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テレワークのプロに聞く、生産性を上げる7つのルール【越川慎司×倉重公太朗】第3回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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働き方改革が叫ばれて久しい世の中ですが、「働き方改革」や「テレワーク」を行うこと自体が目的になってしまい、なかなか成果が出ない会社もあるようです。企業の利益を向上させ、社員の働きがいを向上させる「真の働き方改革」を実現するにはどうすればよいのでしょうか? 働き方に関するさまざまな著書を持つ越川慎司さんに、生産性が下がってしまう原因や、その対策方法について聞きました。

<ポイント>

・目の前に部下がいない管理職の管理の仕方

・対面することがプレミアムなイベントなる

・変化の激しい中で成果を出し続ける人材になるには

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■在宅勤務で怠ける人は出社してもさぼる

倉重:テレワークは人事評価が難しいというような話も聞きますが、この辺はいかがですか。

越川:テレワークによくある「在宅勤務をさぼるのではないか問題」を何とか解明したかったので、弊社の調査結果を紹介します。緊急事態宣言が起きる前に、約300名の在宅勤務者にご協力いただいて、作業の記録を取りました。本人が特定されない形で在宅勤務の時にどういう作業をしていたのか、うちの会社でデータを集積したのです。そうしたら、どの企業にも14%はさぼる人がいました。何をしていたかというと、一日中ソリティアや戦艦ゲーム、オンラインショップをしているのです。衝撃的だったのが、在宅勤務でさぼっていた14%を追跡調査したら、そのうち94%が出勤していてもさぼっていたということです。

倉重:元からさぼっているという話ですね。

越川:そうです。ここで分かったのは、さぼる原因は場所ではなく、職責と評価にあるということです。その人の責任が何か、何をしたら怒られ、何をしたら評価されるのか。これがしっかり決まっていないと、さぼる人が出るということです。

倉重:そもそもモチベーションを失っているなど、エンゲージメントがまったくない人もいますよね。

越川:そうですね。僕は「さぼる」の定義を変えたいと思っているのです。例えば5日間で仕上げなくてはいけない作業があったとします。これを5日間ではなく4日間でこなした優秀な方がいたとします。この空いた1日をさぼると定義するのは、僕は違うと思います。

倉重:まったくですね。

越川:5日間のものを4日間で終えたわけですから、僕は1日休んでいいと思っています。やはり評価制度や職責はすごく重要なのではないでしょうか。

倉重:そこで早く仕事が終わってしまうと、「では、これも、これも」と、どんどん仕事が降ってくこともありますよね。

越川:うちの会社が週休3日にこだわるのは、そういうところです。労働時間ではなく、残した成果を評価してもらうことを何とか浸透させたいと思っています。

倉重:早く終わらせた人だけに仕事が振られると、「損しているのではないか」という話になってしまいますからね。

越川:やはり労働時間によって評価がされてしまうので、優秀な人が早く仕事を終えると、その人にまた仕事が振られてしまいます。同じ時間働いているけれども、2倍も3倍も仕事して、評価はボーナスで数万円ぐらいしか変わらない。

倉重:それは上司の仕事の振り方にそもそも問題があるか、きちんとした処遇ができていないという話ですね。

越川:おっしゃるとおりです。テレワーク中は上司と部下がしっかりと会話をして、行動目標を決めてもらいたいのです。経理であればきちんと会計、決算をするなど。この四半期は何をするか、今月は何をするか、今週は何をするかというように行動目標を定めます。例えば「今週は先月よりもPowerPointの作成時間を5%減らしていこう」とか、「ExcelではなくAIを使ってみよう」ということを、上司と部下で話し合うのです。良かったら褒めてあげて、ダメだったら違う策を考える。これで、さぼる、さぼらない問題からは卒業できると思います。

倉重:何となくの成果ではなくて、具体的な行動まで落とし込むということですね。

越川:そうです。上司と部下の対話の中でしていただきたいのは、行動目標を一緒に考えて実行することです。ぜひオンライン会議の中でも、テレワークでも実践していただきたいです。

倉重:あまり細かく行動監視をして、マイクロマネジメントのようになってしまうと危なくないですか。

越川:おっしゃるとおりです。行動目標、いわゆる山の頂上だけ決めて、登り方は任せることが大切です。管理職の方に「目の前に部下がいないテレワーク時代の管理職トレーニング」というプログラムを毎日のようにオンラインで提供しているのですが、時間で管理する労務管理は、労働基準法上は必要だと思います。しかし、勇気を持って任せるという性善説を持たないと部下が育ちません。行動目標だけ設定して任せてみる。到達できなかったら、山の登り方が合っていないので、違う方法を考えるほうが建設的だと思います。

