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ポストコロナ時代の「働く」を考えよう(後編)~「普通」の人はどう働くべきか~

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

【前・中編から続く、イベントレポート、今回は最終回。座談会編です。】

ポイント

・スーパーマンではない「普通」の人こそどうすべきか

・一歩踏み出すとは、「うるせえな、ばーか」

・マネージャーは「いい子」でいることをやめよう

■普通の人が普通に働いていくためにはどうしたらいいのか

倉重:最後に皆さんと対談して終了としたいと思っています。

最近の「ジョブ型の崩壊」のところをもう少しお伺いしたいのですけれども。

濱口:実は日本的な雇用システムは、普通の人が会社に身を委ねると、すごくうまく力を引き出して活躍させてくれるシステムです。ジョブ型も、そういう意味では決してハイエンド向きではないのですよ。だって何も分からない人間がジョブで生きていくことができるわけありません。要は普通の人の話なのですよ。

 逆に、ぴかぴか輝くような素晴らしい方々の話を聞いていて感じたのは、私のような普通の、それほど光らない人はどうするのだろうということです。普通の人が腐らずにいくにはどうしたらいいのか。その答えが、正直に言うとなくなりつつあるなというのが私の問題意識です。

倉重:ありがとうございます。

対談のときにもお話ししたのですが、やはり森本さんのような働き方って、「スーパーウーマンの森本さんだからできることだよね」と、よく言われると思うのですけれども。普通の人はどうしたらいいのでしょうか?

森本:まさにこれだけ労働改革や働き方改革が叫ばれている中で、会社でも女性活躍推進やダイバーシティという部署を作りプロジェクトを進めています。お金も投資しているにもかかわらず、全然実態が追いついていないことが非常に残念に思います。

今ご質問にあった「普通の人はどうしたらいいだろう」というところにも関連しますが、女性に対しても何かしらの解決策を打ち出さなければならないと思います。意識を変えることもそうですし、そのための制度を作ったりマインドセットしたりするのは本当に大事なことだと思っています。

 女性の大学進学率で見ると、諸外国は平均33%です。日本は58%。男性は大学進学率60%ちょっとです。諸外国と比べても日本の女性は、大学進学率が高くて優秀です。にもかかわらず、子どもを出産して復職してみると、マミー・トラックというガラスの天井がやはりあるのです。

時間短縮勤務制度を採用しているところも、暗黙知なのですけれども、昇進や昇格に制約がかかります。私も3年間ぐらい時短勤務で働きましたが、その間はマネジャーにしてもらえませんでした。また、補助的なサポート業務しか任せてもらえなかったのです。

 今日は8割ぐらいが男性なので声を大にして言うと、日本人の男性と女性の育児と、家事の参加時間を計算すると、男性は女性の6分の1です。そのぐらいやはり差が出てきます。

その事実をきちんと受け入れて、変えていかないといけません。いつかというと、「今でしょ」と言っていくしかないのですけれども。

それがまず第1段階かなと思います。

倉重:プライベートも含めて変わるということですね。荻野さん、普通の人を代表してどうですか(笑)。

荻野:ご指名、ありがとうございます(笑)。普通の人代表と言われてもなかなかつらいところがあります。大企業の部長クラスですから、世間的に見れば恵まれた例外であるということは自覚しておりますが、私のように野心や、覚悟、胆力のない人でも、そのくらいにまではなれたのは、やはり濱口先生がおっしゃられたように、日本の人事管理のいいところだったと思うのです。

もう1つ、あまり知られていない日本の人事管理の長所は、野心を捨ててもクビにはならないし、給料もそれほど下がらないということです。先のキャリアを捨てて競争から降りれば、長時間労働も必要なくなって自由が増えます。大変ありがたいと思います。

 私は会社勤めのかたわらビジネススクールの教員もやっていますが、そこに来る人たちは野心と意欲にあふれていて非常に頼もしく思います。ただ、元人事担当者として思えば、社会にはビジネススクールとは無縁の人のほうが多いと思います。そういう人たちに対してどう答えていくのか、倉重先生のような専門家の方々、濱口先生のような元官僚で研究者の方にぜひ期待したいところです。

 ■会社に翻弄されずに、一歩踏み出す意識を持つ

倉重:ありがとうございます。田代先生、やはり人事に携わる者として、今のお話を伺っていかがですか。

田代:私は、やはり時代性指向ですかね。異動転勤を繰り返してキャリアアップをする仕組みを変えなくてはいけないと思っています。スペシャリストを育てないと、40代、50代でほとんど専門性が身についていないという状態になってしまいます。能力が頭打ちになると、良い会社でビジネス人生の後半戦を描けません。自分を振り返ってみても、人事部で9年間やって専門性をつけたから今の私があるわけで、会社から言われるままに異動していたら、いまだに会社の中でくすぶっていたのではないかなと思います。

