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「働く」の不幸を取り除け!組織課題へ取り組む産業医の役割【浜口伝博×倉重公太朗】最終回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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産業医が医学の専門家として関与する範囲は確実に増えています。コロナ対策や在宅勤務での労災予防を始め、メンタルヘルス問題、過重労働問題、働き手のパフォーマンス向上など、幅広い活動が産業医に期待されています。浜口先生は、法令に書かれている産業医業務だけを実施してそれ以上をしようとしない「職務提供型産業医」の時代はもう終わりを迎えていると考えています。これからは組織が抱えている課題に対して果敢に取り組んでいく専門家としての産業医が求められているのです。

<ポイント>

・労働者が産業医に直接相談してもいいのか?

・健康診断・ストレスチェックは何のために行うのか

・アウトプット型ではなくて、アウトカム型の産業医が求められている

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■事業者は労働者と産業医をつなぐ義務がある

浜口:倉重先生は、二日酔いの経験はありますか。

倉重:あります、あります。

浜口:では、分かると思いますが、二日酔いから頭痛と吐き気を引き算して、残った気分の状態がうつ病です。

倉重:なるほど。だるい、何もする気がないような。

浜口:おっしゃるとおりです。「テレビも見たくない」「本も読みたくない」「人にも会いたくない」「仕事なんかやりたくない」「仕事なんか意味があるのか」というような気分になります。

倉重:それは分かりやすいです。

浜口:だから、そもそも酒飲みはうつ病になりやすいのです(笑)。なぜ酒が体に悪いのか、なぜ運動が脳に良いのか、なぜ睡眠が大事なのか、という自律神経のメカニズムを解説してあげると、だいたいの人は、「なるほどそうなのですか。では、先生そうします」とおっしゃって、禁酒や節酒をします。

倉重:そういった話を、産業医さんに気軽に聞けると、すごく良いと思うのですけれども、一般の従業員からすると、やはりハードルが高いと感じる人もいるのではないでしょうか。

浜口:いや、そのようなことがあるといけないので、昨年(2019年)の4月に労働安全衛生法第13条が改正されて、労働者が健康相談したいことがあれば、事業者は、産業医につなぐ仕組みをつくらなければならないと義務化さました。ですので「月に1回しか産業医が来ていない、そのときを逃したらもう相談ができない」ということはないのです。労働者が「先生にちょっと相談したい」と言ったら、事業者は「いつでも」産業医とつなぐ義務があるのです。

倉重:実際に産業医の先生側としても、労働者側から言ってきてもらえるほうがありがたいですよね。

浜口:私はそう思う方ですれど、嫌がる先生もいるようです。ですから最初の産業医契約の際にきちんと決めごとをしておくことが大切です。何かあったときに、先生に電話やメール、Zoomで連絡をとったり、あるいは労働者を先生のクリニックに行かせたりする。あるいは臨時に産業医に会社に来ていただくなどを決めておいて、それらの情報を社員にもオープンにしておくべきです。

倉重:どの範囲でやるかを、きちんと決めておくのですね。

浜口:そしてそれに見合うように報酬も決めればいい。私はクライアントにはオープンに、「私にいつ電話しても、メールしてもいいです」と伝えていますし、もちろん臨時でその会社に出勤することもあります。

倉重:素晴らしいです。いや、こういう産業医の方が増えてほしいです。

浜口:何かあったときに、「浜口先生にちょっと連絡をして」とつながることができるので、企業も安心します。それと作業があったからと言って都度の従量制課金はしていません。産業医なんですから、いつでも稼働OKとしています。

■企業はどのように産業医を探したらいいのか?

倉重:そういう意味で、企業は、どうやって産業医を探したらいいのですか。そもそも、産業医にたどり着かないような企業もいると思うのですけれども。

浜口:良い先生たちはいいグループが自然と出来上がっています。ですから、知り合いを通してたどっていくと必ず良質な集団に出会うはずです。

倉重:では、浜口先生に相談してみると。

浜口:もちろん私からでも、たどっていくことは可能ですが、先ほど言った日本産業衛生学会の専門医事務局などにも連絡したらいいと思います。産業衛生学会の事務局に行くと、全国の専門医リストが用意されています。それから、私が先ほど言った、産業医アドバンスト研修会に、「どなたかいませんか」というメールを送ってもらっても対応が可能です(笑)。

倉重:そうなのですね。

浜口:いい産業医を探そうと思うのなら、積極的に動くことです。ネットで調べていくと、ちゃんとしたところもありますが、ろくでもないところもあるので、気を付けてください。