倉重:テレワークは信頼できるチームというのが大前提ですよね。

越川:そうです。隠し事をしない、腹を割って話せるという心理的安全性があって、「共通目標を持って任せておいたら達成する」という姿を目指さないといけません。達成する人にはより自由を与える。成果が出ない人には、自由を制御して仕事のやり方も含めて指導するのが新時代のリーダーに求められることです。

倉重:本当にこのあたりで労働法の解雇規制を変えてほしいです。経営の足かせになっているなとよく思います。特にテレワークですと信頼関係が築けない人とは一緒に仕事ができません。

越川:「一日ソリティアをしている人が、なぜ解雇にならないのか」ということですよね。完全なジョブ型にはならないとは思いますが、今のメンバーシップ型では限界があることは経営者も分かっています。

かつ、働く人たちも今回テレワークを体験したことによって、「仕事=出勤すること」ではないと分かったわけです。「働いたことによって生みだした成果を評価してもらう」「それを達成するためにはどういう行動をすればいいのだろう」ということを、いま一度、働く個人と人事部、経営者が三位一体となって考えるべきだと思います。

倉重:会社側、人事側としても、どこまでテレワークの中で管理すべきか非常に悩まれていたと思います。さらに言えば、「これは業務委託でもできるのではないか?」「正社員である必要があるのだろうか」と悩む経営者もいたことでしょう。メンバーシップ型は、なくなりはしないけれども、長期的には縮小はしていくのだろうなと思っています。

越川:そうですね。僕もメンバーシップ型に反対しているわけではありません。例えば長期間で特定の技術を学ぶという形はメンバーシップ型が向いています。若い人たちに時間をかけて訓練させていくわけですから。ドイツや日本のように自動車産業がある国は、やはりギルド制や徒弟制、終身雇用があります。技能を後世に残すという意味では賛成です。ではホワイトワーカーに長期の育成が必要かというと、そうではないと思います。今後はジョブ型とメンバーシップ型のハイブリッド型になっていくのではないでしょうか。

■個人が目指すべきは稼ぎ方改革

倉重:一方で、エンプロイアビリティといいますか、労働者側の「雇われ力」を高めていくためには、どういう点を意識したらいいでしょうか。

越川:僕は、働き方改革を目指さないほうがいいと思っています。働き方改革は、労働時間を減らすことが目的になっています。個人が目指すべきは稼ぎ方改革です。残念ながら、65歳で定年退職を迎えた後に仕事をしないというのは、現実的には無理な状態です。

倉重:年金が2,000万足りませんからね。

越川:そういう意味では、「どういう技能を身につければ、長く社会で必要とされるか」を考えるほうがスマートだと思っています。労働時間の短縮は必要です。いつまでも派手なPowerPointを作るべきではありません。働く個人としてやるべきなのは、作業を見直して、無駄なものをやめること。そうすると時間が生み出されますので、その時間を未来に必要な学び方改革に費やしてほしい。

社内で評価され、かつ市場価値も上がるスキルを空いた時間で磨く。そうすると未来の投資になります。今ならAIやエンジニア、PowerPointを使って営業案件を取る方のほうが時給は高いです。自分のプロフェッショナリズムをどう磨いていったらいいのかと考えて、学んでいく姿勢が欠かせません。これが労働者としてさびないやり方ではないかと思います。

倉重:本質的な話になってきたと思っているのですが、冒頭のほうで、ご自身の体験から「長時間労働はさせるべきではない」というお話がありました。一方で、寝食を忘れて仕事をしたからこそ、今の仕事ができているのではないかとも思っています。そういった狭間の中で、今の若い人はどうしたらいいのでしょうか?

越川:僕は早く帰ることだけが働き方改革ではないと思います。仕事とプライベートのバランスを取るのは、会社ではなく個人が主体であるべきです。仮にバランスを取るとしたら、僕は一生の中でバランスを取りたいと思っています。例えば体力のある若手の時はバリバリ仕事をして、労働基準法の36協定の中で十分に技能やスキルを磨いていく。60、70歳を超えたら体力的に長時間労働はできません。僕が今週休3日勤務をしている理由は、家族のケアがあるからです。ライフステージが変われば、育児や介護をする方などは増えていきます。状況に応じて働ける時は働く、そうではない時は短時間で成果を出すという働き方の選択肢を持っておくことはすごく重要ではないでしょうか。

かつて僕がしたような3~4時間睡眠は大反対です。これは絶対にしないほうがいい。ただ、自分を磨く時間を作りださないと、変化に対応できず錆びてしまいます。若いうちから、仕事が終わってないのに「ワークライフバランスだから」といって帰ったり、「終業後は勉強しない」と決めたりすると、本質から離れていくと思います。人生の中で今自分が力を入れるべきものをわきまえて、オン・オフやアクセルを踏むかどうかを調整していただきたいと思います。

