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今回のゲストは経済評論家、中央大学ビジネススクール客員教授の勝間和代さん。慶応大学商学部を卒業し、最年少の19歳で会計士補の資格を取得。大学在学中から監査法人に勤務しました。

その後、アーサー・アンダーセンやマッキンゼー、JPモルガンを経て独立。若者の雇用問題やワークライフバランス、ITを活用した個人の生産性向上など、幅広い分野で発言をしています。

そんな勝間さんに、これまでのキャリアマネジメントを伺いました。

<ポイント>

・キャリアはゴールを決めなくても良い

・長時間労働は役に立たない?

・真っ先にやめるべき仕事とは

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■高校生から効率的な生き方を実践

倉重:本日のゲストは、超大御所、勝間和代さんにお越しいただいています。

毎回、大変失礼ながら自己紹介をいただいています。ご自身のキャリアを簡単に教えていただけますか。

勝間:はい。勝間和代です。私は大学2年生のときに会計士の試験に受かりました。

倉重:19歳、最年少合格ですね。

勝間:3次試験受けるのに実務研修が必要だったので、4年から会計事務所で働き始めました。

倉重:会計士は最初から目指されていたのですか。

勝間:10歳上と11歳上の姉がいるのですが、彼女たちが働いていたのは、男女雇用機会均等法の施行前です。その姿を見て、「普通に日本企業に就職すると大変だな」と思いました。

そのとき女性がなれる専門職は、弁護士、学校の教師、公務員、医師、会計士でした。その中で一番勉強時間が少ない割に受かる職業が会計士だったのです。

倉重:合格までの平均勉強時間を調べられたのですね。

勝間:医師は6年間かかりますし、弁護士は受かるかどうか分かりません。会計士は順調にいけば3年生、4年生でも受かっている人が多いですし、会計士以外にもなれます。医師だと基本的に医師ですし、公務員は公務員ですが、会計士は比較的キャリアの柔軟性が保てると思ったのです。

倉重:すごくロジカルに考える大学生ですね。

勝間:そのときは高校生でした。進路の学部を決めるときに、医学部か理工学部、経済学部、商学部のいずれかを選ばないといけないので。

倉重:昔からご家庭で、ロジカルシンキングを身につける教育を受けてきたのですか?

勝間:8歳、10歳、11歳上の兄や姉に囲まれて暮らしていたので、良くも悪くも精神年齢が5歳か10歳は上だったのだと思います。阪神じゃない方のタイガーズや松山千春も大好きなので、昭和30年生まれぐらいのメンタリティーです。

倉重:年上の人と話が合うのですね。大学に入ってすぐ会計士の試験を受けられたのですか。

勝間:姉のコネで、在学中に会計士に受かった人を紹介してもらって、合格する勉強法と、不合格になる勉強法を聞きました。

倉重:そこは合理的ですね。監査法人に入られてからも、さらにいくつかの外資系を含めた企業に転職されていますね。

勝間:監査法人に入ったのですが、会計監査は私には向いていないなと思って、コンサルティングの部署に行きました。そうしたら、コンサルティングの部署がバブル崩壊のあおりを受けてなくなってしまったのです。

倉重:そういうタイミングだったのですね。

勝間:それで、監査のほうに戻るか、別会社のコンサルティンググループに行くかという2択を迫られました。まだ会計士の3次試験に受かっていなかったので、監査に戻ることにしたのです。ただ、何年間かコンサルをしていますので、会計士としてはキャリアが遅れた人になってしまいます。

「それならコンサルも生きる道がいい」と思っていたら、ちょうど会計事務所の金融部門で会計士を募集していました。「もとの職場に戻るのではなく、金融部門の監査に行きたい」と思って、半分コンサルティング、半分監査をしているうちに、金融にも詳しくなってきたのです。

そうすると、ある日「外資系の金融機関に行きませんか」と電話がかかってきました。日本の会計事務所は給料が安く、外資系の金融機関は給料が高いので、ヘッドハンターの漁場になっているのです。給料が倍ぐらいになるからみんな行きます。どこからともなく彼らはその名簿を手に入れるわけです。

倉重:業界では不思議とそういうことがありますよね。

勝間:私が電話を受けたとき、ちょうどご飯をつくっていて忙しかったのと、あまり興味がなかったので、「トレーダーの口を見つけたら話を聞いてあげるよ」と言って、そのままガチャンと電話を切ったのです。そうしたら、本当に2カ月後ぐらいにそのエージェントがトレーダーの口を持ってきました。

一般公募で何組も応募する中の1人だったので、受かるとは限らなかったのですが、たまたま上司が私のことを気に入ってくれたのです。

倉重:そこにトレーダーとして入ったのですか。

勝間:はい。25歳のとき金融機関に第2新卒で入って。会計士など何の役にも立たない世界です。

倉重:全然違うフィールドですね。やってみて面白かったのですか?

