【松浦民恵×倉重公太朗】第3回「同一労働同一賃金のホンネ」

倉重:あとは、もう一つの柱である同一労働同一賃金のお話に移っていきたいと思いますけれども、これは、先生は検討委員もされていたわけですが。

松浦:「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」と、同一労働同一賃金に関する審議会の委員をやらせていただいていました。

倉重:そのときの話し合いの内容には別に触れなくていいですが、現状では、昨年、最高裁判決も2つ出て、また、今、高裁レベルに幾つかかかって最高裁へ向かっている最中で、法曹界的には結構まだ微妙な時だなという考えなのですが、今、実際に対応を検討しなければいけない企業はすごく多いわけです。そういうときには、先生からはどのようにアドバイスされますか?

松浦:そうですね。非常に難しい大変な作業だということを分かった上で申し上げるのですが、労働条件、処遇というのは本来、労使が決めるものだと思っています。それはガイドライン(指針)の中にも書いてあることで、非常に重要なポイントだと思っています。ですので、不合理であるかどうかも、一義的には労使が決めるべきものだと、私は理解しています。

 その上で、労使が決定に合意・納得できなかった場合には、裁判になって判例で決まることになるわけですが、一義的には労使で決めるべきものだということを前提とした上で、今労使がやるべきことは、不合理な格差がないかどうかの「点検」と「話し合い」だと思っています。

倉重:やはり労使自治が原則ですから、その中で、もし仮に労働組合の構成員が正社員しかいなかったとしても、「非正規の労働条件は、俺らの知ったことじゃねえよ」ではなく、まずは、そこの点検ですね。

松浦:そうです。正社員と非正社員の処遇格差については、長らく社会的にも問題だとされており、従来から均等・均衡規制が設けられていたわけです。しかしながら、こうした規制が十分に機能していなかった結果、今回いわゆる同一労働同一賃金という形で規制が強化され、うまく機能しなかった場合に個別紛争がやりやすくなる仕組みも組み入れられたのだと思います。

 つまり、従来の規制のもとで労使自治に委ねられていた結果として、不合理な格差が十分に是正されなかったため、規制強化というトップダウンと、個別紛争というボトムアップ、すなわち労使自治の上と下の双方が強化されたと、そういう理解をしています。

 そういう意味で、労使自治の役割が改めて、厳しく問われていると思っています。これまでの労使自治で、非正社員の声をきちんと吸い上げられていたのか、立ち止まって、もう一回考えてみる。逆にもっと言うと、改めて非正社員の声を吸い上げるにはどうしたらいいのか、労使自治の中で考え直すことが非常に重要だと思っています。

倉重:労働組合自身も、非正規雇用を含めた自分たちの立ち位置を改めて考えなければいけないということですよね。

松浦:そうですね。

倉重:要するに、自分らの組合員だけでいいのか、規約上、組合員の範囲を改正しなくていいのかと。

松浦:そうですね。それもあります。労働組合の中には、非正社員の組織化を一生懸命やっていらっしゃる労働組合もありますので、その延長線で非正社員の声を吸い上げる取り組みを、労働組合のなかでも、一層進めていっていただきたいと思います。労働組合がない企業でも、非正社員との話し合いをどうしたらいいのかということを、これは人事も考えなければいけないことだと私は思っています。

倉重:そうですね。労組がない企業のほうが、より労使自治は実現するのが難しいかと思いますけれども、それでも従業員説明会であったり、労働者代表を複数選任して、そこで対話したりは当然できるわけですからね。

松浦:そうですね。

倉重:一方で、先ほどお話しいただいたように、今回の法改正に伴って、この指針、そしてガイドラインというものが現在あって、ガイドライン案というところからあったわけですが、これはどのように捉えたらいいですか。

松浦:ガイドライン案が出されたこと、ガイドラインが最初「案」だったのには、特別な意味があります。

 元々、均等・均衡規制は民事法規です。民事法規というのは、最終的な判断が裁判に委ねられるという性質のものなので、これまで行政は深く立ち入ってこられなかった、というか、あえて立ち入らなかった、そういう分野です。そこに今回あえて立ち入り、ガイドライン(案)という形で、行政として解釈が示されたわけです。

 もう一つ、今回イレギュラーだったのは、行政指針に近いガイドラインが、立法よりも先に示されたということです。本来、行政指針は立法があった上でできるもので、法律ができて、その法律に基づいて労働政策審議会の中で行政指針の内容が検討されるというプロセスを経ます。

しかしながら今回は、行政的なものが立法よりも先に、「案」という形で出たということになります。 

倉重:そうですね。同一労働同一賃金ガイドライン案が出たのが平成28年12月でしたね。だから働き方改革関連法が通る前の話で、それはやはり法律による行政ではないのではないかという批判もありました。

松浦:そうですね。だからこそ、あくまでも「案」という形で出されたと思いますが、先程申し上げたようなイレギュラーな経緯で、官邸の働き方改革実現会議という会議体からガイドライン(案)が出されたということに、政治的な強い覚悟というか、メッセージ性を感じます。

倉重:そうですね。強い政治的意図があったのではないかとは見えますね。

松浦:そこには関わっていませんので、よくわかりませんが。

倉重:実際にガイドラインを見てみると、項目には基本給があって、賞与、手当、福利厚生、その他、あと派遣となっているわけですけれども、手当関係と、基本給、賞与、退職金の考え方は大きく違うのかなと思っています。

 少なくとも裁判の関係でいうと、昨年の長澤運輸事件とハマキョウレックス事件で手当関係の考え方はだんだん明らかになってきた段階ではあります。

一方で、基本給、賞与、退職金は、まだまだ不明確だなと。もちろん、手当でも不明確なものはまだありますが、まだまだ比較の仕方が難しいなと思っていますが、この点はどうですか。

