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テレワークのプロに聞く、生産性を上げる7つのルール【越川慎司×倉重公太朗】第1回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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今回のゲストは、株式会社クロスリバー 代表取締役社長の越川慎司さん。国内大手通信会社、外資系通信会社に勤務し、ITベンチャーの起業を経て、2005年に米マイクロソフトに入社。のちに日本マイクロソフト業務執行役員としてPowerPointやTeamsなどの責任者等を務めています。現在、週休3日で企業の働き方改革やテレワークの定着支援をしている越川さんに、短時間で成果を出す秘訣について聞きました。

<ポイント>

・週休3日の会社を設立した理由は?

・生産性が上がるPowerPointの資料のつくりかた

・雑談で生産性がアップする

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■短時間で成果を出し続けるには?

倉重:今回は、おそらく皆さんも使ったことのある某ビデオ会議ツールの普及に携わっておられた越川慎司さんにお越しいただきました。最近出版された『世界一わかりやすいテレワーク入門BOOK』という本の監修もされています。テレワークが積極的に行われている中で、どう生産性を上げていくかという話を聞いていきたいと思います。越川さん、どうぞよろしくお願いします。

越川:よろしくお願いします。クロスリバーの越川です。ご紹介にあったとおり、テクノロジーのバックグラウンドを持っています。前職はマイクロソフトに11年半いて、皆さんがお使いのPowerPointやExcel、オンライン会議ではSkypeやTeamsの責任者をさせていただきました。

倉重:そうなのですか。本当にお世話になっています。

越川:Webexというウェブ会議サービスの立ち上げにも関わり、その時の同僚にZoom創業者のエリック・ヤンがいました。そういった意味ではオンライン会議に関わった期間は長いのかなと思います。

倉重:何年ぐらい前から関わっていたのですか。

越川:僕がオンライン会議サービスの提供を開始したのが2002年なので、もう18年ぐらい前です。そこからウェブエックスはシスコという会社に買収されてしまい、私はマイクロソフトに入りました。エリックはシスコ・ウェブエックスに残り続けた後、自分でZoomという会社を立ち上げたのです。

倉重:その一方で、キャリアのファーストステップは、思い切りドメスティックな会社なのですよね?

越川:はい。24年前に新卒でNTTというコテコテの大企業に入社しました。毎朝ラジオ体操を第2までするような会社です。そこでしっかりと教育してもらいました。

振り返って良かったと思うことは、マイクロソフトというジョブ型の成果主義の会社と、NTTというメンバーシップ重視で年功序列の会社、他にも日本の中小企業や海外のベンチャー企業を経験させていただいたことです。その経験が今のテレワーク支援につながっていると感じています。

倉重:今とはまったく違うキャリアのスタートだったということですよね。

越川:そうです。昔は週に1回ぐらいしか家に帰れないような過酷な労働環境の会社でも働いていました。そこからいろいろな経験を得て、「徹夜してまで仕事をするべきではない」と思ったのです。途中で少し体を壊したこともあって、「短い時間で成果を出し続けるにはどうしたらいいか」ということに悩みました。勇気を出してマイクロソフトを飛び出し2017年に起業して、今は働き方やテレワークの支援を延べ605社にさせていただいています。

今うちのメンバー39名が世界中に点在しているのですが、3年以上全員がテレワークしています。事務所をなくして、全員週休3日で複業でないと入社できない会社という変わった働き方を実践しているのです。

倉重:全員複業というのは、すごいですね。

越川:複業でないと入れない会社です。医師やお坊さん、経営者など、いろいろな経験を持った方に集まっていただいて、「アベンジャーズ」をつくりました。

倉重:最強チームという感じですね。

越川:それぞれの強みや弱みを掛け合わせて、お客様の複雑な課題を、スピード感をもって解決していく集団です。

倉重:やはり「生産性を上げよう」「労働時間を短くしよう」というのは、体調が悪くなるほど働いてしまったという経験から来ているのですか。

越川:20代と30代で仕事が好きでたまらなくて、寝る暇を惜しんで没頭していたのです。大きな責任のある何千億円というビジネスを任せていただき、充実感がありました。その反面仕事がすごく詰まり、睡眠時間を削り続けた結果、朝起きられなくなり、精神的に病んでしまったのです。

100年ライフで70代になっても働かなくてはいけない時代に、一回折れてしまうと大変です。このときに「ルールを変えよう」と思いました。うちでは「より短時間でより大きな成果を残す」というルールを強制的に課するために週休3日にしました。そしてメンバー全員に「睡眠時間7時間以上」を義務付けています。さらに、「週30時間以上働いてはいけない」という条件で仕事をしてもらっているのです。