勝間:面白かったのですが、2種類仕事があって、中長期のポートフォリオを組む仕事は私に向いていましたが、短期間にバンバン売買するようなトレードは向いていませんでした。

「どうしようか」と悩んでいるうちに、その部署も業績が悪くなってほぼ解散になりました。解散になるときに、シンガポールに行くのか、隣の部署に行くのか選んでくださいと言われたのです。いったんは隣の部署に行って、それから数カ月で退社しました。その後何社か面接を受けた中の1つがマッキンゼーだったわけです。

倉重:「マッキンゼーに行こう」という感じではなかったのですね。

勝間:大変申し訳ないですが、「どうしても行きたい」というよりは、3つか4つ面接を受けた会社のうち、最初に決まったのがマッキンゼーだったのです。

倉重:本当にたまたまなのですね。

勝間:他の証券会社も受けていました。内定が出たとき何に驚いたかというと、マッキンゼーの人が「サインするのが当然」という感じで私に迫ってきたことです。マッキンゼーを断る人がいるとは思いもしないようでした。

他の証券会社の面接も2件残っていたのですが、受かるかどうか分からないのでそのままマッキンゼーにサインして、証券会社には断りを入れたのです。

■大学院に通いながらJPモルガンに勤務

倉重:マッキンゼーは、コンサルタントとして入社されたのですか。

勝間:そうです。第2新卒よりはややまし、MBA卒と同等ぐらいのコンサルタントです。新卒よりは少し上というような目線ですね。

倉重:もう1回リスタートしたのですね。コンサルは肌に合いましたか?

勝間:もともと会計士の時代からコンサルは得意でした。

少なくともトレーダーよりは成績が良かったので、6年間そこにいました。

倉重:その後JPモルガンにも転職されたのですよね。

勝間:6年間いたのですが、あまりにも仕事が忙しく嫌になってしまいました。マッキンゼーで大学院を出ていないのは私ぐらいで、ほとんどの人たちが院卒なのです。私も大学院なる所に行ってみようと思って、マッキンゼーに申し出たら、「行けるわけないだろう、この忙しいときに」とにべもなく断られ、休職してから行けと言われました。

倉重:休職したのですか。

勝間:休職するほどお金がなかったので、仕事を替えて通うつもりでした。たまたまJPモルガンから話が来ていたので、「大学院に行ってもいいですか?」と聞いてみました。

倉重:それが前提だったのですね。

勝間:「別に仕事に支障がなければいいよ」と言われたので、そのままJPモルガンに行って、大学院の入学手続をしたのです。

倉重:かなり大変ですね、大学院行きながらJPモルガンで働くというのは。

勝間:そこはまさしく、いろいろな得意技もあるので。

倉重:超効率化のノウハウですね。JPモルガンに行かれたのは何歳ぐらいのときですか。

勝間:34歳でマッキンゼーを辞めて、そのままJPモルガンに入社するのと同時に、大学院に入りました。

倉重:大学院に行かれて、その後何年か残られていますね。

勝間:大学院はマスターが終わった後は博士課程に進もうと思っていました。さすがに博士課程の講義は昼間なので、証券会社の勤務は難しかったのです。「それなら独立して博士課程に行こう」と思い、37歳のときにJPモルガンを退社しました。

大学院へ行った友だちは、経済学部で教授をしている子が多いので、私もどこかの大学の教授になる予定でした。就職の口はありましたが、そういう経緯なので教授から「ちょっともったいないんじゃないの」と言われていたのです。

そうこうするうちに教授が亡くなってしまいました。アカデミックというのは、ご存じの方も多いと思いますが、自分を引き立ててくれる教授が亡くなってしまうと結構つらいのです。