倉重:今まではどの企業も、若者に「やれ」と言って仕事を仕込んでいました。労働時間の上限規制で月45時間までしかできなくなると、空いた時間に何をするかは、その人に委ねられますよね。

越川:そうです。働き方改革は追い風だと思っています。僕が24年前に社会人になった時は、上司から「言われた事だけをやれ」と言われました。それで評価されるので、すごくラクだったのです。今現場の方々が苦労しているのは、「自分で考えてやれ」と言われることです。仕事のやり方を教えてもらったことがないのに、「労働時間は減らせ」「ただし、売上は達成しろ」と、理不尽なことを言われています。その方法は自分で探さなければいけません。個人で行動実験して「これはやって良かったな」「これは悪かったな」と分析して変容していかないと、長く社会に貢献するのは難しいのではないかと思います。

■幸せとは「自己選択権」を持つこと

倉重:この対談は20代のサラリーマンも読んでいますので、ぜひ若い方にもアドバイスを、お願いします。

越川:若い方の中には自由を求める方も多いと思いますが、幸せとは何かというと、自己選択権を持つことです。「これをする」「しない」というスイッチを自分で持っていたいという欲求です。実は収入よりも、幸せとすごく相関関係があります。

倉重:自分で決めるということですね。

越川:おっしゃるとおりです。ですから、自由だけをもらおうとするのではなく、「自由と責任を勝ち取るためには、どういう働き方をしたらいいか」ということを若い方々には考えていただきたいです。「責任のある仕事を任せてもらうためにはどうしたらいいか」という観点を持ち、変化の激しい中で成果を出し続けていただきたいと思います。

倉重:「今している仕事が将来につながるか不安です」という人もいますが、それは誰にも分かりません。スティーブン・ジョブズのConnecting The Dotsという話ですよね。

越川:おっしゃるとおりです。キャリアの7割が偶然で生成されますので。今日倉重さんとお会いするのも偶然です。そういった偶然に気づくためには、ある程度時間と精神の余裕が必要だと思います。

倉重:常に興味関心ある分野のアンテナも張っていないといけないですね。

越川:そうです。労働時間を削減するだけではなく、時間を自分で生み出すというポジティブな方向に考えていただいて、勇気を持って無駄な事はやめる。結果として使われない派手な資料作成をやめることは個人でもできます。

■会う意味を考える

倉重:コロナ禍でテレワークを始めて、名刺交換をする機会や飲み会などもすごく減りました。その分会ったことのない人に会う機会を積極的に増やそうと思って、まだリアルではお会いしたことがないですが、今回越川さんをご紹介いただいた次第です。

越川:コロナの影響は当分続きますから、多くの方にとって、「実際に会う」ことがプレミアムな体験になっていくっていくと思います。

「人と会う時は情報共有よりも交渉事のほうがいい」「会ったときに腹を割って話せるような関係性をつくっておけばテレワークもうまくいく」というふうに、対面とオンラインをうまく切り分けて、変化に対応していただければと思います。

倉重:うちの事務所の場合は、わざわざ会う時はおいしいランチ、カレーでも食べようと決めています。「会う意味を考える」ということですね。

あともう一つ、選択権を握るのはすごく大事です。自分の人生を誰かにコントロールされると精神的にも不安定になります。「会社に運命をたくします」ではなくて、「自分でやる」という実力があって初めて選択権も出てきますよね。

越川:そうです。自己選択権を得るためには、会社で「すべき事」「したい事」「できる事」の3つを勝ち取っていくことを長期的に考えていただかなければなりません。

特に若手の方々は、「すぐにでも会社を辞めてやろう」というところから少しとどまって、人生設計を考えてほしいです。やりたい事だけやれる世の中ではありません。8割以上のやりたくない仕事をして給料がもらえる仕組みになっています。やらなくてはいけない事をこなし、できる事を増やしていく。その中でやりたい事が偶発的に出てくるという、3つの円が重なったところが、「働きがい」であるという考えを持って欲しいです。

僕も昔はコピー取りやお茶くみなどをしていましたし、そこで信頼を得たことによって、企画書を任されるという自由もいただきました。それをぜひ理解していただきたいと思います。

(つづく)

対談協力:越川慎司(こしかわ しんじ)

株式会社クロスリバー 社長

株式会社キャスター事業責任者

通信会社、ITベンチャーの起業を経て、2005年にマイクロソフトに入社。業務執行役員としてPowerPointやTeamsなどの事業責任者等を歴任。2017年に株式会社クロスリバーを設立、メンバー全員が週休3日・リモートワーク・複業で、600社以上の働き方改革を支援。これまで10冊出版、最新刊は『働く時間は短くして、最高の成果を出し続ける方法』

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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