倉重:素晴らしいです。法定労働時間は週40時間ですが、それよりさらに少ないですね。

越川:週休3日なので、7.5時間×4日ということで30時間です。メンバーは複業で他の仕事もしていますが、それを入れても週に37.5時間を越えることはないようにしてもらっています。

■テクノロジーが働き方を変えるのではない

倉重:過去に働き過ぎてメンタルに来てしまった時も、嫌々仕事をさせられていたわけではなく、むしろ寝食を忘れて没頭していたとのですよね。

越川:当時は仕事が楽しくてしかたなかったのです。30代前半で起業した時は、食べる暇もないくらい仕事をしていました。ただ、今振り返ると、長く働いている自分に酔っていたのかもしれません。当時は凝ったPowerPointを作ることにこだわっていたり、Excelのマクロを組んだりすることで、少し自慢げになっていました。

倉重:誰しもそういう時期はありますよね。

越川:まさかその後にExcelとPowerPointの責任者になるとは思っていませんでしたが。マイクロソフトにいた時に気づいたのは、「SkypeやPowerPointなどのテクノロジーが働き方を変えるのではない」ということです。人が働き方を変える時にこういったテクノロジーが役に立つのです。

倉重:手段と目的の関係ですね。これを間違えてはいけません。

越川:そうです。働き方改革やテレワークに成功している企業が約12パーセントしかいないのは、手段を目的化してしまっているからです。働き方改革や、テレワークが目的になっている企業は、成功の定義が決まっていないので、なかなかうまくいきません。

倉重:「労働時間を減らすこと」が目的になっているのも同じですよね。

越川:おっしゃるとおりです。労働時間とともにモチベーションや売上も下がってしまうのは、やはり本質からずれていると思います。

テレワークや働き方改革を含めて、目指すべき山の頂上は、会社が成長することと、社員が働きがいを持って幸せになることの2つです。

その両立のために、必要であれば、今の働き方を変えていきます。働き方改革もテレワークも、山登りと同じく、目的が明確でなければ山頂にたどり着くことはできません。それがマイクロソフトにいた時に分かりました。テクノロジーは得意なほうですが、それよりもコミュニケーションや文化をつくること、意識を変えることで企業のご支援をしているのが現状です。

■7割の会社がテレワークをやめている

倉重:テレワークは緊急事態宣言下である種強制的に始まりましたが、今はどうなっていますか。結構な会社が元に戻っているのでしょうか?

越川:残念ながら7割ぐらいが戻っています。328社を対象にした弊社の調査では、「緊急事態宣言時にテレワークをしましたか」という質問に約83%が「(どこかしらの部門で)やっています」と答えていました。緊急事態宣言が明けた6月1日からは、「在宅勤務をしてもよい」という曖昧なガイドラインの中で、「上司が出社するから出社しよう」という社員が増え、通勤ラッシュが戻ってきているようです。

倉重:現場に行かなくてはならない仕事であれば分かるのですが、テレワークが可能な会社が元に戻す理由は何でしょうか?

越川:すごく重要なキーワードは「心理的安全性」だと思っています。「心理的安全性」とは、好きな事を話しても安全である、腹を割って話せるという状態です。これが上司と部下の間でできていないところは、過剰な忖度(そんたく)や気遣いが発生します。上司が出社するから部下も出社する。または上司のために資料を作っておくのです。業務改善をしていく中で、PowerPointの資料の23%が過剰な気遣いのために作られていることがわかりました。その資料の8割以上が実際には使われていません。

倉重:それは無駄ですね。

越川:僕も社内ではExcel利用を禁止にしていますし、PowerPointの資料は私自ら作らないようにしています。

倉重:Excel禁止だと、計算はどうしているのですか。

越川:データの解析は全てAIにやらせています。5万人のアンケートの集計や分析も、AIなら数秒でしてくれるのです。

倉重:数式を組んで数列を入れることはしないのですね。

越川:自分でマクロや数式を組むのももちろんいいのですが、AIに解析させたほうが圧倒的に効率は高まります。全てをAIで自動化するのは無理ですが、「Excelを使わないようにする」という目的を頂上として設定すると、みんなが無駄なデータを集めなくなるので、効率がすごく高まります。

「不必要な事をしない」というのがテレワーク、働き方改革の本質だと思っています。PowerPointの効果についても、責任者の時からすごく疑問でした。派手でグラフィカルなPowerPointが本当に効果があるのか、誰も検証できていなかったのです。

倉重:自己満足ではないかと。

越川:そうです。その検証のために2年を費やしました。全国の826名の予算を持っている意思決定者の方々を訪問して、「あなたの意思決定に影響を与えたPowerPoint資料はどういうものですか」と聞いて回りました。

