには新聞を読めという話ではないのですよと。

中島:はい。新聞を読めとよくいうのですが、新聞自体がものを正しく伝えているかは謎です。

倉重:そこから疑わなくてはいけないですね。すでにバイアスが掛かっていますから。

中島:はい。よくいわれるのは、「日本の新聞ではなくて、ウォール・ストリート・ジャーナルかエコノミストを読め」ということです。取材をする方針が、ウォール・ストリート・ジャーナルのほうが、より中立でフィルターが掛かっていないからです。日本は逆に新聞にフィルターが掛かるのは当然で、むしろそれが特色です。

倉重:そうですね。党派性があるものだと思って見ます。

中島:A新聞のほうだと、どちらかというとリベラルなほうで、Y新聞になるとコンサバティブのほうに入っていきます。もともと新聞というのは意見を主張する場だったので、そうなっていくのですが。報道という観点からいくと、やはり海外の目も必要だと思います。そして、これからのJSHRMは、倉重さんがまさにおっしゃったように、外部のことを考えなくてはいけないと思います。

私たちが人事をしている上で考えなくてはいけないのは、「できることなのか、できないことなのか」です。もう一つの軸は、「やっていいことなのか、やってはいけないことなのか」です。ここを磨かないといけません。

そして、「やってはいけないし、できないこと」。これは別にそれは考慮する必要はないのですが、「やってよくて、できること」は当然するべきです。これは人事プロとしては当然です。難しいのは「やっていいけれども、できないこと」です。どうしたらできるようになるのか考えなくてはいけません。

倉重:ここは何がコアなのかというのをきちんと把握して、形を変えてでもできないかと探る姿勢が大事になりますものね。

中島:はい。それは1人で考えていては駄目なのです。同じ環境にいる会社の同僚としていても、ここは答えが見つからないはずです。

倉重:確かに発想が狭まっているでしょうからね。

中島:一緒です。やはりjshrmの研究会などへ出ていって、そこで意見を交わす、これが大事になってくると思います。もう一方で、「やってはいけないのだけれども、できてしまうこと」もあります。これはきちんと倫理に合ったような方法にしていけばいいわけです。その辺は例えば倉重先生に相談するなど。

倉重:最近は、jshrm の労働法研究会というのがありまして、伝統的な会員制の組織なのですが、本当にぎりぎりのところを攻めた議論をしています。そういうことは、信頼できる団体でないと話せないですから。

中島:それは普通の弁護士のところに行ったら、駄目だと言われます。やはりリーガルジャッジメントとビジネスジャッジメントは違うのです。

倉重:リスクを取ってでも、するべきところはありますからね。

中島:そういうところは、倉重さんはさすがだと思うのですが、多くの弁護士はリーガルジャッジメントしかしません。

倉重:本当にそうです。リスクやその軽減策、プランBを提示するのが弁護士の役割で、判断するのは会社です。

中島:われわれが実務家として欲しい弁護士というのは、ビジネスジャッジメントができる方です。

倉重:リスクの判断までサポートしてあげるということですね。

中島:そのビジネスジャッジメントの感覚を養っていく、これがjshrm の場だと思います。

倉重:他者がどう考えるかは普段は分からないですし、人事系の雑誌などを見ても、どうせいいことしか書いていないので、本当にぎりぎりの判断などは、表には出てこないですね。

中島:実はそこが仕事をする上で、一番肝になるところです。実際に私もそういう使い方をしました。

倉重:いいですね。こういったものがjshrm にあるぞと。人事という話からさらに広げて、先ほどもありましたが、働くというもの自体をどういうふうに捉えていますか。人によって変わっているところはありますが、本当に大きく変革している今は最中だと思うので、改めてこれを考えてみようという話です。

中島:ここは皆さまのご意見をぜひ聞きたいです。娘などを見ていて思うのですが、働くことは、人生の手段ではありません。働く中で自己実現を果たしていくのです。若い人たちにとっては、もはやLaborではないのです。

倉重:そういうことですね。お金を稼ぐために働かなくてはいけないという側面はもちろんあります。「最低限だけお金があればいいです」というのも価値観の一つですが、一方で、とことんこの仕事が好きだからやりたいということもあっていいと思います。さきほどの睡眠時間を削って論文を読むような話もそうですし、私も判例を夜中に読んでいたり、原稿を書いたりもしています。それは別に誰かに言われているわけではないですから、自分でやりたくてやっていますから。