倉重:やはりそうですか。

浜口:産業医を調べていくと、「他社よりも1円でも安くします」というところがあります。

倉重:ヤマダ電機のようですね。

浜口:本当、もう、「俺たち、家電かい!」って、感じです。

倉重:ちなみに先生は、「もし産業医がドラッカーの『マネジメント』を読んだら」という講演をされていたようですが、これはどのような話をされたのですか。

浜口:大半の医者は、大学時代もその後の病院でも医学のことしか勉強しません。そうすると、会社という組織がまったくわかりませんし、組織で物事を決めていくプロセスや、マネジメントについてまったく知識がないのです。産業医の位置づけは、多くの会社で人事の下にいることが多いと思うのですが、人事のことさえもよく理解していません。

倉重:確かに、一般会社組織が分からないですものね。

浜口:人事のことはもちろんですが、労働衛生のマネジメント、組織のマネジメント、安全衛生委員会の動かし方や産業医ポジションについても分かっていません。産業医活動は、企業活動の一環です。産業医一人では何も動かないことなどを含めて、まずは知っていただく必要があります。

倉重:そういうふうに、医学だけではなくて、きちんと組織のこと、それから人のこと、新たな問題の解決意識を持った産業医さんが増えていってほしいと思います。

浜口:冒頭の話に戻りますが、仕事をして不幸になる人をつくらないためには、その会社の文化や制度、マネジメントの様式などを、よく理解した上で、時代や現実に合った働き方の様式に修正していかなければいけません。医学の目で見て、組織運営のどこかにちょっとした瑕疵(かし)を見つけたら、「これは修正したほうがいい」あるいは、「こういう通達がでたから、わが社でも採用しておかないとまずいよ」ということが出てきます。組織、職場、働き方を適切に変えていかないと、適切な労働生活は実現できません。企業が発展していって、従業員の皆さんが喜び合う姿を見るのは仲間としてホントうれしいですよね。

倉重:いいですね。産業医ならではのやりがいポイントですよね。

浜口:そうです。そのためには、やはり変えるべき仕組みがあります。働く仕組み、健康を守る仕組み、快適さを上げる仕組み、人間関係が良くなる仕組みです。そういったところに産業医が関わっていけるという方向性もうれしいですね。例えば、ストレスチェックがありますよね。

倉重:はい。

浜口:ストレスチェックをよく理解していない人が多いように感じます。健康診断やストレスチェックは何のためにやっているのか、よく整理できないままに、「法律で決まっているからやっている」という事業者もいます。

倉重:そうなのでしょうね。

浜口:ストレスチェックは職場の健康診断という位置づけで考えればいいのです。職場にどのくらいのストレスリスクが存在しているのかを定量するために行っています。同様に健康診断は受診した労働者の健康リスクを把握するために行っているのですが、これも果たしてどうして行っているかを理解しないまま実施している事業者も多くいます。もともと健診は労働者の体力検査からはじまって、そこに結核健診が加わって、、、という経緯もあって、今さら健康診断の目的はと言われてもよくわからないのです。実際健診で、肝機能の、GOT、GPTなどを測って労働とどう関係があるというのでしょう? 聴力測定やって意味があるの? なんて私も思います。せいぜいこれに対する答えと言えば、しないよりはいいし、労働者の福利厚生としても価値がある・・・なんていう答えが来るくらいです。そんなに必要なら、じゃあ米国やヨーロッパでも定期健診しているのかというと、どこもしていない。この事実はまずい、と私はずっと懸念していて、どこかに名答を探していました。すると幸運にも、最高の意味づけチャンスが訪れたのが平成20年の特定健診でした。私は当時本件の厚労省委員をしていましたが、長くなるので簡潔に言うと、日本は世界にない独特の労災問題、過労死問題をずっと抱えてきていましたので、過労死関連である循環器系疾患の対策として健診を活用すべきで、定期健診は過重労働災害を防止するための予防活動である、という位置づけができた、ということです。もとより健康診断は、適正管理のために使うものですが、ここにおいて、「あなたは健診結果から見て、残業はダメです」という根拠として健診結果を使うことができる、というわけです。産業現場において、脳心臓循環器系疾患の管理は重要なテーマなのです。

倉重:脳心臓疾患に関する労災がらみは裁判例がいくつもありますね。

浜口:それはもう倉重先生は、何件も取り組まれているのではないかと思いますけれども。労災については、事業者は絶対的に防止しなければいけません。脳心臓循環器系疾患のリスクは、だいたいわかっています。1番が高血圧。2番が喫煙、そして、高血糖、肥満、高脂血症という感じです。特定健診が平成20年から始まって、健診は事業者がして、保険者が保健指導を徹底する、つまりメタボや糖尿病、脳心臓循環器病を減らすという活動が取り組まれました。まあ、言えば後付けの意味合いなのですけれども、当時これで健診の価値が明確になったので私自身は非常に晴れやかな気持ちになったことを思い出します。