僕は、PowerPointは作ることが目的ではなく、人を思いどおりに動かすためのツールだと思っています。ですから、実際に動かすことができた資料はどういうものだったのか、秘密保持契約のもとに5万枚のPowerPointを集めました。そのデータをAIに分析させた結果、「1スライド105文字以内」「配色は3色以内」「アイコンは4つ以内」「矢印は5つ以内」などのルールが現れたのです。

そういったルールが本当に有効なのか試すために、昨年の7~9月に、8社4,513名のビジネスパーソンに協力していただいて、「提案資料をこのルールにのっとって作り変えてください」とお願いしました。

倉重:それは面白いですね。

越川:そしたら、作成時間が2割減り、提案している商材やコンテンツの成約率が22%上がったのです。これが働き方改革の本質なのではないかと思います。自分の作業を振り返って、「テレワークの何が問題なのか」「Excelの何が無駄だったのか」を止まって考えるには、この緊急事態宣言は、すごくいい機会だったのではないでしょうか。

倉重:それをきっかけに大きく変われるところもありますからね。

越川:そういった意味では、この3カ月間、全世界で行動実験ができたと思います。この行動実験で学んだ事、例えば「会議よりも会話のほうが必要だ」「幸せは人とのふれあいで出てくるのだ」「無駄な社内会議がこんなにあった」という気づきを、ポストコロナ、ウィズコロナに生かしていく。それが企業としての変化の対応力につながっていくのではないかと思います。

■雑談で心理的安全性を確保する

倉重:私の法律事務所もテレワークを今でも継続しているのですが、やはり「雑談は大事だな」など、改めて気付きますよね。

越川:僕はテレワークの成功のルールを7つ導き出し、多くの企業に提供しています。ルールの1つ目は「雑談で心理的安全性を確保する」ということです。腹を割って話せる関係性は、実は会話や雑談から生まれます。例えば、私たちのクライアントは今29社、16万3,000人ですが、「社内会議の冒頭2分間は雑談してください」とお願いしているのです。雑談を入れることによって、アイデアが出る数は1.7倍に上がりますし、時間どおりに終わる確率も1.2倍上がります。意見がどんどん出たほうが会議のアウトプットにつながるので、腹を割って話すことで心理的安全性が確保できるのです。

倉重:準備運動のようなものですね。

越川:出社した時は自然と雑談や会話をしていたと思います。テレワークはそれができないので、「ぜひ雑談を入れてください」という話をしています。上司の方々は、「部下の対応をどうしたらいいか」とすごく苦労しています。報告、連絡、相談はもう古いので、報告、連絡、相談(ほうれんそう)ではなく、雑談、相談ができる関係性です。

倉重:雑、相(ざっそう)ですね。前にこの対談に出て頂いたソニックガーデンの倉貫さんもそう仰っていました。

越川:そうです。最近は、「雑談で何を話したらいいですか」という上司の方からの相談が増えています。

倉重:雑談ネタに困るというやつですね。

越川:雑談は他のメンバーとの共通点を探すコミュニケーションです。趣味、嗜好(しこう)などがぴったり合えばいいですが、全員がプロ野球やサッカーなどが好きなわけではありません。家族については意外と話したくないメンバーも出てきます。何が一番無難かというと飲み物と食べ物です。それを不快に思う方は世の中にいないので。

ZoomやTeamsでは背景が変えられますよね。午後一の会議であれば、「お昼に何を食べたか、その画像を背景に入れてください」と言っています。

倉重:画像も入れてしまうのですね。

越川:はい。そこから「何パン?」「○○の焼きそばパン」というふうに話が膨らんでいくと、心理的安全性が高まるのです。これは若い方々がすごく上手で、飲食の話を延々としているのが「オンライン飲み会」です。オンライン飲み会は腹を割って話せるメンバーで、心理的安全性を確認する行為なのです。若い人は得意ですが、年配の方々はできません。調査では「ランチは何を食べた?」「僕は今日、マーボー豆腐を作ったんだよ」という食事の話から雑談を広げていくと、女性や若い方々とも話がしやすいという結果が出ています。

(つづく)

対談協力:越川慎司(こしかわ しんじ)

株式会社クロスリバー 社長

株式会社キャスター事業責任者

通信会社、ITベンチャーの起業を経て、2005年にマイクロソフトに入社。業務執行役員としてPowerPointやTeamsなどの事業責任者等を歴任。2017年に株式会社クロスリバーを設立、メンバー全員が週休3日・リモートワーク・複業で、600社以上の働き方改革を支援。これまで10冊出版、最新刊は『働く時間は短くして、最高の成果を出し続ける方法』

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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