中島:人から言われたのではなく、自分の目的としてやっていくというのがやはり理想だろうと思います。実現するのは、なかなか難しいですけれども。

倉重:これは「ミーニング・フルネス」と法政の石山先生も言っていましたが、やはり意義を感じて、内発的に「これをやりたいのだ」と思って働いていれば、当然結果も付いてきますね。「働き方改革」といわれる中で、労働時間の上限規制が日本の労働法で初めてつきました。あと有休を5日取らなければ罰則のような法改正があって、要は休むことや働かないことが素晴らしいことであるような価値観を植え付けにかかっていると見えるわけです。

中島:こういう議論を海外の連中とすると驚くわけです。「何でそのようなところまで関与するのだ」「それは自己責任の範囲だろう」ということです。日本の労働政策は、おせっかい過ぎるところがというか、プライバシーまで踏み込んでしまうところがあります。

倉重:それはそうですね。労働契約というのは、全人格的なものを捧げる契約のようになっていますからね。

中島:そうですね。契約自体はそうではないと思うのですが、運用がそうなってしまいます。

倉重:日本の労働契約は、入社するという言い方からしても、そうですね。

中島:そうです。先日も社内で非常に紛糾して面白いと思ったのですが、健康宣言を出そうという話がありました。健康診断の受診率は、だいたい健康経営の一番基礎に据えていますし、厚労省もそれに重きを置いていきます。健康診断受診率100%というのを海外に出すと、猛反発します。「何で会社に言われて健康診断を受けなくてはいけないのか」「これは自分で決めることだから、そのようなものを強制するな。なぜそこに会社が立ち入らなくてはいけないのだ」と。

倉重:日本の法体系がかなり福祉的というか、守ってあげる的な過保護ですね。かわいそうな田舎から出てきた労働者を、悪い資本家から守ってあげようという法律になっているものですから。

中島:やはり会社の中でもそういう考え方になってきますし、そこが今の若い人たちの感性と食い違うのでしょう。

倉重:なるほど。こういった人生の手段ではなく、まさに目的だと思うのですが、こういうことを人事が若い新入社員などにも伝えていくべきですね。

中島:そうですね。残念ながら、人事でいればいるほど、労働の再生産性や年休のようなことが染み付いているので、あくまでも労働は手段だと思っている人が多いのです。

倉重:その伝え方ですね。働くとは何かの伝え方は、別にこうやって講義することではなくて、自分の背中で見せるものだと思います。楽しそうに人事が働いていれば、いいなと思うわけです。「給与計算が終わらない」と言って、泣く泣くやっている姿しか見ていなかったら、それはつまらないと思うでしょうね。

中島:まさにそうですね。

倉重:まずは、自分自身が楽しく働く、意義を感じて、Favorで働くにはどうしたらいいかという話ですね。

(つづく)

対談協力:中島 豊(なかじま ゆたか)、日本人材マネジメント協会(jshrm)会長

東京大学法学部卒業、ミシガン大学経営大学院修了(MBA)

中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程修了(博士)

大学卒業後、富士通にて人事・労務管理業務に従事。米国ミシガン大学のビジネススクールに留学し、欧米企業のHuman Resource Management(人的資源管理)の理論を学ぶ。帰国後、リーバイ・ストラウスジャパンと日本ゼネラルモーターズの人事部門で勤務し、外資系企業における人事管理の実務を経験した。傍ら、中央大学大学院の博士後期課程に入学し、バブル崩壊後の日本における新たな人事管理の変革について研究し、博士(総合政策)を取得。1999年からは、進出して間もない米国アパレル流通業のGAPの日本法人で人事部長の職務に就き、非正規人材を活用する米国型のビジネスモデルを展開に取り組んだことから、日本における働き方や雇用の在り方についての意見発信を行なった。さらに、CitiグループやPrudentialグループでM&Aに携わったことで、日本企業の人事をグローバル化に統合する経験も積む。現在も、企業の人事実務に携わる傍らで、グローバルな競争環境において、経営に資するための人材の育成や管理の在り方について研究や発信を行っている。2021年1月より、日本人材マネジメント協会会長に就任。

著書

『非正規社員を活かす人材マネジメント』 (2003年日本経団連出版),『人事の仕組みとルール』(2005年 日本経団連出版)、『社会人の常識―仕事のハンドブック』、(2010年 日本経団連出版)

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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