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【荻野勝彦×倉重公太朗】「日本型雇用はどこへ行く」第3回(解雇法制はどうあるべきか)

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

倉重:これまで、人事権という話をしてきましたが、厚労省のほうでも解雇の金銭解決について労働省側からの申し立てによるというものを検討というニュースも出ていました。ここで解雇の話題に移っていきたいのですが、解雇法制については、今後、どうあるべきだというお考えですか。

荻野:解雇法制と人事管理はセットですから、現状のスタイル、職種や勤務地、労働時間などが無限定な働き方をする代わりに定年まではなんらかの形で雇用しますと約束をした以上は、それは守るのが当然です。それでも、どうしてもビジネス上必要であれば、途中で退職ということにならざるを得ないこともあるでしょう。そういう場合にも、労使でしっかり話し合って、約束を守れないかわりに割増退職金を払って希望退職といった対応をとっています。

倉重:再就職とかやっていましたね。

荻野:もちろん、約束は守るのが基本なんです。だから割増退職金も高額になる。たとえば電機各社をみても、最近の事例でも30か月とか40か月とか出ている。リーマンショック後はさすがにそこまでいかなかったようですが、90年代後半だと48か月なんていう例もある。仮に解雇規制に手をつけるのであれば、働き方、働かせ方とセットで見直す必要があるでしょう。たとえば、ある仕事はもうこの事業所ではやらなくなりましたというときに、職種変更も転勤も残業もなんでもしますという約束で入社した人に較べれば、職種変更や転勤はしない、させないという約束で入社した人の解雇規制は、ある程度緩やかでもいいといった議論はあり得ると思います。

倉重:事業所がなくなっちゃうというパターンもありますからね。

荻野:ありますね。そういう場合も、転勤します、させますという約束の人については、転勤して雇用を維持するのが当然でしょう。逆に、そうでない人については、転勤すれば雇い続けられますけれどもどうですか、というオファーをするのは非常にいいことですし大事なことだとも思いますが、やはり転勤はできませんと言うことなら雇用維持はできませんということも許されるのではないでしょうか。

倉重:一方で、やはり前提としては、メンバーシップ型雇用で基本的に終身で面倒を見ていくという約束は前提にあると思うんですけど、そのメンバーシップ型というのは今後も続きますか?

荻野:続くことは続くでしょうが、今のボリュームのまま続くかというのは、かなり悩ましいというか、難しい問題ですね。

倉重:恐らく、ごく限られた一部の人しか「メンバー」にならないんじゃないかなと。

荻野:これは八代尚宏先生が1997年の本で指摘されているのですが、欧米にも日本の正社員のような固定的な働き方はあって、日本と欧米の差はそれがどの程度の規模・割合かという量的な違いでしかないというのですね。これは非常に重要な指摘だと思っていて、例えば大陸欧州でも固定的な働き方はありますが、かなり限られていますよね。一部のエリート層は日本の正社員と変わりなくハードに働きますし、ワークライフバランスにコンフリクトを抱えている人も多いわけです。ただ、それはせいぜい1割とか数パーセントとかの、まあ学歴エリートの世界であって、そこが日本とは違う。日本では、大卒総合職に限らず、大学の学位のない現業部門の正社員でも、拘束度の高い働き方をして、監督職、管理職に昇進していくわけで、割合も高ければ徹底もしています。それが今のボリュームで続くかというと、もともと企業規模が拡大していくことを前提としていたしくみですから、これからはなかなか難しいでしょうね。

倉重:恐らく今後、どんどん少なくなってくるだろうと。

荻野:多分、少なくなっていくんでしょう。転勤も海外駐在もします、辞令1枚で地球の裏でも行きますという働き方ができる人たちは、だんだん減っていくんだろうなとは思います。そうすると、そうでない働き方の人たちというのが当然増えてくるわけで。

倉重:そうですよね。そうすると、そうでない働き方、つまり何らかの人事権に制約が付いている方々については、当然、解雇の考え方も変わってきますよね。どういうやり方をするかは別として、フルの無限定の方よりかは、解雇の規制というものは緩くあっても理論的にはおかしくないことになりますね。

荻野:理屈としては違いがあるでしょうね。

倉重:判例に言う「自ずから差異がある」ですよね。そうなんだとすると、もうそれは金銭解決でよくないか?とも思ったりするんですけれども如何です?

