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中学受験のカリスマに聞く、「子供のキャリア形成と親の関わり方」【安浪京子×倉重公太朗】第3回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

カリスマ家庭教師に聞く中学受験の功罪【安浪京子倉重公太朗】第3回

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中学受験は「国語/算数/理科/社会」の4科目を勉強しますが、この中で最も特殊な科目が「算数」です。小学校で勉強しない内容が大多数を占めること、高校入試、大学入試と同じ問題が出題されることもあるほど高度なことから、小学校で勉強する「算数」とは別物となっています。そのため「中学入試は算数で決まる」と言われるほど重要度が高くなっているのです。しかし、受験算数のテクニックを教える塾や家庭教師は首都圏に偏っているため、地方に住んでいるだけで不利になってしまいます。安浪京子先生はこのような地域格差や経済格差をどのように考えているのか聞いてみました。

<ポイント>

・子どもが1人でぼーっと好きなことができる時間を確保してあげる

・「中学受験をやって何が残るか」はマインド次第

・家庭教育の負の連鎖を断ち切るというのが大きなテーマ

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■親子の会話が子どもの強さを育てる

倉重:どこに行ってもやっていける強さを育てるためには、どういう点に意識したらいいのでしょう。

安浪:子どもの意思を去勢しないという意味で大事なのは、私は親子の会話だと思っています。それはカウンセリングでも、家庭に行ってもすぐ分かります。

倉重:関係性が分かるものなのですか?

安浪:親子関係をきちんと構築されている親御さんは、子どもに頭ごなしにものを言う事はありません。もちろん危険なことがあったら止めるのは当たり前ですが、常に子どもに考えさせるような発問をします。幼くて、判断が付かないのであれば選択肢を並べて、「この中だったどう?」と常に本人の意思を入れていきます。

倉重:本人のキャリアの自己決定ですから。「自分で選んでいるのだ」ということをきちんと選択していると、自分でも納得します。やらされたというのは、やはりよくないですよね。

安浪:別に朝ご飯を決めるのでもいいと思います。何でもかんでも一方的に与えないことです。

倉重:私も思い返してみると、中学受験は親に無理やりやらされたのですごく嫌で、全然勉強をしなかったのです。

安浪:反発しかないですよね。与えられ過ぎると癪でやりたくなくなるのは当然です

倉重:そうです。俺は「地元校に行きたいんだ」と反発しました。やはり自分が乗らないと絶対にスイッチは入らないですから。そのスイッチが入る時期が、小学校の時の人もいるし、中学3年生の人もいるし、高校2年生の人もいます。どこまで芽生えるか分からないけれども、見守ってあげるのが親だということですね。

安浪:ただ、親は本当に都合が良くて、勉強のスイッチしか見ないわけです。でも、子どもが集中するもの、例えばゲームなどの夢中になるものが絶対にあって、そのときはスイッチが入っているわけです。

倉重:夢中になっている時にそれを見つけてあげるという感じでしょうか。

安浪:無理に見つけなくていいと思いますが、熱中しているところをきちんと見守ってあげることが大切です。いろいろ手を出したがる親は、例えば子どもが熱中して絵を一生懸命描いていると、「何々ちゃんは絵が上手なのね、すごいのね、どこか絵画教室に行く?」とすぐに言います。自分で好きに描いているのだから要りません。

倉重:教室に行くとつまらなくなってしまったりしますよね。

安浪:子どもが熱中する対象は、時期によって変わっていきます。熱中している時は放っておくことが一番良い距離の取り方だと思います。

倉重:なるほど、放っておくのですね。私は完全に絵画教室に行かせるほうの親です。好きなものをとにかく探してやろうと思って、すぐ「教室に行く?」と言ってしまいます。でも、見守ることも大事なのですね。親は何もしないわけだから、勇気が要ります。どこかの教室に行かせると自分が動くので、親も安心するのかなと、今お話を聞いていて思いました。

安浪:最近の子は忙し過ぎますよね。これは中学受験で有名な塾ソムリエの西村先生ともよく話しているのですが、子どもが1人で自由にできる時間をもっと確保してあげないといけません。4年生や5年生は週2、3日と塾があるじゃないですか。そうすると、親は家にいる空き時間を全部塾の宿題で埋めようとしちゃうんですよね。

倉重:4年生ぐらいからそうですね。

安浪:塾の宿題は一通り終わっているのに、日曜日に3時間ぽかっと時間ができたら「もう一回やっておいたら」と言ってしまいます。時間を全部勉強で埋めようとする

倉重:そのほうが親は安心しますからね。

安浪:でも、それをやることによって子どものやる気が削がれて、成績が下がっていくわけです。

倉重:結局モチベーションを奪っているということですね。

安浪:そうなんです。もっと子どもが1人でぼーっと好きなことができる時間を積極的に確保してあげないと、子どもは伸びません。

倉重:意識しないとなかなかそれは難しいですよね。

安浪:はい。でも、そのときに子どもは伸びるんです。

倉重:やりたいスイッチはそうだと思います。私も原体験でゲームにはまって、突き詰めてゲームの全国大会に出たのですが、そういう経験が自分でも生きているなと思います。何かを突き詰めるという集中力や爆発力はやらせて無理やり身に付くものでもないですものね。