■ストレスチェックは会社の健康診断

倉重:これは、ストレスチェックも同じですか。

浜口:ストレスチェックの目的は、ストレスという側面で職場を健康診断することです。労働者個々人のメンタルヘルスをチェックして病気探しをする検査ではありません。ストレスチェックの主眼は職場という単位です。

倉重:集団分析ですね。個人というよりも、集団分析の結果、部署の偏りを見つけるためのものなのですね。その位置付けは分かりやすいです。

浜口:ストレスチェックで職場を分析すると、職場単位でどういう傾向なのかをつかむことができます。何が問題なのかが分かるわけです。とくに受検率が9割以上だったら、その確度も高いと言えると思いますが、参加者が4~5割だとデータの信用が下がります。

倉重:最後に、これから産業医業界がどうなっていくかも含めてお話いただけますか。先生の夢もお伺いしたいのですけれども。

浜口:ありがとうございます。産業医の存在必要は、そもそも職場が安全でないこと、不衛生であること、職場は危ない、という背景からきています。労災防止はもちろんですが、リスクのある職務と健康との間の医学的適正管理の実践者として産業医は職場に配置されています。これらは法的要求でもありますが、それに加えて職場がかかえる現実の課題を事業者と共有して、課題解決を進めていくという役割が期待されていると思います。コミュニケーションをよくして企業から信頼され、スキルや情報をおしみなく提供して、職場の改善と従業員の健康増進を進めたいですね。

倉重:本当にそうです。

浜口:どこの企業にも課題があって、問題のある人もたくさんいます。「産業医にこんなことまで相談していいのか」と思うこともあるかもしれませんが、とにかく気楽に相談されるような雰囲気や日頃からのコミュニケーションが必要です。場合によっては「私はできないけれども、ここの専門家を紹介する」でもいいですし、ときには「それは人事のマターだから、人事でお願いします」という場合もあるでしょう。人事もその線引きが分からないので、きちんと交通整理してあげて、産業医が関わることで解決できるものは積極的に関わってあげることが必要です。

倉重:全く同感です。われわれ法律家も、やはり紛争が起こってから裁判などで対処するよりも、規定の運用であったり、研修であったりで予防していこうと話しています。これを今の事務所でメインにしていまして、相談した結果、「裁判にさせない事務所」を目指そうと思っています。

浜口:素晴らしいです。そういうことを「予防法学」と言うらしいですね。

倉重:まさに、それをメインでしていきたいと思っています。数々の悲しい事件を担当して、そういう発想に至りました。

浜口:そのようなつらいストーリーを防げなかったという残念さもあることでしょう。

倉重:そうです。個人的にも普段から関わっていって、そういう意味でさらに一歩入っていきたいというところは、全く同じだと思いました。

浜口:やはり防げるものは防ぎましょう。

倉重:全くそのとおりです。多くの人の幸福の絶対値を最大化したいと思います。

浜口:いいですねぇ。これからの時代は、やはりアウトプット型(法的要求を定型として実施するタイプ)の産業医ではなくて、アウトカム型(職場課題を解決するタイプ)の産業医が求められていると思います。産業医が活動することで、「何かを達成した」「役に立った」と言われたいですね。講演でも言うのですが、臨床医は診断をして、薬を出して、手術をして、で終わりではありません。そういう専門的作業を通して、患者さんの病を治し、障害を軽減していく実践者のはずです。産業医も同じで、専門家として活動して、どこまで職場が改善したのか(治ったのか)を見届けるのが産業医の仕事です。医療の世界ではそこまでするのに、「なぜ先生方は担当企業において、産業医としてそこまでしないのですか?」と伝えています。

倉重:やはり産業医も法律家も一緒に走る伴走者でありたいと思っています。

浜口:おっしゃるとおりです。

(おわり)

対談協力:浜口伝博(はまぐち つたひろ)

産業医科大学医学部卒業。病院勤務後、(株)東芝および日本IBM(株)にて専属産業医として勤務。

(株)東芝では、全社安全保健センター産業医を務め、日本IBM(株)では、統括産業医、アジアパシフィック産業医を担当した。同時に、日本産業衛生学会理事、東京都医師会産業保健委員、厚労省委員会委員としても活躍する。現在、産業医、労働衛生コンサルタント、産業保健コンサルタントとして活躍中。

企業・団体での講演や医師会産業医研修会での講師担当も多い。 受賞歴:産業医学推進賞、日本産業衛生学会奨励賞、中央労働基準局局長賞、産業医科大学基本講座最優秀講師賞など。 教育:産業医科大学産業衛生教授、東海大学医学部講師、順天堂大学医学部講師としても学生を指導している。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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