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カネカ騒動から見る、「働き方改革と人事戦略」

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)
(写真:ペイレスイメージズ/アフロ)

育休取得後の配置転換、退職前の有休取得などを巡るTwitterの投稿から、カネカの問題が話題になっています。

私は、この問題について、内部的な情報を知りうる立場にありませんが、企業サイドで労働法を扱う弁護士として、日本型雇用慣行の変化を感じざるを得ませんでした。

これまでの日本型雇用の特徴は、終身雇用・年功序列・新卒採用・企業内組合だけではなく、職種と地域が無限定という点もあります。つまり、解雇権が制約されている代わりに人事権が広いという考え方が一般的なのです。

そうすると、裁判でも、転居を伴う配置転換であっても、病気や親の介護など、特別の理由がない限りは裁判においても広く認められます。

実際に、今の部署で3年経ったら転勤、ローンを組んだら転勤という事例は多くあります。

詳細な事実関係は抜きにして、カネカの例でも「配転命令が有効か」という裁判になったのであれば、「有効である」との判決になった可能性も高いでしょう。

では、「法的に問題ない」、のにどうしてここまで話題になっているのでしょうか?それは、「法的に問題ない」ことと、「人事戦略として正しい」かどうかは別の話だからです。

高度経済成長期のモデルケースは、専業主婦が子育てをし、夫がサラリーマンとして一家を支える収入を得る、というものです。

しかし、現代の一般的感覚からすれば、専業主婦というのは「贅沢」と捉える向きもあり、むしろ、子供は保育園に預けて共働き、というケースが一般的でしょう。

特に若い世代では、「配偶者の一方の稼ぎだけでは暮らしていくのは厳しい」と感じるケースが多くみられます。

さらに、保育園の入園には様々な困難が伴います。一番近い保育園に入れなかったり、保育園に入れるために偽装離婚する夫婦もいるほど、「保活」と言われ、激しい入園競争が繰り広げられています。

その中で、やっと保育園が見つかって入園し、夫婦で働こう、と思っていたところで夫の転勤を命ぜられた。

そんな境遇に共感する人が多かったのではないかと推測します。

しかし、「そんな配転を強行する企業はけしからん」という単純な話ではありません。

日本企業は、これまで様々な部署に配置転換する人事ローテーションにより、多様な仕事を経験し、これをもとに幹部登用するという人事戦略を用いてきました。

それが一概に悪いわけではないのです。実際に、それが日本企業の強みでもありました。

しかし、現代的には本当に「合理的」なのかという話です。

もちろん、「この地域に新しい事業所を立ち上げたが、地元採用だけでは人が足りない」という場合であれば、配置転換をする必要性は高いでしょう。

しかし、それだけでなく、定期的なルーティンとして行っている配転もあります。

その時、問題となるのは、「転勤に応じる人」と「転勤を拒否する人」の不公平感です。

転勤を拒否するのは声が大きい人だけ、ということであれば、しぶしぶ転勤に応じた人からの不満が高まるでしょう。

この不公平感を解消するには、1、処遇、2、キャリアの2点が考えられます。

つまり、1の意味では、実際に転勤に応じられることを雇用契約の内容にすること(例えば、地域限定社員と全国型正社員、さらには海外型正社員などを分ける例があります)により、それぞれの賃金を変えることが考えられます。

また、2、キャリアという視点では、全国津々浦々の様々な現場を経験することがキャリアコースにとって必須である場合、昇進昇格の要件となることです(※)

※合理性なく転勤可能性を昇進要件とすることは、男女雇用機会均等法上の間接差別となりますが、合理性があればその限りではありません。

単に賃金だけの問題であれば、「どちらでもいい」という人もいるかと思いますが、将来のキャリアという視点も入ってくると、選択が難しくなるでしょう。

そして、本件の問題がさらに難しいのは、「未来の労働者」に与える影響です。

今回の問題をきっかけに、学生や転職を考えている若い世代が、同社への入社をためらう事態は容易に想定できます(企業イメージの良い会社なだけに)。

そうなった場合のリスクは、配置転換を一つ行わないリスク、と比べてどうでしょうか。SNS時代において、内部事情を隠し通すことは不可能に近くなりました。

そうなると、「法的に正しいか」、「人事戦略として正しいか」に加えて、「世間からどう見えるか」という第三の視点も重要になると言わざるを得ません。

これは、働き方改革が叫ばれ、「ブラック企業」というワードが一般的になった現代特有の事情と言えるでしょう。

その時、人事はどうあるべきでしょうか。

少なくとも言えることは、「手続だけをやっている場合ではない」ということです。

今回、同社が年初来最安値を更新したという事実からも、人事上の問題は「経営リスク」であることが分かります。

人事パーソンは、転勤の法的要件について理解し、諸規定を整備し、運用を確認し、過去の判例を調べ、転勤する人・しない人の処遇差を検討し、キャリアコースを設計し、地域限定や職種限定社員制度を構築し、個別人事の苦情・相談に対応するだけでなく、広報的視点まで求められるのです。

このような難しい舵取りが迫られているのが現代の人事であり、これはまさに経営戦略の一環としての「人事戦略」が求められます。

人事は単に手続をする部署ではありません。会社の株価に直結するような戦略を提示することが求められる仕事です。

しかし、現実の人事は「事務作業を回すのに精一杯でとても戦略など考えていられない」ケースが多々あります。

それではとても「戦略人事」などと言っていられません。

経営層の皆様におかれましては、「人事は経営なり」との前提で、人事部のリソース(人出)を拡充されることをご検討ください。

本件は対岸の火事ではありません。どこの企業でも起こりうることです。そうであれば、配転命令を行うことが出来るか、という法的側面ばかりではなく、人事・広報戦略の見直しを各企業は検討する必要があるでしょう。

日々このような問題を目の前にして、「人事としてなにか出来ることは無いか」そう悩んでいる人事の方々がきっと同社の中にも、また他の会社にもいると思います。

日本型雇用慣行が変わろうとしており、誰も正解を知らない世の中だからこそ、「何が正解か」ではなく、「どう最善を尽くすのか」が問われています。

現場で奮闘されている人事の方は、そのような悩みを抱えながら、日々の事務作業を含めて仕事に追われていることと思います。過去の常識に囚われず、悩みながら、それでも前を向いて、「何が未来の会社のためになるか」を考えて頑張って下さい!

そんな一人一人の行動こそが、本当の意味での「働き方改革」だと思います。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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