■中学受験はどういう心構えで望むべきか

倉重:先生の本に、「中学受験は最後の二人三脚の機会だ」と書いてありました。そういう良さはあるかなと思っています。いろいろな立場の親御さんがいらっしゃると思いますが、あえて中学受験を選択された方に向けて、どういう気持ちで臨めばいいかという考え方をぜひお話しいただきたいのですが。

安浪:それはあくまで勉強の話です。子どももまだ、そこそこ言うことを聞きますし……。でも、中学、高校に入っても大人になっても、親は子どもが悩み相談してきたらいつでも聞いてあげるべきですし、中学受験が最後という事はないですね。

倉重:子供との関係性に終わりはないですね。

安浪:なぜ中学受験が二人三脚かと言うと、やはり11歳、12歳の子が1人でやるには抱えきれない量とハードさだからです。子どもがつぶれないように親が守ってあげなくてはいけないという意味で二人三脚だと思います。親が手取り足取り勉強を教えるという意味での二人三脚ではありません。

倉重:それほど過酷なものに立ち向かう覚悟を持てという話ですね。

安浪:そうです。それだけ過酷なのだけれども、やる以上は何か身につけてほしいわけです。では何を残したいかという最初の話に戻って、中学受験をどういう目的でするのかというところです。例えば小学校で2年間成績が伸びなくても、「塾でこんなにたくさんの時間勉強したのはすごいことだよね」というのが結論の家庭があっても良いと思います。

倉重:そうしたら、やったこと自体が自信になりますからね。

安浪:そうです。一日も塾を休まなかったなど、ご家庭の価値観なので何でもいいと思います。結果を目標にしてはいけません。

倉重:なるほど。プロセスをしっかり考えて、家族で共有して同じ方向を向いていけば、どういう結果であれその子の人生にとってはマイナスではないと。

安浪:そうです。これも本に書かせていただいたのですが、やったことを振り返る時点で意味付けが変わってきます。

倉重:おっしゃるとおりです。中学で見るのか、高校で見るのか、大学で見るのかということですね。ちなみに先生が教えた最初の頃の子は社会に出ていますよね。

安浪:とっくにでています。もう子どもも生まれたりしています。

倉重:たまに再会する人はいると思います。そういう方に向けて、これからの社会で生きていくことについてアドバイスするとしたら、どのようなメッセージになりますか。社会人になった中学受験生へという感じです。

安浪:教え子たちの中には、「本当につらかった」と言う子もいますし、「楽しかった」と言う子もいます。彼らにいつも言うのは、「中学受験のために塾に行かせて、家庭教師まで付けてくれる親はなかなかいないので、そこは感謝したほうがいい」という話です。「中学受験がなかったらこうやって出会えなかった」という話もします。中学受験は学力をつけるだけではなく、人と人が出会う機会でもあるわけですよね。先生の顔も名前も忘れたけれども、言葉だけが印象に残っていることもあるでしょう。それは中学受験をしないと得られなかったものかもしれません。

倉重:確かに面白かった先生の話は、今でも思い出します。そういうものは残っています。

安浪:中学受験をくぐり抜けて、今はもう社会人になっている教え子もいます。そういう子たちに「子どもに中学受験をさせる?」と聞くと、やはり自分が嫌だった子はさせないと言います。「やってよかった」と思っている子はそれなりに成果を出している子です。だから、「私はやってよかったと思うけれども、本人の意思次第かな」という回答が返ってきます。

倉重:本人がやると言わないと難しいですよね。

安浪:子どもにもプライドがありますから。最初に倉重さんがおっしゃったように、親も頭で理想だと分かっていても、やはり偏差値や点数を見ると心が揺らぎます。中学受験の難しいところは言動が一致しないところです。子どももみんな「受験は絶対する」と言います。でも、勉強はしません。

倉重:あれは何なのでしょう。

安浪:勉強はやっぱり大変じゃないですか。基本的にはやりたくないですよね。

倉重:だったらやめてしまえと思う時もありますが。

安浪:でも、勉強は嫌だけど、それとは別に受験はしたい。受験は少しお祭りみたいなところがあるし、その先の6年間もついてくる。

倉重:きらきらしたお姉さんが格好いいというのはありますね。

安浪:だから、それは手にしたい、でも今は勉強する気ではないという心境ですね。

倉重:結果だけが欲しいわけですね。

安浪:そうです。でも、小学生ってそんなものだと思います。そこで歯を食いしばって勉強できる子が最難関に受かります。逆に言えば、そういう子しか最難関は無理です。

倉重:自分のスイッチが入っていないと本当に無理だと思います。

安浪:最難関に合格する子は、スイッチが入っていなくても、嫌でもできる強さのある子です。やらなくてはいけないと分かっていてできる子です。やりたくないものはやらないのが小学生です。「勉強はそんなに好きではないけれども、生きていく上でやはり必要だ。やらなくてはいけない」と取り組める子はもう大人ですよね。最難関に受かるのはそういう達観した子です。