倉重:そういうところが大事な世界なんですね。

勝間:アカデミックの道は、閉ざされたとまでは言わないですが、かなり厳しくなりました。それで片手間にやっていた独立をもう少し強化しようと考えたのです。

倉重:今お話を伺っていると、「こうしよう」と決めた道があって、やってみて違うなと思ったら別のことに挑戦していったのですね。

勝間:壁もいろいろありました。本を出したのは、著者になろうと思っていたわけではなくて、そこまで投資顧問も忙しくなかったのと、周りから「書け」「書け」と言われていたから書いてみようかなという気持ちでした。それが2007年ぐらいです。

倉重:それは意外です。

勝間:みんなキャリアというと、きちんとゴールや道筋があるイメージだと思います。私はドリフトという表現を使っていますが、ふらふらしているわけです。

倉重:そんなものだと思いますよ。キャリアとは、後から振り返ってみて初めて気付ける「わだち」のようなものだと思います。

まさにそれをリアルにお話しいただいたので、なるほどと思いました。

■長時間労働は役に立たない

倉重:さまざまな仕事をご経験されているので、働き方に関してもいろいろ思われるところがあるのではないでしょうか。

コロナの前には、働き方改革法で「労働時間を規制しよう」という話が盛んでした。

その辺りはどうご覧になっているでしょうか?

勝間:そもそも長時間労働は役に立たないというのが私の持論です。「資本装備率」と言い

ますが、企業がどのぐらいの資本を持っているのか、あるいは競争状況や参入規制などを全て含めて働き方というのは決まってくるべきです。

毎日10時間、12時間働いたからといって別に成果が上がるわけではありません。それが分かった上で、長時間労働することによって他者の参入を防いでいるわけです。

それはみんな無意識にしています。

倉重:勝間さんは「仕事は全部3分の1にしても大丈夫だ」とおっしゃっていますね。

勝間:もともと新卒で何年かコンサル会社にいたので、第2新卒で銀行に行ったとき、あまりにも非効率な仕事に、目まいがしました。「何これ!」と。

倉重:このコロナで特に際立っていますね、日本社会の非効率さというのが。

勝間:そうです。だいたいの仕事は3分の1になってしまいます。

私が金融機関にいた頃、「この仕事をどうしてやっているのですか」と質問すると、「前任者がやっていましたから」という返答がすごく多かったのです。

倉重:うちの事務所も年内は在宅勤務にしますが、秘書の仕事は1週間に50時間ぐらいあったのが10時間で終わるようになりました。

今までは何だったのかと自分でも思います。

勝間:儀式ですね。

倉重:「やっている感」ですかね。

勝間:やっている感とは違います。儀式としての仕事のほうがはるかに多いのです。

倉重:儀式としてのハンコや紙がやめられないという企業はまだ多いと思います。

勝間:どちらかというと、一番いけないのは顧客のためにならない資料です。

倉重:社内向け資料などを大変な時間をかけてつくるということですか。

勝間:まったく顧客の価値に結びつかない書類の細かい整理とか内部の会議など、顧客の利益につながらない仕事をやり過ぎています。顧客がお金を払わない仕事は一切やめたほうがいいと思っています。

倉重: 社内の調整、根回し、稟議、すごく時間取っていますからね。

(つづく)

対談協力:勝間和代(かつま かずよ)

経済評論家、中央大学ビジネススクール客員教授。

早稲田大学ファイナンスMBA、慶応大学商学部卒業。

当時最年少の19歳で会計士補の資格を取得、大学在学中から監査法人に勤務。

アーサー・アンダーセン、マッキンゼー、JPモルガンを経て独立。

現在、株式会社監査と分析取締役、国土交通省社会資本整備審議会委員、中央大学ビジネススクール客員教授として活躍中。

ウォール・ストリート・ジャーナル「世界の最も注目すべき女性50人」選出

エイボン女性大賞(史上最年少)、第一回ベストマザー賞(経済部門)、世界経済フォーラム(ダボス会議)Young Global Leaders

少子化問題、若者の雇用問題、ワークライフバランス、ITを活用した個人の生産性向上、など、幅広い分野で発言をしており、ネットリテラシーの高い若年層を中心に高い支持を受けている。Twitterのフォロワー61万人、FBページ購読者4万6000人、無料メルマガ4万7000部、有料メルマガ4000部などネット上で多くの支持者を獲得した。5年後になりたい自分になるための教育プログラムを勝間塾にて展開中。著作多数、著作累計発行部数は500万部を超える。