会社の異動命令のままに従っていくと、結局そういう意識が芽生えないので、そこがネックになっているかなと思っています。

倉重:やはり田代先生がおっしゃるように、会社に翻弄されるというのがありますよね。会社を今すぐ飛び出せと言うつもりはなくて、「ずっと言いなりでいいのだろうか」という問題提起だと理解しています。

 ここでぜひ澤さんに、「一歩踏み出す」という心境についてお願いします。

澤:僕はよく、オンラインサロンでは、基本的に何か言われても、「うるせーな、ばーか」で済ませろと言っています。

倉重:「うるせえな」ですか(笑)。

澤:要するに他人から何かを言われて、それに合わせて自分の行動を変えるのは、自分の人生を生きていないと思うのです。「自分のありようとしてこれがベストだ」と思うのだったら、他人に何を言われようと関係ありません。例えば、僕の髪が長いことによって皆さんに特に迷惑などはかかっていないはずです。強いて言えば満員電車に乗って横の人に髪がかかったりしたらうっとうしいと思うかもしれません。そのときは結べばいいだけの話であって、そう考えるとそれほど迷惑ではないわけですね。日本人ってよく「一般的には」とか「常識的には」と言うではないですか。あれも僕からすると、本当に「うるせー、ばーか」なのですね。要は「放っとけよ」なのですよ。そんなに人のことに構っていないで、「あんた、自分のことやれば?」と、思ってしまいます。

 少し話が飛ぶように感じるかもしれないですけれども、固定された価値観を持ち続けるのは、マネジメントの問題がすごく大きいと思っています。日本は「管理職」という言葉を使うでしょう? 僕は大嫌いなのです。管理ってただのタスクではないですか。そういうのはAIにやらせればいいのです。マネジメントというのは、僕からすると対訳がありません。なので、マネジメントという概念がもう少し浸透すればいいなと思うのですけれども。

その例え話をするときに必ず引き合いに出すのがラソーダ監督なのですね。ラソーダ監督のことをご存じですか。野茂さんがアメリカに渡ったときに最初に当たったドジャースの監督なのですけれども、この人はメジャーリーグでピッチャーをしていました。現役のとき何勝したと思いますか?

倉重:わかりません。

澤:監督になるぐらいだからすごいのではないかと思いますよね。0勝4敗で、たった3年でいなくなっているのです。けれども野球で監督になってからは、勝率は5割を超えていています。ワールドシリーズで1回優勝していて、アメリカとカナダの野球殿堂に入り、オリンピックの監督にも指名されて金メダルを取ったのですよ。マネジメント能力があるのです。これは、マネンジメントという役割をきちんとまっとうできる人を選ぶ側にも能力があったのだろうし、本人は本人で適性があることが分かっているから、価値を発揮したと思うのです。

 先ほど豊田さんが、「海外で活躍したこともないのに偉そうに言うな」と言われて腹が立ったという話がありました。これは一番間違ったマネジャートークです。やったことがあるかないか、あるいはそこで成果を出したことがあるかないかは、その仕事ができるかどうかとは別の問題です。けれども日本って、名誉職としてマネジメントをやらせますよね。これがそもそもの間違いです。マネジメントは、それができる人、もしくは志している人で、なおかつ人格者であることが求められるべきだと思っています。

 ■前倒しでキャリアを経験させる

倉重:なるほど。「一歩踏み出す」という点では、結婚式にも行けなかったという暗い時代があったからこそ、豊田さんの今の輝きがあると思うのですけれども。

豊田:少し真面目な話にすると、海外に駐在する日本人の一番のストレスは何かといったら、英語ができないことでも、外国人とうまく交流できないことでもなく、マネジメント経験がないことなのです。

日本の平均年齢が48歳です。皆さんの会社では、何歳まで若手といいますか。多くの企業が、30歳から35歳といいます。大きな企業になると、「うちの会社、40歳まで若手って言っているな」というところもあります。ITベンチャーやスタートアップは、「いや、27歳じゃないですか」と言うのですけれども。