荻野:金銭解決は水準次第でしょう。極端な話、もう定年までの賃金を前払いにするから退職してくださいというのも考えられる。

倉重:それは何の問題もないですよね。就労請求権はないわけですし。

荻野:あり得ないディールではないですよね。結局は金銭解決は水準次第だと思っていて、特に今、議論されているものは不当解雇の救済手段としての金銭解決なので、内容次第で相当、変動していいんじゃないかと。企業サイドに一方的に非がある、たとえばセクハラ解雇みたいなものは、解決金もそれなりに高い水準になる。いっぽうで、労働者の側にもかなり非があるけれど、ちょっと手続きのていねいさが不十分だろうということで解雇無効になることもあるわけです。そういう場合には、労働者側に非がある分は解決金を割り引いて、比較的、低額になるというようなことは考えられてもいいでしょう。というか、現実をみれば、最終的な解決に至る過程では今でもやっていることが多いわけですよね。

倉重:労働審判の中では、それをやっているわけですね。

荻野:労働審判では、労使の審判員が話をまとめたりするのでしょう。

倉重:そうなんです。

荻野:おそらく、一番ご苦労をされている分野のひとつじゃないかと思いますが、いくらくらいで収めるのか。判決まで行って不当となったとしても、それでは復職するかといったら、そうでもないわけでしょう。

倉重:そうなんです。

荻野:実際問題、復職も簡単ではないとなると、結局、金銭でまとめるしかないとか。

倉重:そうなんです。結局、労働紛争で、解雇事案で判決までいくのって、多分、年間100件前後だと思うんですけれども、要するに、100件程度しか判決まではいかないということですよね。ほとんどのケースが、その前で終わっていると。あるいは、もう訴えてもいないケースもあるとは思いますけれども。とすると、多分、訴えようが、訴えまいが、金を払うというふうにしたほうが、むしろ救われる人が多くないかと個人的には思っていまして。

荻野:だから金額次第でしょう。さっきの、希望退職のときに組合が交渉して結構な額の割増退職金を取るというのと同じ話で、金額次第。

倉重:というのは、一つの水準となってくるでしょうし。

荻野:ですから、正社員の解雇よりは、有期の雇い止めのほうが金銭解決になじむのではないかと思うのですよ。

倉重:そうですね。もう終わりの期間がはっきりしているわけですから。

荻野:雇い止め手当みたいなものを作って、長く働いた人ほど高額にする。勤続に応じて、いくら以上払ったら、雇い止め法理の適用を受けることはないというしくみにすれば、予見可能性が高まって使用者にも導入へのインセンティブがあるでしょう。そのほうが、たぶん労働者にとっても有効な救済措置になるのではないかと思うわけです。

倉重:そうですね。無用な紛争を継続するより一定の金銭をさっさともらってやめたほうがお互いのためではないかと思います。

荻野:要するに、一種の退職金ですよね。さっきおっしゃられましたが、同一労働同一賃金というか均衡待遇で賃金、賞与、退職金がセンターラインだとすれば、退職金はほとんどないし、ガイドラインでも触れられていない。

倉重:非正規は通常退職金出ないですからね。

荻野:ただ、製造現場で正社員と同じラインについている非正規労働者などをみると、実はいろいろな名目で雇用終了時に結構まとまったお金が支給されていたりするのですね。就労期間や就労日数に応じた金額にして、最後に一度に渡す。そうすると、なるべく長く、できるだけ休まずに働こうというインセンティブになりますし、次の仕事につくまでの生活費という面で非常にメリットがある。正社員についても、例えば職務の限定をしています、あるいは勤務地の限定をしていますというときに、この職務や勤務地がなくなったときに、そのときの退職金の通常より割り増しにするといったことを労使で話し合って取り決めるというのも一つのやり方だと思います。それは少なくとも事件になった際、合理性判断のひとつの材料にはなるということですね。

倉重:限定正社員について、当該限定された職種がなくなった際は合意した金額の保障金支払いで解雇の合理性が担保されるかという議論もありました。

荻野:経営が傾いたときの、限定のない正社員の整理解雇となると、やはり事前にやるというのは無理だと思うんです。そのときに置かれた会社の状況がどんなものかにもよりますから。

倉重:日本航空とかでもそうでしたが、正に状況によりますよね。

荻野:その時点での支払能力も考慮しないわけにはいかないでしょうから、やはり事前には難しい。もちろん、事前に取り決めた水準を守れなくなる前に経営として必要な人員整理をしなさいという話もできなくはないでしょうが、しかし現実の現場の労使にそれを求めるのも無理があるでしょう。勤務地限定なら、このお店をたたむ際にはこうするという話はある程度はできそうです。

 職種限定は整理解雇に近い状況がありそうなので、やや難しいかもしれません。

倉重:意外と実務的に一番問題なものは、ミスマッチ社員と協調性不足のところが立証困難というのと、かつ現実での企業でのマイナスダメージが大きいというアンバランスがあると思っています。

 また、金銭解決というものは、多分、何パターンかあり得るんだろうなと思います。例えば年数で単純に出すものもあれば、こういう事案だったらこれぐらい出せというような、解雇理由を補うイメージのものですね。立ち退き料とかも、立ち退きの正当事由を補完するような扱いになっています。