倉重:そうですね。成熟度合いが高い子でないとなかなか厳しいですね。

安浪:本当にそうです。

倉重:なかなか過酷で、それでもやる価値はあるのではないかという受験に対して、ちょうど中学受験直前期になりますが、真っ最中の6年生の親御さんにアドバイスというか、エールを送っていただけますか。

安浪:中学受験は別にしてもしなくても、本当にどちらもいいわけです。ただ、やる以上はボロボロになって終わりではなく、後から振り返って「やってよかった」と思えるものが残る取り組みをしてほしいと思います。そのためには家族がバラバラでは絶対に無理で、実は夫婦仲が一番の鍵を握っています。夫婦仲が悪いところは会話がないので、意見のすり合わせができず、そうなると家族一丸となれないわけです。

倉重:うちも大体、ご飯を食べに行ったら受験の話ばかりです。

安浪:夫婦仲が良くないならば、せめて親子、お母さんと子どもでもいいし、お父さんと子どもでもいいですが、そこだけはきちんと気持ちをすり合わせてほしいなと思います。意見ではなく気持ちです。そこができればどういう結果であっても何かは残ると思います。

倉重:結果は付いてきて、それをどう捉えるかはまたその後の人生で変わってくると。キャリアと同じですね。

安浪:そうでしょうね。だから、何をやったらいいというハードではありません。「中学受験をやって何が残るか」はマインド次第だと思います。

倉重:何のためにやるのかを考えて臨むこと自体が、キャリアを自分で作っていく第一歩だと思って、家族で一致団結できるのであれば、すごくいい選択肢なのかなと思います。

安浪:私は、親が与えたものはキャリアではなく経験で、。自分で選んだものはキャリアだと考えています。

倉重:振り返って初めてキャリアは見えるものです。そうすると中学受験でも「この中学に入ったからどうなるのか」は誰にも分かりません。そのときそのときで最善の行動をするしかないということですね。その第一歩として、中学受験を本当に望むのだったら非常にいいなと思いました。

安浪:強敵だからこそ乗り越えた達成感はすごいですよ。

倉重:本当にそうですね。最後に京子先生の夢をお伺いしたいと思います。

安浪:夢ですか? 難しいことを聞きますね(笑)。

倉重:長期でも短期でも何でもいいです。人生において成し遂げたいことでも。

安浪:自分がこの業界に関わってやっている以上、この業界から足を洗う時はやはり少しでも良くしていたいです。

倉重:闇が深いといわれるこの業界を、どういうふうに変えていきたいですか。

安浪:中学受験を変えたいというより、一番やりたいことは、教育格差の是正です。教育はすごく大事ですし、国の根幹や世界、人の人生をつくっていくものです。ただ、そういった中で中学受験はとても分かりやすい。教育熱心なご家庭が多いから話を聞いてもらえます。中学受験をある程度変えるぐらいのパワーがないと、もっと広義の教育格差を是正することは難しいのだろうと思います。中学受験に関しては、今、教育格差を少しずつ埋めるような取り組みはしているのですが。

 私がなぜ家庭教師という仕事をしているのかという話にもなるのですが、家庭教育の負の連鎖を断ち切るというのが、実はすごく大きなテーマなんですよ。

倉重:それはもう親子でバトルしてしまって、潰れててしまっているような家庭ですか。

安浪:例えば、殴られて育った子は、大人になって子どもを殴って育ててしまいます。

倉重:虐待の連鎖ですね。

安浪:そうです。教育熱心な家庭では、教育虐待も同じように連鎖していくわけです。あるいは「これが嫌だったから」と反面教師としてネグレクトになったりします。そうではなく、教育はもっと多様なものなのだということを知ってほしいと思いますし、負の連鎖をとにかく断ち切りたいです。

倉重:これは本当に多くのご家庭を実際にご覧になっている先生だから発信できることでもありますよね。

安浪:非常に個人的で自分勝手な夢を言うと、きちんと料理をしたり、本を読んだり、ピアノを弾く時間が欲しいです。もう少し自分の時間が欲しいなぁ…。

倉重:なるほど。とても大切なことです。

(つづく)

対談協力:安浪 京子(やすなみ きょうこ)

株式会社アートオブエデュケーション代表取締役、算数教育家、中学受験専門カウンセラー。

神戸大学発達科学部にて教育について学ぶ。関西、関東の中学受験専門大手進学塾にて算数講師を担当、生徒アンケートでは100%の支持率を誇る。プロ家庭教師歴約20年。

中学受験算数プロ家庭教師として、算数指導だけでなく、中学受験、算数、メンタルサポートなどに関するセミナーの定期開催、特に家庭で算数力をつける独自のメソッドは多数の親子から指示を得ている。

中学受験や算数に関する著書、連載、コラムなど多数。「きょうこ先生」として、朝日小学生新聞、AERAwithKids、プレジデントファミリー、日経DUALなどで様々な悩みに答えている他、教育業界における女性起業家としてビジネス誌にも多数取り上げられている。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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