私がクライアントにしているような会社は、大体35歳といいます。

 役職が付いていなくてマネジメント経験がない若手が初めて海外に駐在をすると、ポジションが2つぐらい上がっています。そのときに日本人は真面目ですから、「自分は初めての駐在でマネジメント経験もないので、一生懸命頑張りますので教えてください」と言うのです。向こうの人から言わせれば、「冗談じゃない」と思います。マネジャーとして初心者の若者がやって来る。でも35歳は向こうの感覚ではシニアなのですよ。カンボジアでは平均年齢が24歳です。フィリピンだってそうですし、インドは27歳です。そういう中で35歳の若手などあり得ないのです。でも日本は平均年齢が高いので、仕方がないですよ。

 ディシジョンメークをするような機会を会社以外に設けないと、そのような経験は身につかないと思います。会社に翻弄されていても仕方がないのですよ。会社のせいではなくて、自分で考えていかないとだめなのかなと、彼らを見ながらいつも思っています。

森本:めちゃくちゃ共感します。ぜひ、「前倒しキャリア」を推奨してほしいです。特に女性の出産前教育です。20代、30代、40代と私も過ごしてきましたが、一番時間が自由で、なおかつ知的好奇心と体力があるのはやはり20代です。そのときに思い切りいろいろな経験をさせてほしいのです。今所属している会社や組織の信頼預金残高をとことん高めていただきたいのです。

 女性が出産して、そこで初めてマネジメントをしろと言われたら、やったことのないものがダブルで来るので、もう本当に高くて分厚い壁になり、飛び越えようとするのにものすごいストレスがかかります。先ほど豊田さんがおっしゃったように、リーダーやマネジメントに近いような業務やミッションを、前倒し、前倒しで経験させてあげる。新入社員の教育や、パート、アルバイトさんの育成、横断型のプロジェクトのリーダーの経験をさせるのがいいと思います。

女性はやったことがないことに対しては躊躇(ちゅうちょ)してしまいます。インポスター・シンドロームという、男性脳と女性脳の違いが原因ともいわれています。経験したことのないことに対しては、多大なエネルギーが必要で、ストレスがかかるのですね。

 それゆえに、背中をぽんと押してあげるイクボスが絶対的に必要です。私は今エグゼクティブで女性ですが、日本人で言うと1.1%です。西洋だと36%なのですね。日本人で、エグゼクティブな女性というのは本当に少ないのです。

彼女たちに、「どうしてエグゼクティブになれたか」と聞いてみると、すごい才能にあふれていたわけではなく、「ぽんと背中を押してくれるボスがいたから、気がついたらこの場所にいた」というのです。

ぜひ、前倒しで経験させてあげていただきたいと思います。

 ■スキルを身につけていない中高年をどう扱うべきか?

濱口:実はこの話は、最初にお話しした『日本の雇用と中高年』にも書いたのですが、日本で管理職とは何かというと、社内の地位なのですよ。日本の標準産業分類表にはきちんと「管理的職業」というのが、「事務的職業」や「製造の職業」「建設の職業」と並んで、職種の欄にあります。でも日本で、「管理職は職種だ」と思っている人は、多分管理職自身でも一人もいません。では誰が管理しているのかというと、みんなが管理しているのです。管理職でない人たちも、プレーイングマネジャーならぬマネジングプレーヤーをしています。これは、日本型システムの特徴です。

 逆に言うとこの手の議論をするときに、ハイエンドの話をしているのか、普通の話をしているのかというのがぐちゃぐちゃになると、訳が分からなくなるのです。欧米では普通の労働者はマネンジメントしません。管理職が全部しなくてはなりません。それをするのは職種としての管理職です。つまり管理職が全部管理して、その下の人は管理などしないのです。ところが日本では、部下に対して課長が「おまえが課長になったつもりでやれ」と命じます。課長に対しては部長が、「おまえが部長になったつもりでやれ」と、部長に対しては、「おまえが社長になったつもりでやれ」と、ジョークみたいな感じでやっています。

それがうまく回らないがゆえに、マネジングプレーヤーとして若い頃からやってきた人の中から、本当のマネジャーを選択するというときに、「こぼれ落ちた人は何をするのだ」という話になるのです。

 普通の労働者としての働き方の余地がなくなっているというのが、今の私たち中高年問題だと思っているし、その延長線上に今の高齢者問題があります。定年後にいったいどういう働かせ方をするか、みんなが頭を悩ませなくてはいけません。「70歳の給料、困ったな」と悩むのは普通の働き方がないからなのです。それが悪いと言っているわけではないのですよ。それなりに今までは、多くの人にマネジングプレーヤーとしてのハッピーな職業人生を与えていたものです。