松浦:不合理かどうかの判断は個別の事情によって相当変わってくるので、不合理が何なのかということは、手当についてもいろいろ個別の事情を考慮する必要が出てくるかと思います。ですので、手当についても判断が難しい面があると考えています。その上で、さらに、基本給、賞与、退職金とおっしゃいましたか。

倉重:はい。

松浦:そういったものについては、ご指摘のとおり、より難しいところがあります。特に基本給については、正社員と非正社員で設計の考え方を違えている企業がほとんどだと思います。共通の物差しがないがゆえに、比較が非常に難しく、その点がこれまでも均衡を確保していく上での隘路(あいろ)になってきたと思います。

 そこをどうしたらいいのかという話で、誤解されている企業のかたが結構いらっしゃるのであえて申し上げますが、法律や指針の中には、正社員と非正社員の賃金設計の考え方を共通にすべき、などということは全く書いてありません。

倉重:特にガイドラインの基本給のところをお読みになって、「同じ賃金制度にしなければならない」と考えてしまう企業の方が結構いますね。

松浦:それは全くの誤解で、正社員と非正社員で賃金設計の考え方が異なっていても、そこは労使自治の範囲だと私は理解しています。もちろん、設計の考え方を共通化するという選択肢もあり、比較という面ではそのほうがわかりやすくなるかもしれませんが、それが労使にとってベストな選択肢とは限りません。労使の検討・話し合いのもとで、設計の考え方を違えるという判断がなされても全く問題はなく、重要なのは、違えていることが不合理ではないと説明できるかどうかです。

倉重:そうですね。最後、そこを説明できるかどうかですよね。

松浦:そうです。

倉重:ガイドラインにも、基本給とあって、2~3ページかもう少し、いろいろと書いてありますけれども。そこは結局、正社員も非正社員もどちらも職能資格で処遇している、あるいは、どちらも職能給で処遇しているという場合の話なので、それはそんなに正直多くないです。もちろん、それができる企業は、そうすればいいだけの話です。

 問題は、正規と非正規で賃金制度が全く違う場合であって、むしろ日本企業の99%はこっちですよね。正社員は、こういう役割があって、こういう点を評価するからこういう賃金制度なのだ、一方で非正社員のほうは、この仕事だけをやってもらえばいいからこういう賃金制度だと、そういう説明がつくかどうかが大事だということですね。

松浦:そうです。均衡規制というのは、正社員の中の一つの雇用管理区分に対してだけにかかるわけではなくて、あらゆる雇用管理区分との均衡が求められますので、それこそ幹部候補生に適用している複雑な賃金体系と非正社員の賃金体系を共通化するというのは、実務的にかなり難しいでしょうし、必ずしも合理的ではないと私は思っています。

 そういう意味で、違うことが不合理ではないと、どうやって説明するかのほうが、より重要になってくると思います。

倉重:そうですね。少なくとも、正社員だからこうだ、では駄目で、どういう責任、どういう業務があるからこうだ、という説明はつけたいですね。

松浦:そうです。

倉重:今、ちょうど、雇用管理区分というお話が出ましたけれども、これはまさに比較対象労働者をどこに設定するかの話になってくると思いますが、比べ方は、総合職正社員、一般職正社員、職能限定正社員、地域限定正社員など、そういった雇用管理区分ごとに比較するのが、一応基本線ですよね。

松浦:そうです。法律の考え方としては、正社員のあらゆる雇用管理区分と非正社員が均衡であることが求められています。

倉重:その中で、何かの仕事をやっている個別のAさん、など、そういう一人一人と比べていくのは少し違うかなと。そういう裁判例もあったりするのですが、それは、私は違うかなと思っています。

松浦:なるほど。ただ、紛争が起こる可能性という意味では、例えば「Aさんと私はなぜ給料が違うのですか」ということも紛争にはなり得ると思うのです。ただ、やはり実際に判断をするとき、あるいは説明を求められるときに、社員が指定する個別のAさんが比較対象になるという法律のたたずまいにはなっていないです。

倉重:なっていないですね。

松浦:Aさんの給料をそのまま開示するのは、個人情報の面でも問題ですし、同じような職務をしている方々の例えば平均値でお出しする、あるいは、その人に一番近いような正社員の雇用管理区分との差を説明することが、対応としては現実的ではないでしょうか。

倉重:そうでしょうね。今のお話しした中で、来年から始まる説明義務で、求めがあったときに、どう違うかの理由を説明する場合の比較対象を誰にするかの問題と、不合理性を民事で争う場合の比較対象者として裁判所は誰を設定するかという、この2種類があって。一応、別の可能性もあるのかというところが、たぶん今混乱してしまっているところの一つかなというところですよね。

松浦:はい。

倉重:ただ、一応会社でできることは、少なくとも説明義務の対象を考える上で、誰が合理的な比較対象なのかを検討するところからですよね。

松浦:そうですね。

(第4回へ続く)

【対談協力】

松浦 民恵(まつうら・たみえ)氏

法政大学キャリアデザイン学部 教授

1989年に神戸大学法学部卒業。2010年に学習院大学大学院博士後期課程単位取得退学。2011年に博士(経営学)。日本生命保険、東京大学社会科学研究所、ニッセイ基礎研究所 を経て、2017年4月から法政大学キャリアデザイン学部。専門は人的資源管理論、労働政策。厚生労働省の労働政策審議会の部会や研究会などで委員を務める。著書、論文、講演など多数。