荻野:これは非常に難しい問題で、ある意味、企業規模別ぐらいで割り切った整理をしたほうがいいと思っています。

倉重:なるほど。何か月じゃなくて。

荻野:大企業のメンバーシップ型の雇用の中には、協調性がないとか、技能が陳腐化してミスマッチになっているとかでパフォーマンスが落ちているローパフォーマーも、確かにいるでしょう。ただ、それは企業がキャリアを作ってきた結果でもあるので、本人にしてみれば「そんな私に誰がした」という話かもしれません。さらに、メンバーシップ型だと企業がローパフォーマーを作ることができてしまいます。簡単な話で、仕事を与えなければいい。仕事を与えなければ当然パフォーマンスも出ないから、簡単にローパフォーマーを作ることができます。それの最たるものが追い出し部屋で、外から見えない窓のない部屋にデスクと電話が置いてあって、今日からあなたの仕事は自分の転職先を探すことです、という奴ですね。そうやって作った「ローパフォーマー」に対して、この人はローパフォーマーだから所定の金員で解雇できますというのが正当かどうかは、かなり疑問でしょうね。

倉重:どんなケースでも一律にというわけにはいかないんじゃないかということですね。

荻野:これは社労士の先生方がご苦労されている世界だろうと思うのですが、特に大企業の場合は、仕事をいくつか変えてみたし、それなりのトレーニングなども施したけれど、やはりパフォーマンスが低い、適性がないということを示さないと解雇できないというのは、妥当だろうと思うのです。協調性がないとか、非行がある場合についても、どのような非行があったか、どのような迷惑行為があったかが大事だと思います。

倉重:実務的には注意指導の繰り返しや厳重注意書などを書面で出したりしますね。

荻野:いちいち指導をして、始末書を書かせて、もう始末書がこんなにたまったんだから、今度は出勤停止だとか、段階を踏んで、もうしょうがないなというふうに持っていくしかないですよね。一方で、例えば10人とかの小規模な企業だと、そういう人が1人いるだけで大変なことになるところが、大企業とは大きな違いです。

倉重:そうなんです。誰も張り付いて指導とかはできないですから。

荻野:そこはもう企業規模で割り切ってもいいのではないでしょうか。ハルツ改革といわれるドイツの労働法改革でも、それまで従業員5人以下の企業については解雇自由とされていたものを、10人以下に規制緩和しているわけです。これはなぜかというと、解雇規制を嫌って6人めの従業員を採用しない企業というのが相当あったわけですね。これは、かなりドライな提案に思えるかもしれませんが、実態を考えれば合理的ではないかと思います。

倉重:そうですね。大企業と中小零細について同じ基準を求めるのは、実態にマッチしませんからね。

荻野:裁判所も、それを多分、個別事案ごとに考慮していると思うんです。この規模の企業で、こういう人が一人いたら、経営に与える影響は甚大だろうと。そういう小規模な企業については、一定の解決金を要件に解雇を自由化するというのは、悪くないのかもしれません。

倉重:むしろ、そういったオーナー企業とかも小さい企業が多いですけれども、そういう所で解雇をされちゃった人って、わざわざ訴えなくて、泣き寝入りをしちゃうことが結構多いんですよね。

荻野:JILPTの濱口桂一郎先生が中心になってやられた調査がありますが、小規模企業ではすでに普通解雇がバリバリと行われているという実態もあって、解雇予告手当だけみたいな例も少なくないようですね。そういうケースだと、もう事を構えても仕方ないし、そもそも失ってもそれほど惜しくもない職だということもあるのでしょうか。

倉重:そうしたら労基署がいったんお金を払って、あとはもう労基署から回収をしますみたいな、そっちのほうが、もう実効性も確保できて、裁判もやんなくていいしいいじゃないかと個人的に思っているんですけれども、でも弁護士の仕事がなくなるので、こういうことを言うと割と怒られるんですけれども。

荻野:やはり問題は水準でしょう。事情によっては低くても致し方ないでしょうし、悪質な事例に対してはとても払い切れないような高額の解決金を示して、事実上金銭解決を個別に禁止してもいいと思うのです。これはやはり最終的には裁判所が決めることでしょう。

倉重:金額次第というのと、あとは企業規模によって多少、変えてもいいんじゃないかと。

荻野:企業規模による影響というものは、やはり非常に大きいと思いますので。

倉重:そうなんです。判例も、もっと明確に違うと言ってくれないかなと思っているんですけれども。

荻野:考慮している節はありますよね。

倉重:考慮しているのは分かるんですけれども、もう裁判所は、大企業と中小零細では解雇に関する規範が違うぐらいに言ってもいいんじゃないかなと個人的には思っています。

                                               (つづく)

【対談協力】荻野勝彦氏

東京大学経済学部卒

現在は中央大学客員講師。民間企業勤務。

日本キャリアデザイン学会副会長。

個人ウェブサイトhttp://www.roumuya.net/。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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