でもそれがなくなったときにどうするか。逆に言うと、マネジメントプレーヤーであった人たちをどうするか。普通のハイエンドでない人たちをどう扱うのかについて、私は考えています。

荻野:ほぼ濱口先生がおっしゃられるとおりで、少しだけ補足させていただきたいと思います。

日本企業では、経営方針が各部署の方針や計画、予算などに落とし込まれています。さらにそれが、正社員の場合には各個人の業務計画、目標などとして一人ひとりに割り当てられます。それをもとに、みんなが自分のPDCAを回している、濱口先生が言われるように業務を管理しているわけです。それを一生懸命やっていると、だんだんマネジメント能力や専門能力がついてきますし、本当のマネジャーになったり、中にはゼネラルマネジャーになったり執行役員になったりする人も出てきます。

 ただ、高度成長期のようにどんどん会社や組織が大きくなっていく時期ならともかく、今は組織も拡大しませんしポストも限られてしまいます。それなのに、減ったとはいえまだ6割が正社員ですから、どうしてもマネジャーになれない人や、力量に応じた職務を付与されない人が出てきてしまうというのが、最初に私が申し上げた話であり、今、濱口先生がおっしゃられたことですね。

もちろん、欧米でも経営方針に基づく管理をしている人はいますが、それはぜいぜい全体の1割くらいのエリート、幹部候補だけなんです。残りの9割はマネジメントをしません。 契約で決められた仕事を決められたように決められた時間やって決められた賃金を受け取ります。給料もわずかしか上がらなくて、平均的には60歳過ぎまで働いても、トップエリートの初任給にも達しないというような社会です。むしろそちらのほうが国際的に見れば普通です。だから彼らは年間1,400時間とか1,600時間とかしか働かないのです。もっと働いたところで昇進できませんし、人事評価もありませんから。

今の日本のやり方が持続可能とは思えませんが、欧米型が国民の支持を集めるかといえばあまり楽観できないようにも思います。どのように変わっていくにせよ、ゆっくり進んでいくことが大事だと思います。

田代:先ほどおっしゃられたように、30代後半や40代になって、マネンジメント経験がまったくない人をどうするのかということを非常に難しく感じています。不適格な人も含めて、スキルを身につけていない人たちが問題になりつつあります。早い段階で専門職のほうにシフトするほうがいいのかもしれません。ただ、そういう制度をやっている会社がなかなかないですね。

 今は何をもって専門職かというのも、なかなか定義が難しいわけです。

 ■「いい子」でいるのをやめる

森本:今の話で言うと、私はマネジメントをした後にもう一回プレーヤーに戻って、またマネジャーになったのです。出産や育児などの環境の変化もあったのですけれども。役職を行ったり来たりできるような柔軟な人事制度があればいいなと思いました。誰もがステージが変われば、働き方の優先順位や、自分の大事にしたいものの面積が変わってきます。それに合わせて、柔軟な人事制度、仕組み、文化があるといいなと思っています。

澤:よく若手中心に言っている話なのだけれども、普通に大人というか、いわゆるおっさんたちの世代たちにも伝えているのが、「いい子でいるの、やめなさい」ということです。いい子でいたって評価されるような時代ではないのだから、やりたいことをやる。それがどこかに軋轢(あつれき)を生むんだったら大いに結構ではないかと、全員がそれをお互いさまと言ったら、結局みんなが生きやすくなると思うのですね。

日本人はできるだけ迷惑を掛けないように振る舞うけれども、海外は「お互いさま」といって結構自分勝手に振る舞うところがあります。その「お互いさま」という状態をつくると、もう少しマインドセットとしてはいいのではないかなと思っています。

豊田:僕は、マネジメントに大失敗して、100人ぐらいの会社を束ねられなくてやめた経験があります。今はマネジメントを諦めて、自分の得意技であるリーダーシップで突入しようとしています。リーダーシップでビジョンを示してわーっと盛り上げるのは好きなのです。マネジメントはそれができる人、得意な人がやっていけばいいと思っています。先ほどBeingという話がありましたけれども、「自分が本当に何をしたいのか」が大切です。

ちなみにリーダーシップで最近よくいわれていることは、セルフ・アウェアネス、自分をよく知るということです。そこがやはり重要な要素だと思っています。これからは自分が何をしたいのか、自分はどういう人なのかを考えながら、キャリアを形成していくと良いのではないでしょうか。

倉重: ありがとうございます。皆さん一人ひとりの心に、何が響くものがあれば、この会の意味があったと思います。

会場:(拍手)

(おわり)

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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